40 年末の夜、妻たちの本音、私の夫に何するの! 前編
今年最後のお店の営業が終わった。
半年前には考えられなかった生活をしている。
毎日暖かい布団に寝れて、ご飯も食べられる。
ひとりで人目を避けて生きていた自分に毎日おはようとか、おやすみを言える相手がいることが信じられない。
今日はお店が終わったら商店街の忘年会に行くのだ。まだ知り合いの少ない私をメアリーちゃんが誘ってくれたのだ。
私はかなり楽しみにしていて、朝からソワソワしていた。
この間買ったばかりの淡い緑色のワンピースを着ていくことは前々から決めていた。
少し閉店時間を過ぎてしまったが片付け次第彼とふたりでメアリーちゃんがいる居酒屋に向かった。
お店は既に人が集まっていて、商店街の比較的若手のメンバーが揃ったようだ。
私はメアリーちゃんに呼ばれて、彼とは別のテーブルに着いた。
普段は仕事や学業、嫁いで街を離れているが、帰省で戻ってきた人も多かったため、初めて見かける人が多かった。
「メアリーとか、ウチの親とかに聞いてたけれど本当に御子様そっくりね」「その髪、天然?」とかいろいろ聞かれたが悪意があって聞いてるわけではないので全然嫌じゃない。
こんな集まりに参加したことがなかったから何を話したらいいか分からなくて、聞かれたことに答えたり、相槌を打ったりしていた。
だんだんと話はそれぞれの恋人の話や夫の話になった。
「もう、ほんっと男って結婚したらそれまでよね。昔はあんなに甲斐甲斐しく尽くしてくれてたのにもう、どこへやら、よ」
「私も付き合いたてはかわいいとかいろいろ言ってくれたのに、今はぜんっぜん」
「私からキスしてもなんだか最近はウザったそうにするし!」
「私なんて、最近は触られると気持ち悪いって思う時もあるわ」
「家事は人任せで家のことは全然しないし」
皆さん、なんだかストレスが溜まっているみたい。
「エイラちゃんのところはまだ新婚でしょ?でも、そろそろ嫌なところとか見えてこない?」
そう言ったのは薬草関係の本の取り寄せをよく頼む本屋のお嫁さんのリーゼさんだ。
私より6歳ほど年上で、離れた町から嫁いできた人だ。
はて?
嫌なところ…
お店の運営に関してはほとんどやってくれて、私は厨房仕事に専念できる。
家のことは、お風呂やトイレの掃除は当番を決めてやってるが手が空いたほうがする時もある。洗濯は元々お互い別々、夜は食器洗いをしてくれるし、忙しい日の昼は作ってくれることも多い。買い物も私がいけないことが多いから行ってくれる…
嫌な所…
うーん、とっさに思いつかないな。
始めはよく知りもしない人との生活は不安だったが、私たちは適度な距離を保ちつつ、うまくやれていた。
…気になると言えば、お酒をよく飲んでいるけれど体に悪くないか心配なところか。
「やだ、エイラちゃん考えてる?ないの?1つも?」
「…お酒はあんまり飲まないようにしてほしい、とか?…」
「やだー、それだけ?やっぱ新婚さんは違うわね!」
「まぁ、エイラさんの旦那さん、人気あるもんね」
「そうそう、うちのおばあちゃんが買い物の荷物が重たくて途中で休んでたら家まで持って送ってくれたんだって!」
「うちのおじいちゃんも今どきの若者にしてはよく働くって褒めてたわよ」
そうなんだ。
家でも外でも変わらないんだなぁと思った。
彼はすぐに自分で仕事を探して、私より先回りしてやってくれることが多い。
「愛想はいいし話しやすいわよね。それにこの辺では珍しい瞳の色や髪色もちょっとエキゾチックよね」
「そこいらの男よりなんだか品があるわよね。育ちがいいっていうのかしら?」
確かにそれは私も思うことがあった。
目立つわけじゃないがふとした時の仕草がきれいなのだ。
特に、食事の食べ方がとてもきれいだと思ったことがある。
彼を褒められるのは私も気分が良い。
とにかく、私にはかなり優秀な夫がいるようだ。
偽装だけど。
お酒が進み話ももっと深いところまですすむ。
夫のキスが下手くそだとか、夜の頻度はどれくらいだとか、なかなかに際どい話になって皆、自然と小声になる。
そう言えば、彼は私と会うまでどんな女の人とお付き合いしてきたのだろう。
それこそ、ここでこんなに評判が良いのだから、以前にもきっとこんなふうにたくさんの人から好意を向けられてきたのだろう。
キスがどうとか、夜がどうとかは私は知らないが、この世のどこかにそれを知ってる人がいるのだろう。
ひとり?2人?もっと?
大抵のことは何でも教えてくれるがさすがにこんな事は聞けない。
そんな感じでボロが出ない程度に話の輪に入っていたが、うっかり私は隣の人のワインを飲んでしまっていたようだ。
もともと私が飲んでいたのはぶどうのジュース。
甘めのワインだったせいかジュースとの違いがよく分からなかった。
でも、体が熱くなってきたからいつの間にか飲んでしまったのだろう
ここに来る前に、彼に「外でお酒は飲まない」と約束させられたばかりだった。
一度、家で2杯のんで酔ってしまったことがあるからだ。
でも、今日は1杯だからこの間のように途中で記憶をなくしたりはしない、はず。
…たぶん。
少し落ち着かせるために私は外の風に当たるため席を外した。
こんな風にたくさんの人に受け入れられて楽しい時間を過ごせている自分が何だか不思議だ。
そんな、ちょっとほろ酔い加減が醒めたのを見計らって、再び私は店の中に戻った。
事件は既に起きていた。




