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53 助け合いが育む、安心の場所 

彼女が体調を崩した。

体調が悪そうだったが熱があるのには気づいていなかったようだ。


無理矢理厨房から追い出して部屋で休ませたが、正直、心配で気が気じゃない。

あの食いしん坊が食欲がないなんて、よほどの重症なのではないか。


閉店時間頃、部屋から何の物音もしないので、心配になって様子を見に行った。

呼んでも返事がないから、そっと部屋に入ると、ぐっすり眠っている。額にそっと手を当ててみる。

やはり、熱が上がっている。


冷たいタオルを絞って額に乗せてやると、彼女がゆっくりと目を開けた。


「ごはん食べれる?」


俺の問いに、彼女は弱々しく首を振った。


「…食欲ない…」


「ええ?!食いしん坊のエイラさんが食欲ないなんて重病じゃん」


思わず口から出た言葉だったが、彼女はかすかに頬を膨らませた。こんな時でもちょっと、可愛いな、と思ってしまう。


「私をなんだと思ってるのよ…」


「ごめんごめん。でも水分とかは取った方がいいと思うよ。果物とかは食べられる?」


果物ならということで、すぐに部屋を出て、オレンジを剥き、レモン水を作って持っていく。オレンジの爽やかな香りが、少しでも彼女の気分を和らげてくれればいいのだが。


俺が剥いたオレンジとレモン水をエイラさんがゆっくりと口にする姿を見て、少し安心する。


「…ごめんなさい」


突然、彼女が謝罪の言葉を口にした。


「え?何が」


俺は驚いて聞き返す。仕事を抜けてしまったことへの申し訳なさだろうか。


「手間を掛けさせて、私、迷惑かけてる」


彼女の言葉に、俺は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。

手間だなんて、迷惑だなんて、そんなこと微塵も思っていないのに。


「手間だなんて思っていないよ。それよりエイラさんが食欲ないとか心配だよ」


俺がそう言うと、彼女はぼんやりと俺を見ていたが、次の瞬間、瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。


「え?泣くほど苦しいの?」


まさか泣くとは思わず、俺は慌てて彼女の顔を覗き込んだ。熱でしんどいのか、それとも何か別の理由があるのか。


「…違う、よくわからない。私、変なのかも」


自分でも理由が分からないらしい。

少なくとも、苦しくて泣いているわけではないらしい。


しかし、彼女の「変なのかも」という言葉が、俺の胸に重くのしかかった。今までの境遇を考えると感情を表に出すことも、誰かに頼ることも、許されない環境で生きてきたのだろうか。

だから、俺がただ心配しただけで、こんなにも感情が揺さぶられてしまったのかもしれない。


食べ終えた彼女に新しい冷たいタオルを乗せ、布団を掛け直してやる。「一応また様子を見に来るから」そう言って、俺は残りの仕事を片付けに一階へ戻った。


閉店作業を終え、再び彼女の部屋へ様子を見に行く

まだ熱は高いようだ。ぐっすりと眠る彼女の額のタオルをそっと取り替えながら、年末の出来事を思い出した。あの時、彼女は怪我をした俺のために大男に立ち向かってくれた。そして俺の傷に薬を塗って世話をしてくれた。


ふと目覚めた彼女と目が合った。


「…カイさん、ごはんは?」


「適当に食べたよ」


「…そっか、ごめんなさい」


また、謝る。本当に、彼女はすぐに謝る。


「何に対してのごめんなさいか分からないけれど、そんなに謝らないでよ。一緒に住んでるんだからこれくらいのことどうってことないよ。年末、俺がけがした時もエイラさん薬塗ってくれたりいろいろしてくれたでしょ、それと一緒だよ」


俺は努めて明るい声でそう告げた。

そう、誰かと暮らすってことは、こうやって助け合うことなんだ。良い時も、悪い時も。一人では抱えきれないことを分かち合い、支え合う。彼女が、そのことを少しでも理解してくれたら、嬉しい。


俺の言葉に、彼女は少し考えるように目を伏せたが、やがて顔を上げ、小さく微笑んだ。


「ありがとう、カイさん」


その「ありがとう」は、今までのどんな「ありがとう」よりも、温かく、そして重みがあるように感じられた。俺はニヤリと笑って、返した。


「どういたしまして」



彼女が、この場所で、誰かに頼ることを、心配されることを、そして助け合うことの温かさを、少しでも感じてくれたらいいと思って俺は部屋を出た。



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