34 クリスマスへの憧れと期待
もうすぐこの町に来て、初めてのクリスマスだ。
お店もそれに向けての商品を出したり色々とた忙しい日々を送っている。
たくさん新商品を出すことを提案されるかと思ったが、「今年はあまり冒険しないで、定番のものを軸に目新しいのは1〜2品でいこう」と、言われた。
クリスマスは宗教的な行事なのも理解しているし、世間では家族でごちそうを食べたり、プレゼントを交換したりする日、と言うのも知っている。
森で暮らしていた時のアガサ婆との生活はクリスマスなんてしたことなかったし、その後過ごした見世物小屋では行事なんて関係なく舞台にいた。
製薬商にいた時は、でもその日は恋人や家族と過ごすからと、私みたいなのは仕事を押し付けられがちだった。
やっていたことと言えば、いつもより良いものを作って食べたり…程度だ。
ひとりで。
だが、今年は違う。
偽装だが、夫が存在するのだ。
始めこそ多少の居心地の悪さはあったが今は良き同居人だ。
そして、かけがえのない、頼りになる存在だ。
チキンのグリルとか、ひとりでは持て余しそうなものを作っても、2人ならなんとかなるのではないか。
なんなら、ケーキも、お店に出すには原価が高くて今年は見送ったたっぷりのバターとナッツ、ドライフルーツのケーキも自分たちで食べる用になら作ってよいのではないか。大きいのを。
そう思ったらあれやこれや憧れのメニューが次から次へと出てきた。
「カイさん、クリスマスに食べたいものある?」
閉店後、店の掃除をしている彼に尋ねた。
「えー?その日も店開いてる日だし、たぶん忙しいよ。無理しなくてもいいよ」
いつもの彼らしい、気遣いの言葉が返ってきた。でも、私はもう決めていたのだ。
「前日から用意したりすれば大丈夫だと思うの」
「そうなの?エイラさんが大変じゃなかったら…やっぱ定番のチキンとかかな?」
彼の口元に浮かんだ微かな笑みに、私も嬉しくなった。
よし。
これでチキンのグリルは決定だ。
メニューは大体決まった。
豪華な食卓を想像するだけで、胸が躍る。
と、なると、これはプレゼントも用意してほうがいいのだろうか。
いつもお世話になってる意味も込めて。
お互い示し合わせるわけではないので、プレゼント交換とはならない。
私が一方的に渡すことになる。
お財布事情はお互い把握している。
それぞれの取り分から、彼は借金返済へ、私は店舗の買い取り資金の貯金…
だから、私も彼もそんなに裕福ではない。
あげるにしても、あまり負担に思われるようなものは避けたいし。
そもそも、誰かにプレゼントをあげるだなんて未だかつてないから何をあげたらいいんだろう。
そう言えば、借金っていくらなんだろう?
なんで作った借金なんだろう?
偽装夫婦の契約をしたあとに、ギャンブルとかお金遣いが荒かったらどうしようと、心配したりもしたが、彼は誰よりもお金に対してはシビアだった。
たまに飲みに行ったりお酒を買って飲んではいるがお小遣いの範囲内だろう。
そんなしっかりした人が、何故借金を背負っているのかと、不思議に思った。
彼に関する疑問がまた増えた。
夕食後、私は新しいレシピの構想をノートに記録、彼は向かいで店の帳簿を付けていた。
お馴染みのあの演算器で何やら計算をしている。
あの珠を素早くカチカチと動かす音が私は好きだ。
何度見ても、何故あの珠を動かすだけで計算ができるのか不思議だ。
あんなの使っている人は今まで見たことがない。
どこで覚えた技術なのだろう。
私は、ひと足早く終えたので、ひと休みしてもらおうと、お茶の用意をするため席を立った。
戻ってくると、彼は伸びをして、自分で肩をとんとんと叩いていた。
「肩凝った?」
「うん、同じ体勢でいると体バッキバキ。もっと普段から体動かしていたほうがいいだろうけど、自分に甘くなるよね」
「マッサージしようか?」
「できるの?」
「やったことはないけど、見たことはあるわ」
「じゃ、やってもらおうかな」
私は、彼の背中に回って両手で肩を握り込み、親指に力を込めた。
「いだだだたっ。力強っ」
思わず叫んだ彼に、私は慌てて力を緩める。
「あ、ごめんなさい。加減が分からなくて」
なんか硬かったから強いほうが良いのかと思ってやってみたのだが強すぎたらしい。
「じゃ、その強さで肩甲骨のあたりできる?」
彼の指示に従い、肩甲骨のあたりをもみほぐす。
彼の背中越しに伝わる、しっかりとした筋肉の感触に驚いた。細身の人だと思っていたけれど、ちゃんと力強い筋肉を感じる。
「こう?」
「あ、それいい。エイラさん上手だね」
褒められた私は、ちょっと嬉しくなった。
ここに来てからちょっと太ったとか言っていたけれど、太ったのではなく筋肉がついたのでは。
開店の準備の時から店の外観を直したり、製菓の材料の粉類を取りに行ってもらってりと、力仕事を率先してやってくれていた。
彼の背中に触れることで、今まで知らなかった彼の努力や、秘めた力強さを感じた気がした。
「あー、だいぶラクになった。血の巡りがよくなったって感じ。ありがとう」
「どういたしまして」
そう言って私はお茶の準備を再開した。
クリスマスのプレゼントは決まった。
あれにしよう。




