39 報告書②郵便配達員 ダニエル
商店街の奥に、ずいぶん前に閉店してしまった菓子店があった。
僕が小さい頃は、よく両親に手を引かれて記念日用のお菓子を買ってもらったり、隣の家のメアリーと一緒になって、ショーケースに並んだ色とりどりのお菓子を眺めに行ったものだ。
そんな思い出の場所が、再び動き出すという。商店街の人々は、どんな人が引っ越してきたのか、興味津々で噂話をしていた。
僕はダニエル。
郵便配達員をしている。
毎日のように商店街を行き来しているため、その菓子店にもすでに何度か郵便物を届けていた。だから、商店街の誰よりも早く、その新しい夫婦の名前を知っていた。
カイ オルウェン
エイラ オルウェン
夫婦だということは知っていたが、配達のタイミングが悪かったのか、これまで直接顔を合わせたことはなかった。いつも郵便受けに入れるか、もし店が開いていればカウンターに置かせてもらうだけだった。
ある日、外で掃除をしていた主人に郵便を手渡しする機会があった。
明るい感じの、濃い茶の髪の青年だった。
自分より、少し年上くらいか。
「いつもありがとね~」
思っていたよりも気さくな雰囲気で、初めて会ったにもかかわらず、まるで昔からの知り合いであるかのように話しかけてくれた。
その数日後、再び菓子店に配達に行った僕は、その店の戸口から出てきた女性を見て、思わず息を呑んだ。びっくりするくらい、としか言いようがないほど美しい人だった。
小さいころからよく見慣れた御子様そのままの姿だった。
素直に、「御子様って実在してたんだ」なんて、間の抜けたことを考えてしまった。
「いつもお疲れ様です」
と、静かで涼やかな声で労ってくれた。
その声も、顔立ちと同様に、まさに清らかな「御子様」そのものだった。
隣のパン屋を営むメアリーのお母さんも、新しい菓子店の主人がどんな人物か気にしていたので、このことを話してあげたかったが、僕には郵便配達員としての守秘義務がある。
あまり多くのことを話すことはできないのだ。
それに、もし話したところで、メアリーのお母さんが興奮して商店街中に言いふらすのが目に見えている。だから、結局、僕は誰にもそのことを話さなかった。
メアリーは、僕の幼馴染だ。
学校を卒業してから、近隣だがお針子の修行のため実家のパン屋から出てしまったため、しばらく会っていない。
配達の管区も自分の担当ではないため、偶然を仕事を口実に会うこともない。
メアリーは、流行りものはすべて押さえておかないと気が済まない、おしゃべりも好きな女の子だ。
人とうまく話せない、どちらかと言えば内にこもりがちな自分とはまるっきり正反対の性格をしている。
それでも小さい頃はよく遊んでいた。
僕が何かを話そうとすると、なぜかいつも先回りして全部わかってくれていた。
このまま、大人になっても、ずっと隣にいてくれるんだろうな、なんて漠然と思っていた。
けれど、この歳になると、それぞれが進む道は違ってしまい、滅多に会えなくなってしまった。
やたら喋るのでうるさいと感じることもあるが、やっぱり隣にいて居心地がいいのはメアリーなのだ。
風の噂で新しい彼氏ができたらしい、と何度か聞いたことがある。そのたびに胸の奥がチクリとする。
いつか自分の彼女になってほしいと思ったこともあったが、メアリーは首都でも通用するデザイナーになるという夢のため邁進している。
とっくに僕のことなんて忘れてしまったのだろう。
やけくそで別の女の子と付き合ってみたこともあったが長くは続かず、振られてしまう。
まぁ、気持ちがないので当たり前なのだが。
そんな時、引っ越してきたオルウェン夫婦。
陽気な夫、カイ。物静かな妻、エイラ。
僕とメアリーをそのまま逆にしたような組み合わせだと、僕は思った。
僕が物静かで、メアリーが陽気。あの二人は、僕たちとは真逆だ。
派手さはないけれど、菓子店に漂う甘い香りや、彼らの穏やかな雰囲気が、周りの空気まで柔らかくしているように感じられた。言葉数は少ないけれど、互いを尊重し合っているような、そんな夫婦だ。
僕とメアリーの関係が、もしも大人になっても続いていたら、あんな風になれたのだろうか。
僕の隣には、いつも変わらず、メアリーがいてくれたのだろうか。
そんなことを、彼らを見ていると、ふと考えてしまう。
彼らのような穏やかな関係は、僕にとって憧れだった。




