33 一冊の古書と、新しい創造の種
俺は配達の途中で、この間頼んでいた本は届いたかどうかを確認するため、本屋のリーゼさんのところに寄ってみた。
店のドアベルをカランコロンとドアベルが鳴らすと、店の奥からリーゼさんが顔を出した。
「あら、カイくん、いらっしゃい」
残念ながら紙折の本はまだ入荷できていないとのことで、年末ギリギリかな、との返答だった。
少しばかり肩を落とす。まあ、仕方ない。すぐに手に入るような代物ではないのは分かっていた。
来たついでに店内を流し見していると、花の図鑑を見つけた。色鮮やかに描かれたその表紙になんだか心惹かれた。
中をめくってみると四季順に並べられた花々の絵。
図鑑はもっと写実的に、精密に描かれているものだが、これは絵画のように描かれていて、まるで画集のようだった。
美しいが、本来の色より鮮やかに描かれているため、図鑑としてはどうなんだ?という印象だ。
でも、その色彩の豊かさからはなんだか目が離せなかった。
「リーゼさん、この本も売り物?」
俺が手に取った本を見て、リーゼさんは奥から出てきた。
「ああ、それね。なんかいいなと思って私が入荷したの。かなり古い時代の古書よ。たぶん昔の貴族の家にあったような感じ?装丁も立派だし、古いけど状態は良いでしょ?」
「これ、俺買ってもいいですか?」
「良いけど、カイくん、こういうの好きなの?」
「ううん、エイラさんに。色がきれいだから、お菓子を作るときの参考になるかなって」
口に出してみてからなんだか気恥ずかしくなった。
「でも、プレゼントに古書って変ですかね?」
尋ねると、リーゼさんは少し考えて、
「人によると思うけど…私は本だったら何でも好きだから構わないけど。まぁ…たとえば、メアリーみたいなのは嫌がるかもね」
確かに。
あの活発な子は古いものより常に最新を追いかける子だ。
「エイラちゃん、そういうタイプ?」
リーゼさんが尋ねる。
ふと普段の彼女を思い浮かべてみる。
あまり自分のものを買っているイメージがない。
部屋にものが少ないことを考えると必要なものを大事に使っているような気がする。
「いや、物持ち良さそうだし、結構古いものとか大事にしてる方だと思います」
俺の言葉に、リーゼさんは「うんうん」と頷いた。
「じゃ、気にしないんじゃない?クリスマスも近いしちょうどいい贈り物になるんじゃない?」
そうだった、クリスマスが近いんだった。
この間の一件で、いろんなものを見せてあげたいとは思うが遠くに行ったりするのは無理だ。
でも、本なら気軽に新しい世界に触れられる。
古書だし、そんなに値段も張らない。
高価すぎても気を使わせる気がするからちょうどいい。
彼女がこれを受け取って楽しむ姿を想像しただけで、俺の心がじんわりと温かくなった。
彼女がこの本を開いて、新しいインスピレーションを得て、また「きれい」と目を輝かせてくれるかもしれない。そんな姿を想像すると、俺まで嬉しくなる。
「これ、買いますけど、くれぐれもエイラさんには言わないでくださいね」
「当たり前じゃない」
そう言ってリーゼさんはニヤニヤしながら会計をしてくれた。
俺は帰ってから彼女に見つからないようにこっそり自分の部屋のクローゼットの奥に隠すように本をしまった。
喜んでくれるだろうか。
彼女がこの本を手に取り、目を輝かせ、また新しい薬菓を生み出してくれる姿を想像すると、なんだか俺までわくわくした。
彼女が、この世界で、もっとたくさんの「美しい」ものに触れて、そのたびに瞳を輝かせてくれるなら、俺はそれだけで十分だった。




