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48 胃もたれと、もしもの不安とドーナッツ

新年2日目


ゆっくり寝ててもいいとは分かっているけれど、なんとなくいつも通り目が醒めてしまった。


もう一度パンに挑戦してみようかと思ったけれど、なんか気分じゃない。


のそのそと起きて、朝食代わりに昨日のドーナッツを朝ごはんにした。サクサク感は減ったが、しっとり感が増してこれはこれでおいしい。



また、作ろう。



そう思っていたら、昨日よりは早く彼が起きてきた。


「昨日の残りだけどドーナッツ食べる?」


そう尋ねると、彼は顔をしかめて首を振った。


「ごめん…胃もたれしてて、朝ごはんはいいや」


「大丈夫?」


「食べ過ぎただけだから、大丈夫。なんか、胃がスッキリするお茶とかない?」


「あるけど…本当に大丈夫?」


「昨日、続けざまに油もの食べたせいだと思うから、時間が経てば落ち着くから、本当に気にしないで」


昨日の私の思いつきで揚げ物を連続したのがいけなかったのか…。


私はミントのハーブティーを淹れた。

薬菓師だから、薬草やハーブの効能知っているが正直、自分はあまり胃もたれとかしたことがないから、お茶程度でどれくらい緩和されるか分からない。


私も、一緒に飲んでみたけれど、なんだかもっと食べれる気がしてしまってドーナッツを追加で食べてしまった。


昨日言われた食いしん坊が頭をよぎる。

たぶん、彼にも呆れられてる…


お昼は彼がまだ食欲がないと言うので、ひとりで残り物の煮込みを食べて、午後はそのままやることがない。


せっかくのお休みなのに、暇すぎる。


リーゼさんに借りた小説もなんだかそんなに面白くなく、読み進めない。


よく小説で好きすぎて辛い、とか出てくくるけれど、辛いほど好きってどういう気持ちだろう。

私にはまだ、分からない感情だ。


いつか、私にもわかる時が来るのだろうか。


そんなことを考えているうちに、だんだん、眠くなってきた。


「暇なら、付き合ってよ」


と彼がこの間の小さな紙と本を持ってきた。


先日頼んでいた本が年末に届いた、とのこと。


この間見せてくれた、様々な紙折のやり方がたくさん書いてある本だった。知らない言語で書かれていたが、主に図解なので真似すればできそうだ。


と、思ったのが大きな間違いだった。


「そこ、端は揃えたほうが良いよ」

「そこ、裏返してから折るんだよ」


など、彼から指摘が入る。


私は小さな紙に悪戦苦闘していたが、その間に彼は、いとも簡単にいくつかの花や動物を作っていく。彼の指先は器用で、まるで魔法を見ているようだった。



「だめ、向いてない…」

手元にはぐちゃぐちゃになった紙。

ため息をつくと、彼は笑った。


「初めてだから、仕方ないよ。なんか暇そうだったから誘っただけだから」


早々に離脱した私は頬杖をつきながら彼の手元をぼんやり見ている。

彼の指が、キチキチと端を揃え、表にしたり裏にしたり、小さな紙がみるみるうちに形を変えてゆく。

その集中した横顔は、いつも店で見せる飄々とした顔とはまた違う、真剣な表情だった。


「これ、来月のバレンタインの包装にどう?」


出来上がったのはハート型の紙折だった。

「可愛いわね。色違いであると楽しそうね」


「バレンタイン用のメニュー考えてる?」


「チョコタルト、クッキー、ブラウニー、ガトーショコラとか?」


私がメニューを列挙すると、彼は少し考えてから、意外なことを口にした。



「なんかさ、俺も作れそうなのってある?」


「食べたいの?」


思わず聞き返すと、彼は首を振った。


「いや、そうじゃなくて。前から考えてたんだけど、店のものってエイラさんがほとんど作ってるけど…もしもだよ、もしエイラさんが病気になったり、ケガをしたら店が開けられない事態になるじゃん?」


「うーん、確かに…」


確かに自営業者の弱いところではある。


だから、始め、営業許可を取ると同時に保険に入ったはず。

私たちに何かあって、長期間お店を開けられなくなって売り上げが落ちた時、当面の生活のためのお金が貰えるというやつ。毎月の保険料は安くはないが、彼が絶対と言うから保険に入っていた。


「だからさ、なんか俺でも作れそうなあったら、練習するからさ。もしもの時の小金稼ぎくらいにはなるかなって」



彼の言葉に、私は少し考えた。簡単で、彼でも作れそうなもの…。


「…ドーナッツとか?」


「昨日食べたやつ?俺でもできる?」


「たぶん。粉量って混ぜて輪っかにして揚げるだけだから。生焼けと揚げすぎさえ気をつければなんとかなると思う。あと、ブラウニーとか?混ぜて鉄板に流して焼くだけだから」



「明日、練習しても良い?」


「今日じゃなくて?」


「今日はまだ胃もたれしてるから、せっかく作っても味見ができないから」


「じゃ、レシピ書いておくわね。売れるようなったらお店の外に揚げたての時間表示しておいたらそれに合わせてお客さん来てくれるかもね」


そう冗談交じりに言うと、彼は「うわぁ。プレッシャーだ」と笑った。

そう笑いながら、彼は色違いでハート型の紙折を量産していく。



ドーナッツなら、ココア色にしたりかぼちゃ色にしたり、チョコをかけたりナッツを振りかけたりいろいろバリエーションができそう。


ドーナッツは好きだけれど、揚げの作業が正直面倒なのよね。


でも彼が作ってくれるなら今後は自分で揚げずに揚げたてが食べられるってことだ。

是非マスターしてもらいたい。



その後暇を持て余した私たちは、2人でカードゲームやボードゲームをしたりして文字通り遊び尽くして1日か終わった。

新年2日目も、穏やかに、過ぎていった。

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