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47 満たされる食欲と、食いしん坊

新年1日目の朝。

昨日は痛みでなかなか眠れなかったのでだいぶ遅くに目覚めてしまった。

今日はお互い好きに起きて好きな時間に食事をする、と二人で決めていたのでたぶん彼女も気にしていない。




二度寝のから覚めた後、ふといい香りに誘われて降りてみた。

パンの香りだ。


厨房を覗くと、彼女が一人、肩を落として落ち込んでいるのが見えた。

どうやら、パン作りに初めて挑戦したものの、うまく膨らまなかったらしい。



「お菓子とかケーキはちゃんとできるのにパンは失敗したの?」

落ち込みっぷりが面白かったので思わず笑ってしまった。


彼女は肩をすくめて力なく答えた。

「お菓子とは違うのよ…」



それでも膨らみの悪いパンは見た目はともかく、食べられないほどではないように見えた。

朝食を食べていない俺は「お昼ご飯に食べるから頂戴」と頼んだが、彼女は「これは失敗だから!」とばかりに、断固拒否してきた。


そういうのなら仕方ない。


「じゃ、俺が作ろっと」


そう言って俺は食在庫を覗いてみた。

彼女ほど料理は上手ではないが、パスタくらいなら作れる。


そんなに手間もかからなかったのでちょうどお昼の時分だったので2人食卓を囲んだ。


本当に簡単なものだったが彼女はおいしいと言って食べてくれた。

その笑顔を見ていると、こちらも作った甲斐があったってものだ。


俺は体が痛むが、さすがにもう寝る気分ではない。ソファで本を読みながら暇をつぶしていると、なんだかまた厨房から良い香りがしてきた。


覗きに行ってみると、また何か作業している。

「休みなのに働くねー」


本当にそうだ、朝からずっと厨房にいるのではないだろうか。

彼女は黙々と作業を続けている。


「休みだからこそ、こうして時間をかけてやれるのよ」


そう答えた彼女はドーナッツを作っているようだった。


お昼のパスタも消化され、小腹がすいてきたころだ。


「揚げたて、食べていい?」

と聞いたら1個だけと言われたが、結局二人で2個ずつ食べてしまった。

ドーナッツは冷えてもおいしいが揚げたてもサクサクでおいしい。



まだ彼女は厨房で作業をしていたが手伝えることはなさそうだったので俺は食い逃げのようにまた元いたソファーに戻ってきて読書を再開した。


ふとテーブルを見ると、本が一冊置いてある。

彼女の本だ。


そういえばリーゼさんに本を借りたと言って時々読んでいるようだった。

どんな本を借りたのかちょっと気になってこっそり見てみた。


恋愛小説のようだ。


リーゼさんはかなりの読書家だ。

あらゆる本を読む人だが、あの人が今ハマっているのは結構際どい表現のある大人の恋愛を書いた小説だ。一度おすすめされたが、丁寧に断ったことがある。

まさか、アレを彼女に貸したのか、と思ったがどうやらライトな感じの恋愛小説のようだった。

たぶんリーゼさんは自分が読んで面白かったものを、人に勧めて感想を語り合いたいんだろ思う。

でも、残念だ。たぶん彼女は語り合いの仲間になれない、と思う。

結構前から借りているはずだが、しおりがまだ序章の少し先のあたりに挟まっている。

進んでいないのだ。


そうしているとこちらに向かってくる足音がしたので俺は何事もなかったようにソファーで本を読んでいるふりをした。


「夕食、揚げ物にしようかと思うんだけど食べれる?」


「ほんと?だいぶ口の中痛み引いたからなんでも平気だよ」


夕食はフライか。楽しみだ。ドーナッツの続きの匂いが、食欲を刺激する。


それでもなんだか黙っているのは悪い気がして手伝うことはないか聞いてみた。


衣を付けるのを手伝ってほしいと言われたの言われたように小麦粉を付けて卵を付けて、それをパン粉の入っているボウルに入れる、そうしたら彼女がパン粉を付けて油に入れる、という流れ作業の予定だ。


なんとなく作業に集中していたら、ふいに彼女が話しかけてきた。


「あのね、おとといの飲みの会で、よその女の人たちが言ってたんだけど…カイさんって、私に対して嫌な所、ある?」


予想もしていなかった問いだったので思わず彼女の顔を凝視してしまった。


「え?なんで、急に」


「みんな旦那さんの嫌な所、いっぱいあるみたいだったから、逆もあるのかなって…。もしあったら直すから言ってほしい」


うわぁ、彼女はなんて言ったのか。


「ちなみに、エイラさんはみんなに聞かれて、俺のことなんて言ったの?」


「特になかったけれど、なんか言わないといけない雰囲気だったから、お酒はほどほどにしてほしいって言ったわ」





女同士の会話では男はやり玉に挙げられることが多いから、どんなことを言われたか警戒していたから思わず、

「え、それだけ?」


と、声が出てしまった。


っていうか、俺、どれだけ酒飲みだと思われていたんだろう。知らないうちに変に絡んだりしてない…よな?怖くて聞けない。


「同じ事、リーゼさんにも言われたわ。他の家の旦那さん達ってあまり家のことしないんですって。カイさんは本当の旦那さんじゃないから同じように考えちゃいけないかもしれないけれど、お昼を作ってくれたり、こうやっていろいろ手伝ってくれるから、不満はないのよ。それに、料理に関しては私が好きでやっているから、一緒に食べてくれるだけでいいのよ」


「店のことだって、俺まだ厨房の仕事できること少ないし、それでもいつもおいしいごはん作ってくれるから、エイラさんの方に負担かけてるなって思うよ」


本当にそうだ。今店が回っているのは彼女がいるからだ。

俺は材料を計量したり、型を抜いたりと未だ雑用程度の仕事しかできない。

もし、彼女が倒れたりしたら店はたちまち立ち行かなくなる。

これは俺がひそかに心配していることだ。


「別に気にしないで。で、私にたいして嫌なことはあるの?」


話は終わったと思ったらまた蒸し返された。

正直、俺も嫌なところとか不満は特にない。


「えー…?しいていえば、食いしん坊な所?」

冗談半分で答えてみたら、彼女はあんぐりと口をあけてこちらを見ていた。


やばい、冗談に聞こえなかったようだ。


「あ、嫌っていうか、俺も一緒にいっぱい食べちゃうというか…まぁ、別に嫌って言うほどじゃないな」

取り繕ったようになったが一応弁解はしておかないと。


「…途中で思いついたら、言ってね…」

そう言って彼女は少し沈んでしまったようだった。


真に受けてしまったようだ。


でも、そのあと揚げたてのジャガイモを味見と称してその場で二人で食べてそのおいしさに舌鼓を打っていたら、さっきのことは忘れたようだった。

食べたいときに、食べたいだけ食べる、いいことではないか。


やっぱり揚げ物にはアルコールでしょう、ということで今日は何を飲もうか思案していたら「けが人なのに!と止められた。


「え~、ちょっとだけだよ」と言ったが、「そういうところ!」と言われた。


そう言われるとこちらも引くしかない。彼女に強く言われると、意外と逆らえない自分がいる。


アルコールなしでもフライは十分美味しかった。



しかし、俺は後で後悔することになる。


おやつに食べたドーナッツも揚げ物で、夕食も揚げ物。

寝るころには胃が重く、胸やけがした。


俺と同じくらいは食べているのに、なんなら食後にひとりでドーナッツをまた食べていたのに彼女はけろりとしていた。


若さ…?

これが食いしん坊の胃袋の強さなのか。




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