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51 男たちの羨望、商店街の話題独占

今日からいよいよ仕事始めだ。

体が本調子になったこともあり、気分は上々。店を開けると、昨日まで静まり返っていた商店街に、徐々に活気が戻ってきた。


長い休暇、暇を持て余すかと思ったら彼女と過ごしたこの数日は実に充実していた。

途中胃もたれなどはあったものの、2人でカードゲームをしたり、ドーナッツ作りをしたりして退屈することなく楽しく過ごせた。


「やっぱりエイラちゃんの薬菓を食べないと調子が悪くてねぇ」


と、常連のおばあちゃんが本日最初のお客だ。


「寒いのによく来てくれたね、言ってくれれば配達もしますよ」


「本当かい?たまにお願いしようかねぇ」


そんな会話をしていると見かけない男が来店した。


菓子には目もくれず突然

「あの、銀髪の女性はいらっしゃいますか!!」


他にいたお客も何事かとビクついている。


目ざとくその男はすぐに厨房から様子を伺っていた彼女を見つけ「あの人です!!」と言って図々しくもズカズカと進みとんでもないことを言い放った。


「あなたの雄姿に惚れました!結婚してください!」



来店していたお客も、彼女も固まった。もちろん、俺も。


店内に張り詰めたような沈黙と変な緊張感が漂う。

それを破ったのは本日一番のお客のおばあちゃんだった。


「エイラちゃんはもう結婚しているよぅ…」


男の顔から、みるみるうちに血の気が引いていくのがわかった。男は呆然とした顔で、おばあちゃんの方を見た。

俺なんか眼中にないかのように。


「…え?結婚?誰と?」




「そちらのカイさんと」


そう言っておばあちゃんは俺を指し示す。


他に店内にいた客たちも無言で頷いている。


男は、彼女と俺を交互に見比べて、目を見開いた。


男の視線がやっと俺に固定された。

まるで、「まさか、こんな普通の男が…?!」とでも言いたげな、信じられないという表情だ。


正直、ああいう顔をされるのは、なんだかな、と少しだけ不愉快だった。

確かに、誰が見ても美人な彼女に比べれば俺は特別イケメンというわけでもないし、突出した才能があるわけでもない。

だが、彼女の隣に立つ男として、そんな分かりやすい蔑視の目を向けられるのは、愉快ではない。


「え?人妻…?!」





男の絶望に満ちた声が店に響き渡り、なんとも言えない気まずい空気が漂う。その空気を打開するべく、俺は我に返ったフリをして口を開いた。


「あー…そういうことなんで、諦めてもらえます?」



男はまだ何か言いたげだったが、俺の態度にすごすごと引き下がっていった。

後で聞くと、男は町を出ていて、帰省で戻ってきていた人らしく、彼女に夫がいることを知らなかったらしい。

それにしても、もう少し事前に調べてから来るべきだろうに。

まぁ、おかげで今日の仕事始めは、退屈せずに済みそうだ。



その後は、あの年末の騒動が「武勇伝」として、商店街中で話題になっていることを実感する一日だった。店を訪れる数人のお客さんたちも、口々に年末の出来事を尋ねてくる。


「エイラさん、大男をぼこぼこにしたんだって?!」

「奥さん、大男2人を一人で倒したんだって?!」

「うちの子供が見たって言ってたけれど、まるで戦女神のような神々しさだって言ってたよ」


尾ひれがついて話がどんどん大きくなっていて笑ってしまうほどだ。まあ、半分くらいは合っている。

彼女は恥ずかしがって、今日はずっと厨房から出ないと誓ったようで、接客は全て俺に任せていた。



「おや、奥さんは今日はどうしたんだい?」

「いやいや、奥さんほどの人が厨房に籠もるなんて、もったいない!」


お客さんから彼女に声がかかるたびに、厨房の奥から「いえ、大丈夫です!」と意味が分からない返事が返ってくるのが面白い。

普段は物静かで清廉な彼女が、自分の「武勇伝」に顔を赤くして恥ずかしがっている姿は、普段見せない可愛らしさがあって、俺は内心ニヤニヤが止まらなかった。


それにしても、今日は見慣れない客が多い。


特に男性客からの視線が、俺の背中に突き刺さるような、じとっとした嫉妬の感情を含んでいるのがありありとわかる。


そんななか、今日は奥さんの使いだと言ってよく行く酒屋の親父さんが尋ねてきた。


「よぉ、カイ。奥さん、とんだ武闘派だって話じゃないか。お前、大丈夫かよ、尻に敷かれてねえか?」


酒屋の親父さんが、ニヤニヤしながら俺に話しかけてくる。


「いやいや、おかげさまで平和ですよ。強い奥さんで助かってます」


俺はそう言って笑ってみせた。


男性客から「お前みたいな普通の男に、よくあんな美しくて強い嫁が捕まったもんだ」と言いたげな、羨望と皮肉が入り混じった視線だった。


うん、やっぱり「なんでこんな普通の男が…」って思われてるんだろうな。不愉快というよりは、一周回ってなんだか可笑しくなってくる。


美人で強いだけでない、お前らの知らない彼女の姿、俺はたくさん知ってるんだからな、と思わず言ってやりたくなる。


その後も、「あの銀髪の女性は…」と彼女を尋ねてくる男が何人か来た。俺は適当に商品を買わせて追い払った。

中には、なかなか諦めきれないで粘る奴もいたが、そんな奴らには、さらに毅然とした態度で接してやった。



「俺、すごい睨まれるんだけど。強くてきれいな奥さんがいると嫉妬されて大変だぁ」


今日は彼女が厨房から全然出て来ないから、休憩がてら厨房に戻ると、俺はわざとらしくため息をつきながら、そんな軽口を叩いた。

彼女はチラリと俺を見て、うつむき加減で睨む。その様子がまた可愛らしくて、ついついからかってしまう。



「あ、女の人も来てたよ。なんか、お姉さまとお友達になりたいとか言ってたから、また来てって言っておいたから今度来たら相手してあげてよ」


そう伝えると、彼女は少しだけ顔を上げて、ホッとしたような表情を見せた。男たちからの求婚よりは、女性からの友情の方が受け入れやすいだろう。



まさかこんな形で、商店街中の話題になってしまうとは。

俺たちは、どうやら思わぬ形で、この町に深く知られるようになったようだ。


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