42 年末の夜、妻たちの本音、私の夫に何するの! 後編
少し席を外している間に何が揉め事があったらしい。
メアリーちゃんと、いかにもな、ガラの悪い大男が争っていた。
せっかくみんなで楽しくしていたのに雰囲気が台無しだ。
そう思っているうちに、メアリーちゃんが無理やり引っ張られて連れて行かれそうになった。
これはよくない、どうしよう。
でも、ここは狭すぎて動きづらい。
なら、これで。
私はテーブルに置いてあった3本のナイフを手に取った。
「おにーさん、ほら、この子、痛がってるからさ、離してあげて?お酒はさ、楽しく飲んだほうがいいでしょ?」
そう言って、彼がメアリーちゃんと大男の間に割って入った。
「あぁ?てめえには関係ぇねぇだろ!」
なんとか大男はメアリーちゃんからは手を離したが今度は彼の胸ぐらを掴み、今にも殴りかかりそうになっている。
もう!なんなの!
みんなが楽しくしていたのに台無し!
それに彼にまで、危害を加えようとしている。
あの時の私の酔いは醒めたと思って思っていたが、そうでもなかったのかもしれない。
もしくは、相当頭に血が昇ったのかもしれない。
持っていたナイフを1本脅しのつもりで投げた。当てるつもりはない。
このナイフ投げは見世物小屋で1番得意としていた技だ。
その気になれば目玉にだって当てられる。
けれど、今は彼を離してもらいたいだけ。
大男の興味がこちらに向けば良い。
「…今はわざと外しました。その人を離してください。じゃないと次は当てます」
そう、警告したがまだ離さない。
大男が何か喚いているが構わず私は2本目のナイフを壁に向かって投げた。
今度は傷つける目的で。
頬を掠め、さすがに少し驚いたのか、壁に刺さったナイフと私の方を見た。
それでも離す気配がないので、
「今度は真ん中に当てます」
最終警告だ。
私だってこんなところで流血騒ぎなんて起こしたくない。
3本目を構えたところ、投げる前に大男はやっと彼から手を離し、私に掴みかかってきた。
よし。
大男の興味は私に移った。
これで広い外にでも連れ出して叩き付ければ大人しくなるだろう。
そう思っていた所、
「いい加減にしろよ!」
今までに聞いたこともない大きな声で、怖い顔で彼が大男に掴みかかった。
カイさんは無理…!敵わない!!
あっという間に大男に殴られて吹っ飛んでしまった。
あたりに悲鳴が上がる。
「カイさん!」
ああ、彼はこういう人なのだ。
困っている人を放っておけないのだ。
それには私も含まれていた
大男は片手で彼を殴って、もう一方の手は相変わらず私から離さない。
室内は彼が殴られたことによりざわついた。
すぐにでも彼に駆け寄りたがったが、私はがっちり胸元を掴まれて動けない。
幸い、メアリーちゃんを始め、数人が彼を気にかけて介抱してくれている。
でも、彼は気を失ったのか動く気配がない。
打ちどころが悪ければ死んでしまうことだってあるのに!
大男は私を引きずって外に連れ出そうとしている。
好都合だ。
とっとと決着を付けて彼のもとに行かなければ。
外に出る間、一緒に飲んでいた人たちが私と大男の間に割って入ってくれるが、大男は酔っているし、頭に血がのぼっていて手に負えない状態だ。
「あなたは、私には敵わないわよ」
私の言葉に大男はさらに逆上する。
さて、この楽しい場を見出した罪と、彼を傷つけた罪はどう償ってもらおうか。
途中、何がどうなったか分からないが、いつの間にか近くに来ていた彼が、再び大男に殴られた。
「…カイさん!」
もうやめて!
私の夫に何するの!
その時、やっぱり私は相当頭に血がのぼっていたのだろう。
もう、そこからの細かい記憶はあまりない。
男を蹴り飛ばして地面に沈め、座り込んでいる彼のもとにやっと駆けつけられた。
「カイさん!血が出てる!大丈夫?!なんでこんな危ないことを!」
額から出血をしていて、殴られた頬は少し腫れ始めている。
話しかけてもなんだか反応が悪い。
意識が混濁しているようだ。
何度も殴られたのだ、無理もない。
でも良かった、生きてる…
彼は立ち上がろうとしたがフラフラでうまく立てない。
私もうまく支えられないでいたら、近くにいたダニエルや他の人が人々が手を貸してくれてうちになんとか帰ることができた。
帰ってくる頃にはだいぶ意識ははっきりしてきたようで安心した。
彼をソファーに座らせてその向かいに私は椅子を持ってきて、そこで傷を見せてもらった。
額の傷の方は血はすでに止まり、傷事態もそんなに深くなさそうだ。
でも、殴られた頬は明日には腫れるだろう。
手首も捻ったらしく少し腫れていた。私は鎮静効果のある薬剤を傷に塗ったり貼ったりした。
「…もう、あんな無茶はやめて」
「心配かけてごめんね。俺もあんなことになるなんて思ってなくて…」
口の中も切ったのだろうか、喋るたびに痛そうだ。
「…こんなことになるなら、私もはじめから手加減なんてしないで沈めてやれば良かった…」
「いやいやいや!エイラさんこそやめて、あいつに胸ぐら掴まれてるの見たとき相当焦ったから!」
「あれくらいじゃ、私の気が収まらない。利き足は右だから右回し蹴りにすればよかった」
本当に、私がはじめから手加減なんてしないで、大男を沈めてやってればこんな怪我なんてしなかったのに。
自分の不甲斐なさ、悔しさでいつの間にか涙が出ていた。
「気を失ったあなたを見て、心配で…。私、何も考えられなくなって…それで…死んじゃうかと思って…」
首も痛めてないか確認した。
やっぱり少し赤くなっている。
腫れないといいけれど…
そう思いながら薬を塗る。
本当に、打ち所が悪ければ死んでしまうことだってあるのに。
「あー、そうだね。そっちもあんな事あったら、びっくりするよね」
そう言って私の背中を子供をあやすようにとんとんと撫でた。
私は、泣いてしまったことが恥ずかしくて顔を見られたくなくて、思わずそのままの体勢で彼に抱きついた。
感じる体温に、生きていてよかったと心から安心した。
しばらく、彼のとんとん撫でるのを心地よく感じていたら
「エイラさん、お酒飲んだ?」
と聞かれた。
何故バレてしまったのか。
私はしばらく返事をしないでいたが、結局追及からは逃れられなかった。
彼からのお小言は、元気な証拠、と割り切って甘んじて受け入れることにした。




