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46 新年からの食いしん坊

新年1日目。


今日はお互い好きに起きて好きな時間に食事をする、と二人で決めていたのでたぶん、彼は起きてこない。


私は、かねてから一度やってみたかったことに挑戦することにした。

パン作りだ。


パンはお隣の【ベーカリー 麦の風】でいつもは買っているが、一度自分でパンを焼いてみたかったのだ。


今から準備をしたらお昼には焼き立てが食べられる。

そう思いながら、レシピを見ながらウキウキで混ぜたり捏ねたりしていた。



正直に言うと、途中の段階、二度目の発酵あたりからあれ?みたいな気配はあった。

膨らみが今一つ弱いような。

でも、こんなものだろうとそこを軽視してしまったのが悪かったのだろう。



結果、いい香りはするのに、パンは膨らまなかった。



たぶん、気温が寒くて発酵に時間が必要だったのだ。

単純に待てなかった自分が悪い。


戻せるなら、あの時間に戻りたい…。




落ち込んでいたら、彼が起きてきた。


膨らまなかったパンを見て笑われた。


「お菓子とかケーキはちゃんとできるのにパンは失敗したの?」


「お菓子とは違うのよ…」

私は力なく答えた。


お昼ご飯に食べるから頂戴と言われたが、それは私のプライドが許さない。

でも捨てるのはもったいない…。

何か対策を考えなければ。



「じゃ、俺が作ろっと」

と言って彼はお昼ごはんにベーコンと玉ねぎでパスタを作ってくれた。


「簡単なのでごめんね」

と謙遜する彼だったが、誰かから作ってもらう食事はまた違うおいしさがある。



パンを失敗して、何だか気持ちが消化不良だ。

このままでは気が収まらない。

パンを入れるはずだった胃袋も収まらない。


気を取り直して、午後はドーナッツを揚げることにした。多めに揚げて、明日の朝食や休み中のおやつにしてもいいし。


「休みなのに働くねー」

ソファで本を読みながら、彼がのんびりした声で言った。


「休みだからこそ、こうして時間をかけてやれるのよ」


「揚げたて、食べていい?」


「1個だけね」


そう言ったのに、揚げたてはサクサクふわふわで美味しくて、私も彼も、結局2個ずつ食べてしまった。



油の処理が面倒だなと、思っていたら、閃いた。


失敗したパンをパン粉にしてフライにしよう。

夕食はそれにしよう。



パンをオーブンで乾燥させて、すりおろしてみたらそれっぽいものができた。

さて、何を揚げようか。

玉ねぎ、人参、マッシュルーム、ベーコン、かぼちゃ、鶏肉、チーズなど。ついでにジャガイモでフライドポテトも良い。


ソファーで本を読んでいた彼に聞いてみた。


「夕食、揚げ物にしようかと思うんだけど食べれる?」


「ほんと?だいぶ口の中痛み引いたからなんでも平気だよ」



食材を切って並べ、あとは衣を付けて揚げるだけのところまで準備が進んだ。

ここからは手早くいかないと、油の温度が下がってしまう。

そう思っていたら彼がなんか手伝うことある?と、ひょっこり顔を出した。


「じゃあ、衣つけるのお願いしようかな」


「了解」 

そう言って、腕まくりをして準備を手伝ってくれた。

「そっちから、野菜に小麦粉、卵の順番に付けて、最後ここに入れて」

ここ、というのは私の目の前のパン粉の入ったボウルだ。これで流れ作業でスムーズに油に投入できる。


私の左から卵をまとった食材が流れてくる、それを私がパン粉を付けて油に入れる、揚げる、取り出す、の単純作業だ。


珍しく彼も喋らず、黙々と作業に集中していた。その静けさが、何だか気まずい感じになって、私から話しかけてみた。


「あのね、おとといの飲みの会で、女の人たちが言ってたんだけど…カイさんって、私に対して嫌な所、ある?」


手が止まり、彼が私の方を見た。


「え?なんで、急に」


「みんな旦那さんの嫌な所、いっぱいあるみたいだったから、逆もあるのかなって…。もしあったら直すから言ってほしい」


私の言葉に、彼は少し考える素振りを見せた。


「ちなみに、エイラさんはみんなに聞かれて、俺のことなんて言ったの?」


「特になかったけれど、なんか言わないといけない雰囲気だったから、お酒はほどほどにしてほしいって言ったわ」


「え、それだけ?」



「同じ事、リーゼさんにも言われたわ。他の家の旦那さん達ってあまり家のことしないんですって。カイさんは本当の旦那さんじゃないから同じように考えちゃいけないかもしれないけれど、お昼を作ってくれたり、こうやっていろいろ手伝ってくれるから、不満はないのよ。それに、料理に関しては私が好きでやっているから、一緒に食べてくれるだけでいいのよ」



「店のことだって、俺まだ厨房の仕事できること少ないし、それでもいつもおいしいごはん作ってくれるから、エイラさんの方に負担かけてるなって思うよ」


「好きでやってるから別に気にしないで。で、私にたいして嫌なことはあるの?」


私がもう一度尋ねると、彼は少し困ったように笑った。


「えー…?しいていえば、食いしん坊な所?」


私は、思わず彼の方を振り向いて凝視してしまった。


そんなふうに思われていたなんて!!


「あ、嫌っていうか、俺も一緒にいっぱい食べちゃうというか…まぁ、別に嫌って言うほどじゃないな」

訂正されたが、やっぱり彼の目には私が食いしん坊に映っているらしい。


「…途中で思いついたら、言ってね」


そうか、そう思われていたのか。


そう言いながらフライは全部揚がり、ジャガイモも揚げていく。パチパチと油の弾ける音が心地よい。


結局2人でその場で揚げたては味見をしないとね、と理由をつけてその場でそれなりに食べてしまった。

こんなだから、食いしん坊と言われても仕方ないなと思った。でも、今日は共犯者がいるし。


フライを食べながら、彼が「今日は何飲もうかな〜」なんて言っているから、びっくりして止めた。


怪我人なのに。


不満そうだったが、私が全力で止めたので、しょんぼりして諦めてくれた。


「そういう所!」


私がそう言って見つめると、彼はバツが悪そうに笑った。そんなふうに言い合える関係になったことが、密かに嬉しい。



そうして新年1日目は食べてばかりで終わった。



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