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31 屋根に落ちた毛布、彼女の素顔

店も軌道に乗ってきたとある晴れた冬の日。

朝から澄み切った青空が広がり、空気はひんやりと肌に心地よかった。せっかくの天気だから、洗濯物を片付けたら、ついでに毛布でも干そうかと思って2階に上がった


彼女にも声をかけたら自分のも頼みたいと言われた。

今日の彼女は大口の注文があって忙しいのだ。


またも勝手に部屋に入って良いと言われたのでベットにきちんと折りたたまれている毛布を持ち出した。


彼女の部屋の窓は小さいから、隣の俺の部屋の窓で毛布を干すのだ。




相変わらず、部屋はものが少ない。飾り気もなく、まるで仮の宿のようだ。



レシピ記入のために筆記具を買っていたのは見たことがある。 後はここに来てから、冬用のワンピースを買っていたのを見た それくらいか。



それに比べて俺は近所で要らなくなったマットレスとかテーブルとか本棚とかを運び込んだため部屋がだいぶ賑やかになってしまった。




毛布を広げて何度か埃を払っていたら、時々感じる彼女の香りがした。

なんだろう、花の香りかな?


夜を思わせる透明な香りだ


その香りに、俺の心は妙に落ち着かなくなった。

なんだか悪いことをしているような。





そんなことを考えていたら、風で毛布がふわりと飛んで1階の張り出した屋根部分に落ちてしまった。


しまった。


手を伸ばしても到底届かない、何か棒だったら届くかも。


それか、1階からはしごで登るか。


「エイラさーん、長い棒とかある?」


「棒?何に使うの?」


「毛布、1階の屋根に落ちちゃって。手が届かないから棒で引っ張ろうかと思って。なかったらはしごでもいいんだけど」


「そんな長い棒はないわよ。はしごも…脚立くらいしかないわよ」


「だよねぇ、近所ではしごでも借りてくるかな」



「私、取りに行こうか?」


「え?手が届かないから無理だよ」


彼女は作業の手を止めてタオルで手を拭いていた。


一応状況確認のため、2階にふたりで上がった。


あ、俺の部屋散らかってるの見られる。

誰も見ないと思ってて昨日寝る前に店の原価計算請求書の束とか、片付けないで寝たまんまだ。

しかも夜食に食べたオレンジの皮もそのままだ。



俺の部屋の惨状を、ちらっと見てそのままスルー



興味がないのか。

そのことに、俺は少しだけ、複雑な気持ちになった。




彼女は窓から落ちた毛布を見て、

「あれなら私が取ってこれる」 と言った。


突然彼女は履いていた靴をを脱ぎ始めた。


「え、何してるの?!」


窓枠に足をかけて、あっという間に屋根に飛び降りてしまった。

足をかけた瞬間、普段ワンピースに隠れている白い太腿があらわになった。

足も顔同様透き通るような白さだ。


じゃなくて、


「危ないよ!」


俺は叫んだが、彼女は軽い足取りで屋根に降りて、あっという間に毛布を回収して戻ってきた。


そうしてするりとしなやかな猫のように窓から部屋の中に帰ってきた。


「…ありがとう。高いところ、怖くないの?」


「…平気。昔、訓練したから特には」



そうして彼女は俺に毛布を託し、仕事の続きのため、厨房に帰っていった。



彼女の言う訓練とは。

彼女の過去は全然知らないわけではないが、あまり詳しく知らない。


育ての親が死んだあと、苦労したとは聞いていた。

俺と会う少し前まで数年間、製薬商で働いていたとは聞いている。


その前は?

誰と暮らしていたのか?

友達は?


訓練とは?


お互い、示し合わせたわけではないが彼女も俺のことを聞かないし、俺も聞かない。


契約の期間だけの付き合いだ、話す必要はないと考えているのかもしれない。




そう思うと、胸の奥がチクリと痛んだ。

偽装の夫と言えど、今は1番彼女のそばにいるはずなのに、未だ見えない一線がある。




これはしかたないのか。


いや、それはお互い様か。



そのことに、俺は寂しさを感じずにはいられなかった。




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