44 一年を締めくくる、ふたりの食卓
31日の朝。
今日からお店は新年3日までお休みだ。
近隣もほぼ同じように休んでいるので買い物は年末に済ませておいた。
今日は時間があるからじっくり煮込むビーフシチューに挑戦する。
あとは、本屋のリーゼさんが小説を貸してくれたので読めるところまで読む、というのが私の休暇の予定だ。
あと、お詫びのケーキを1つ焼かないといけない。
ケーキの仕込みをしたり、煮込む野菜の皮を剥いていたら彼が起きてきた。
「おはよう。調子は?」
「おはよー。やっぱあちこち体痛いや」
そうだろう。昨日殴られたところや、倒れて拍子に打ったところなど、満身創痍なはずだ。
「とりあえず、風呂入ってもう一回薬を塗り直すよ」
そう言ってお風呂の準備をしに行った。
彼は休みの日など、時々朝からお風呂に入ることがある。
なんとなくお風呂は夜と思っている私からすれば、不思議な習慣を持ってるなと思う。
彼曰く「昼間からのお風呂ほど贅沢なものはない」だそうだ。
私は、彼がお風呂から上がるのを見計らってチーズのリゾットを作った。
食べられるか聞いたら食べるというので朝ご飯のような昼ご飯のような微妙な時間だったが2人で食べた。
「口の中も痛かったからこういうの、助かる」
「熱いから、火傷しないでね」
食後は完全に腫れてしまった頬に今日は湿布を貼ってあげた。
その後はまた休むと行って部屋に戻ってしまった。
午後はケーキを焼き、私は行かなければいけないところがある。
昨日、騒動があった居酒屋だ。
何せ、壁にナイフで2箇所も穴を開けてしまったのだ。
居酒屋は今日まで営業するということで、店長が仕込み作業をしていた。
お詫びのケーキを渡し、壁の穴のことを謝ると、店長は豪快に笑って全然気にしなくていいと言ってくれた。
ああ、申し訳なさすぎる。
あの大男は時々来て、ああやって問題を起こしてたからかえって助かったと、とまで言ってくれた。
あの出来事はすでにご近所に知れ渡っているから武勇伝として壁の穴は残しておくと言われた。
そう言われて、私は思わず頭を抱えたくなった。
目眩がしそうだ。
そんな噂、広まってほしくない。
旦那さんにもよろしく、と言ってお店の料理を包んで持たせてくれた。
料理は嬉しかったがこの話はこれ以上広まらないでほしいと心から願った。
家に帰ると、彼は起きていて、鍋の中を覗いていた。
「これ、多くない?」
ばれたか。
ちょっと多めに作るつもりではいたがあれやこれや残ったものや半端なものを入れたら想定の2倍の量になってしまったのだ。
消費には私一人では無理な量になったので彼の協力も必要だ。
断られると困るのであまり多くを説明せず、「そう?」とだけ返しておいた。
居酒屋の店主に料理をもらったことを報告した。
「ひとりで行ったの?!」
彼は驚いたようだった。
「壁に穴を開けたのは私だし…怒ってはなくて良かったわ」
「そりゃそうだよ。エイラさん、店の被害を最小限に抑えたんだもん」
そんな感じで今年の用事はおわり。
後は引きこもる予定だ。
ビーフシチューはあれこれ入れすぎてもはやただの煮込み料理だったが、彼はおいしいと言って食べてくれた。
「明日はもっと美味しくなっているね」
彼の言葉に、私も頷いた。
穏やかな今年最後の日が過ぎていく。
この数か月の目がぐるしい変化と、彼との生活が、私の中に温かく刻まれていくのを感じた。




