50 武勇伝の代償
今日から仕事始め。
他のお店も今日から再開なので昨日まで静かだった商店街に徐々に活気が戻っているのが感じられた。
パン屋さんの香り、人々の声。見慣れた日常の香りと音に心が弾む。
今年の年末年始は今までになく充実していた。
文字通り遊びつくした感がある。
美味しいものもたくさん食べたし。
まぁ年末はちょっとの騒動はあったがその後は穏やかな時間を過ごすことができた。
午前中はいつも通り厨房にかかりきりになる私。
焼きたての薬菓や他の焼き菓子の甘い香りが店内に満ち、忙しく手を動かしていた。
そんな中、ガラス戸の向こうから、厨房まで聞こえるほどの大きな声が聞こえてきた。
「あの、銀髪の女性はいらっしゃいますか!!」
びくっとした。
私のこと?
彼が店の入り口で対応している声が聞こえる。誰だろう?何かトラブルだろうか。
誰?
こっそり陰から様子をうかがうつもりだったが、
「あ!あの人です」
私の姿を見つけたらしい、知らない男の人がズカズカと私の前まで来て、突然、信じられない言葉を言い放った。
「あなたの雄姿に惚れました!お付き合いしてください!」
と、言い放った。
来店していたほかのお客さんも、彼も、そして私も、皆が固まった。
店内に、張り詰めたような沈黙が降りる。
その空気を破ったのは、いつも優しい笑顔を向けてくれる常連のおばあちゃんだった。
「エイラちゃんはもう結婚しているよぅ…」
しばしの沈黙。
男の人は呆然とした顔で、おばあちゃんの方を見た。
「…え?結婚?誰と?」
「そちらのカイさんと」
そう言っておばあちゃんはカイさんを指し示す。
男の人は、彼と私を交互に見比べて、目を見開いた。
「え?人妻…?!」
なんとも言えない、気まずい空気が店中に満ちた。
彼がようやく我に返ったように口を開く。
「あー…そういうことなんで、諦めてもらえます?」
彼はそう言ってその男の人を丁重に店の外まで見送った。
男の人は、まだ納得いかないような顔をしていたが、彼の有無を言わせぬ雰囲気に、すごすごと引き下がっていった。後で聞いた話だと、さっきの人は町を出ていて、帰省で戻ってきていた人らしく、私に夫がいることを知らなかったらしい。
その日、店を訪れる数人のお客さんにも、年末のあの騒動が「武勇伝」として話題にされた。
「エイラさん、大男をぼこぼこにしたんだって?!」
「奥さん、大男2人を一人で倒したんだって?」
「うちの子供が見たって言ってたけれど、まるで戦女神のような神々しさだって言ってたよ」
尾ひれがついて話がどんどん大きくなっている。私はもう恥ずかしくて、今日は絶対厨房から出ないと誓い、接客はすべて彼に任せた。
尾ひれがついて話が大きくなっている。
私はもう恥ずかしくて今日は絶対厨房から出ないと誓い、接客は彼に任せた。
時々、「今日奥さんは?」とか聞こえてくるが私は作業に没頭するふりをして絶対お店には顔を出さなかった。
話しよると後から数人似たような人男の人が来たので適当に商品買わせて追い払ったと言っていた。
「俺、すごい睨まれるんだけど。強くてきれいな奥さんがいると嫉妬されて大変だぁ」
厨房に彼が戻ってくると、わざとらしくため息をつきながら、そんな軽口を叩いた。まったく、何を言っているのだろう。
「あ、女の人も来てたよ。なんか、お姉さまとお友達になりたいとか言ってたから、また来てって言っておいたから今度来たら相手してあげてよ」
まぁ、それなら…。
あの日のことはそうしないと彼がもっと負傷していただろうから後悔はしていない…。
でも、まさかこんな形で、商店街中の話題になってしまうなんて。
そんな仕事始めだった。




