57 極寒の夜、酔ったエイラの突撃 後編
「ちょ、ちょっと待て、エイラさん!」
俺は慌てて抵抗しようとするが、酒の力なのか、彼女の普段からは想像できないような馬鹿力に、抗うことができない。そのまま、彼女のベッドへと押し倒されてしまった。柔らかい布団に身体が沈み込む。
予想外の展開に、俺の頭は真っ白になった。
彼女は押し倒した俺をよそに、素早く部屋を出ていったかと思うと、両腕いっぱいに俺の毛布3枚を抱えて戻ってきた。
「エイラさん、明日、後悔するのは君だからね!」
俺が半ば警告するようにそう言っても、彼女はベッドの上で、満足そうに笑うだけだった。
彼女は、俺の隣に潜り込み、用意しておいた毛布を引っ張り上げる。俺の部屋から持ってきた三枚の毛布と、彼女の部屋にあった二枚の毛布、合わせて五枚の毛布が、俺たち二人をすっぽりと包み込んだ。
冷え切っていた体がじんわりと温かくなっていくのがわかる。
「エイラさん、近いよ」
密着した身体に、俺の心臓が激しく脈打つ。顔を向けると、彼女が、本当にすぐそこにいる。
彼女の吐息が、俺の頬にかかるほどだ。
甘い、微かなアルコールの匂いがする。
それと、彼女自身の、ジャスミンの香り。
「だって、ベッドが狭いのよ。我慢して」
彼女は、そう言って、さらに俺の身体にぴったりと密着してきた。
その声は、心なしか甘く、少しだけ舌が回っていないように聞こえる。やはり、ほろ酔い状態だ。
やっぱりコップの半分でも駄目じゃないか。
彼女の体温がじわりと伝わり、それまでの凍えるような寒さが嘘のようだ。
毛布の中は、まるで別世界のように温かい。
いやいやいやいや。
ただの契約関係の男女が、こうして一つ布団の中で密着しているなんて。
相手は嫁入り前の娘さんだ。
よくない。これは倫理的に、非常にまずい。
俺はベットから出ようと体を起こしたが、無言の彼女に腕を掴まれ、その腕はあろうことが彼女の腰に巻きつけられた。
そして彼女から再び密着してきた。逃げ場はない。完全に、俺の行動を封じられた。
昼間のきっちり髪を結って凛としている姿に比べると、今は髪を結ってない、完全オフの状態。
サラサラとした長い銀髪が、俺の頬に触れる。
この間の風邪を引いた時も思ったけれど、この無防備な姿のギャップが、すごく、その、可愛い。
至近距離で「ふふふ、あったかい」なんて、幸せそうに囁かれて心臓掴まれない男っている?!
普段の彼女からは考えられないような、大胆な行動。
それは、酒のせいなのか、それとも、この極寒のせいなのか。
こちらの動揺をよそに、もう彼女はウトウトし始めた。
睡眠欲、食欲…本当に欲に忠実な人だ。
あと、欲って何があるっけ?
これ以上考えても自分を苦しめるだけな気がするので考えるのはやめた。
彼女の無垢な姿を見ていると、なんかこのままでもいいのかなという気がしてきた。
確かに、あったかい。
五枚の毛布と、二人の体温で、毛布の中はじんわりと温かい。
これなら眠れそうだ。
理性では『だめだ』と叫んでいるのに、この温もりから離れたくない自分がいる。
普段の彼女からは想像できない幼い表情が、俺の防御壁を少しずつ溶かしていく。……もう、どうにでもなれ、と半ば投げやりに、しかし抗いがたい引力に逆らえず、俺は諦めた。
全部酔った彼女が悪い。
やけくそになって彼女の腰に巻きつけられた腕に力を込めて彼女の体を引き寄せた。さらに密着度が上がる。
深いため息が出た。
もう引き返せない。完璧な共犯だ。
明日の朝、後悔するがいい。
そう思いながら、俺もまもなく眠りの底に落ちていった。
凍てつく夜の闇の中で、二人分の体温が重なり合い、確かな温もりと、言葉にならない特別な感情が、俺の心を満たしていた。




