45 満身創痍の年末と温かい食卓
今年最後の日。
俺は昨日の負傷で気分は最悪だ。
体中、あちこち痛む。
特に殴られた頬、倒れた時に打った背中が酷い。
数日店が休みだというのが唯一の救いだ。
昨日、あんなことがあっても彼女はいつも通りだ。
朝から、厨房から聞こえる軽やかな音から察するに、何やら作っているようだった。その音が、意外と心地よかった。
作業員と一緒に鼻歌も聞こえる。相当ご機嫌のようだ。
たまに彼女はひとりの時、鼻歌を歌っているが、微妙に外れている。
普段のクールな雰囲気からは想像もできない、かわいい俺だけが知っている秘密だ。
とりあえず、気分をさっぱりしたかったので風呂に入ることにした。
湯船につかると、全身に染み渡るように少し痛みがましになった気がする。
彼女はいつも昼間に入る俺を不思議そうに見ている。
昼間からのお風呂ほど贅沢なものはないと思っているので、今度彼女も試してみればいいのに。
風呂から上がってくると彼女がチーズのリゾットを作ってくれていた。
朝食というにはだいぶ遅い時間だったがありがたくいただいた。
口の中も痛いのでこうやって噛まないで食べられるのは、ありがたい。
彼女は口数は少ないが、作る料理は、いつも俺の体の状態に寄り添ってくれる気がする。
食べ終わったら完全に腫れてしまった頬に湿布を張ってくれた。
ひんやりが心地いい。
体が痛いので早々に俺は休むため、自室に戻った。
午後、目が覚めた時彼女はいなかった。
ほんのり焼いたケーキの甘い香が漂っている。
なんだかやたらとでかい鍋が目についたので興味本位にふたを開けてみた。
多くないか?
ビーフシチューかと思ったらなんだかもっといろいろなものがたくさん投入されている。
朝から作っていたのはこれか。
そうしているうちに彼女が帰ってきた。
聞くと、昨日騒動があった居酒屋に壁に穴をあけたお詫びをしてきたのだそう。
「ひとりで行ったの!?」
驚いて声が出てしまった。
あまり外出したがらなかった彼女がひとりで行ったというのだ。
人目を避けていた頃には想像もできない進歩だ。
夕食を食べながら、居酒屋の主人に壁の穴は武勇伝として残しておくと言われて恥ずかしい、忘れてほしいなんて言いながら今日のことを報告してくれた。
おしゃべりメアリーちゃんもいたし、他にも目撃者がいたからそれは無理なんじゃないかな…とは思ったが口には出さなかった。
ビーフシチューのような煮込みの料理は朝から仕込んでいただけあっておいしい。
ここ数か月見ていた思ったのは、彼女はかなりの食いしん坊だ。
食べるものに対して妥協はしない。
昔、おなかいっぱい食べられなかったことがあったからその反動かもね、と笑って言っていたことがあった。
ビーフシチューもどきは数日続くけれどいいかと言われた。それに「明日はもっとおいしくなっているはず」と返したら、彼女は静かに微笑んで頷いてくれた。
特に予定のない今年最後の夜が更けていく。
彼女は、今の生活に満足なのだろうか。
無理矢理に偽装の夫婦の妻として演じさせて、不満に思っていないだろうか。
いつも一生懸命なこの人がこの先もおいしいものを食べて幸せでいてくれるといいなと思った。




