27 おしゃれ番長からのひらめき
開店から2週間、毎日があっという間に過ぎていった。
なかなか要領がつかめず無駄な動きが多かったせいか夕方にはクタクタだった。
そんな私の様子を見て、彼が「作業動線を変えたら?」とアドバイスをくれた。
その日から作業の流れを、下準備、成形、焼きなどある程度スペースを区切ることにした。それまでは、たまに厨房に来て手伝ってくれる彼とぶつかることがあったが流れを変えてからはそんなことはなくスムーズになった。
その作業で使う道具も流れに応じて置き換えた。
おかげで厨房の中を行ったり来たりするのがだいぶ減った。
彼の冷静な観察眼と的確なアドバイスに、私は改めて彼の有能さを感じた。
日々の疲労感にも慣れてきた頃のことだ。
少し、客足が落ちてきていると告げられた。
彼も始めは物珍しさで人が来てくれるが、その後が大事だと言っていた。
その言葉が今、現実となって目の前に突き付けられている。
味には自信があった。
薬菓も、悪くないはずだ。
何が?
どこがいけない?
必死に考えたが、答えが分からない。
そう思っていた頃、彼に言われた。
「もうちょっと色を付けたり、華やかさがあったらいいな」
なんだかだいぶ言葉を選んで言われている気がする。
「…それは、つまり地味ってこと…?」
私の問いに、彼はは少し言葉に詰まっていた。
そうだったんだ!そう思っていたんだ!
私は頭を殴られたような衝撃を受けた
まるで長年かけて積み上げてきたものが、一瞬にして崩れ去るような感覚。
だが、これは素直に聞き入れなければならないことだ。
彼が、私のために、店の未来のために、言いにくいことを言ってくれているのだから。
自分でも、センスがないことは分かっていた。
この銀の髪や赤い瞳、白い肌も、私にとっては好奇や蔑みを向けられる原因だったから嫌な思いをたくさんしてきた。なるべく目立たないように気を使ってきた。
だから服装とか、髪型とか目立たないように、むしろ隠すように生きてきた。
だから同年代の娘たちが流行を追ったり、あれこれ着飾ったりしていた時期、私は常に人目を避け、非常に孤独で隠れながら生活していた。
自分の存在を薄くすることだけを考えていた。
あと、薬菓も教えてくれたアガサ婆もおばあちゃんだったから、そういうかわいいとか華やかとかと無縁だった。
アガサ婆の薬菓は、その味と薬効だけで十分だったし、私もそれが当たり前だと思っていた。
薬菓はそんなもの、味と薬効で売れると思っていたのは間違いだったのだ。
育った森の周辺はこの町より田舎だった。
だからアガサ婆の作るような素朴で地味なものでも売れたのだ。
でもここはあそこよりはたくさんの人や年代の人がいる。
少し町を出れば他のお菓子も手に入る。
選択肢は無限だ。
味や薬効だけでなく見た目も気にしなければいけなかったのだ。
こんな調子では、せっかく彼が支えてくれるこのお店を、私が台無しにしてしまう。
私の責任は重大だ。
胸が締め付けられるほどの重圧を感じた。
明日は定休日。
少し時間はある。
この状況をなんとかしなければ。
私は夕食の準備の途中でも、お店のことで頭がいっぱいだった。
どうすれば、私の作るお菓子を、もっと魅力的に見せられるだろう。
鮮やかな色のハーブ?それとも、飾り付け?考えれば考えるほど、空回りして、うわの空になってしまう。
その結果、私はいつもはしないようなミスを連発してしまった。
手が滑ってお皿を割ったり、さらに夕食のミートパイを焦がしてしまった。
焦がしたミートパイは謝って食卓に出した。
彼はおいしいと言ってくれたけれど、かえってその優しさが私の自己嫌悪を深めた。
彼がいつものように話題を振ってくれてもうわの空で何も頭に入ってこない。
何を言われたか理解できず適当に返事をした記憶しかない。
彼の声が遠くに聞こえるだけだった。
その夜は、眠れる気がしなかった。
横になっても、頭はお店のこと、彼の言葉、そして私の無力さがぐるぐる胸に渦巻いている。
可愛さや華やかさ…。
私はメアリーちゃんを思い浮かべた。
今はお針子見習いだが、ゆくゆくは師匠のように首都で活躍できるデザイナーになるのが夢なのだそう。
流行に敏感で、いつも髪型やメイクを変えている。
彼もメアリーちゃんのことを「町のおしゃれ番長」と呼んでいた。
この間は師匠が首都のお土産に買ってきてくれたという、キラキラしたガラス玉をつなげたようなブレスレットを嬉しそうに見せてくれた。
日の光に反射してとてもきれいだなと思った。
ガラス玉と、よくメアリーちゃんが買ってくれる美容系の薬菓がつながった、ような気がした。
これだったら、薬効をそのままに、なおかつメアリーちゃんのような年頃の子が喜んでくれるのでは?とひらめいた。
どうせ眠れないのだ、試してみたい。
私はそっと1階の厨房に降りた。
とりあえずあるだけの色とりどりの薬草を集めた。
それらを煮詰めてシロップにして…。
でも過熱によって色が退色したり、香りが変わったり、薬効が落ちたりと一筋縄ではいかなかった。
あれこれ組み合わせて私は数種類の組み合わせを試した。
夢中になっていたらいつの間にか朝になっていた。
私は深夜から起きていたことを知られたくなくて、普通を装って朝食の準備をした。
いつも通り朝食を済ませ、彼は早いけれど今日の買い物に行くと言って出かけて行った。
朝食の片づけを終え、昨晩の続きに取り掛かる。
ある程度、形にはなった。
でも、最後の一押しが欲しい。
ふと、私は彼がよくおやつ代わりに食べているオレンジが目に入った。
好きなのか、良く買ってきている。
あとで謝ろう。
そう思って私はオレンジをひとつ拝借した。




