55 強行突破!彼のお菓子作りの才能
だいぶ私の体調は回復した。
本当は、今日も働けそうだったけれど、まだ熱があるからと、彼に全力で阻止されてお店には立てなかった。
昨日、寝ている間に何度か様子を見に来てくれたのは夢うつつの中で気づいていた。しんどくて目を開けることはできなかったが何度か額のタオルを替えてくれた。
体はしんどいのに温かい気持ちになった。
私の提案で、急遽彼のドーナッツデビューが決まった。
何度か一緒に特訓し、真面目に取り組んでくれたおかげで最後の時はもうお店に出しても良いレベルに達していた。
「自信がないよ」
私の提案に彼は珍しく弱気な態度を示した。
意外だ。いつもあらゆることを卒なくこなしているように見えたのに。
ここは強行突破だ。
お店の黒板に【新メニュー:ドーナッツ (プレーン・チョコ) 揚げたて】と、書き込んだ。
「私、午前中で30個は絶対売れると思うの。たぶん、午後から追加することになると思う」
「まさか、俺が作るのだよ」
彼はそう言って慌てていたが、特訓の調子でやれば問題ないのに。
結局諦めて、急遽ドーナッツの単価を決め、あたふたと寝間着のまま彼は準備を始めた。
私は、それを横目に牛乳とチーズのリゾットを作って食べた。
食欲も戻ってきている。
一応彼にも勧めたけれどそれどころではないらしい。
見守りたいけれど、休むように言われて厨房から追い出されてしまった。
常々思っていたことがある。
彼はお菓子作りに向いていると思う、と。
彼はとても手先が器用だ。
仕事も丁寧。
そしてセンスも良い。
普段は材料の計量や、出来上がったお菓子の切り分けや袋詰めなどをしてくれている。
お菓子のもう少し突っ込んだ事を覚えてくれればいろいろなアイディアも出てきそう。
そう願うのは数年の契約相手には図々しいだろうか。
寝てるように言われたが昨日たくさん寝て、正直あまり眠くない。
見つからないようにそっと降りて厨房を覗いてみるが、あたふたと生地を準備しているのが見えた。
リゾットは忘れられている。
再び部屋に戻って、ベットに入ったらいつの間にかウトウトして眠ってしまった。
ふと目が覚めた時にはドーナッツのおいしい香りがした。
私が寝ている間に無事揚げ終わったようだ。
そっと厨房を覗くとチョコレートをトッピングしているところだった。
彼の真剣な横顔を見ていると、なんだか微笑ましい。
こっそり近づいて彼が味見をしようとしていたので私も半分奪う形でドーナッツを味見した。
とてもおいしい。
揚げ方も形も問題なし。
完璧だ。
「どう?大丈夫そう?」
と不安げに聞いてきた。
文句なしで私は「完璧」と答えた。
まだ寝間着姿だった彼は急いで着替えてお店の開店準備を始めた。
寝間着姿の私はもう手伝えることがない。
再び部屋に戻って窓の外を眺めていた。
お客さんが来るのが見えた。
きっとドーナッツを買って言ってくれているだろう。
外の方までいい香りがしているから香りにつられてくる人もいるはずだ。
ドーナッツが残っていたらもらおうと思ってお昼過ぎに店を覗いた。
私の分がなかったのは残念だったが予想通り完売したようだった。
私はこっそり午後の分のドーナッツの材料を計量して準備をした。
彼の初ドーナッツは是非とも食べたい。
私は何も知らないふりをして彼に声を掛けた。
「言った通りだったでしょ?」
私に気づいた彼は額に手を当てて熱を確認している。
自分でももう熱が下がったのが分かる。
「体調は?」
「もうほとんど大丈夫。おなかがすいて降りてきたの。私の分のドーナッツは?」
「あ、ごめん、売れちゃった」
「えー、カイさんの初ドーナッツもっと食べたかったのに!午後も作るわよね?」
「プレッシャー掛けてる?」
「かなり。午後も30個いきましょう、プレーン、チョコ、レモンの3種類」
材料の準備はできている。
「ちょっとさり気に1種類増えてるよ」
私はチョコの次にやりたいと思っていたレモングレーズのドーナッツを無理矢理ねじ込んだ。
「簡単だから大丈夫。私のお昼ご飯になるんだからお願いね」
私は黒板に「レモン」の文字を付け足した。
これはきっと彼も気に入る味だ。
午前中は手際の悪さがあったが午後は要領よく材料を混ぜ、整形していく。
揚げ加減も上手にできている。
私は温かいうちにレモングレーズをドーナッツに纏わせていく。
初めは透明だったグレーズが、乾いてくるとだんだん白くなってきた。
全部ドーナッツが上がった頃には初めにできたのが冷めて食べごろになっていた。
レモングレーズドーナッツを手に取り、半分を彼に渡した。
このシャリシャリした感じが好きだ。
彼もおいしいと言って食べていた。
レモンなしのグレーズ、レモングレーズ、チョコ、プレーン
これで4種類の味をマスターしたことになる。
彼は思いがけないことを言った。
「自分で作ったのをおいしいって言われると達成感あるよね」と。
お菓子作りの楽しさを分かってほしいなとは思っていたがそちら方面の達成感を感じたようだ。
「でも、初めての商品出すときって不安になるよね」
朝から弱気なことばかり言っていたのはそういう風に思っていたからなのかと、今分かった。
「まぁ、多少は。でも、必ず試作してカイさんに食べてもらうじゃない。それで改良点とか話し合ってるからそこまで不安ではないかな」
私はそう答えた。
確かに初めのころ、これでお客さんはちゃんと来るのかとか、見た目問題などいろいろあった。
でも彼が励ましてくれたり、アイディアをくれたから私は自信をもってやれていたのだ。
彼がいてくれるから、私は安心して新しいことに挑戦できる。
話しながら食べていたドーナッツはおなかもすいていて止まらない、本当においしい。
「エイラさん、それ、何個目?」
もっと食べたかったのに止められた。残念。
午後も予想通り早々に完売したようだった。
夕方には次、いつドーナッツを出したらいいかなと相談された。
よしよし、こうやってレパートリーを増やしていったら自信もつくだろう。
もうやらないとは言わなかったので彼も誰かにお菓子を食べてもらっておいしいと言われることに喜びを感じてくれたのだろう。
お店ももっとにぎやかになるに違いない。




