26 彼女の才能を輝かせる、俺だけの方法
うすうす思っていたこと。
うちの商品ってなんか、地味じゃない?
と、言うことだ。
本当に味はどこに出しても恥ずかしくない、美味しいんだ、本当に。
彼女の技術と才能は本物だ。
でも、見た目がありきたり。
なんていうか、おばあちゃんちの安心感というか。
よく言えば素朴で、悪く言えば地味、ババくさい。
なんか悪口みたいになってるけどそんなんじゃなくて。
まあ、こんな田舎だからそんな都会的なものは望まれていないだろうとは思っている。でに、もう少し華やかさとか、可愛さが欲しい。
初めこそ、物珍しさで売れたが、このままでは先細りになるのは目に見えている。
一生懸命にやっている彼女には非常に言いづらいがこれは今後のために解決しなければいけないことだ。
正直に言うしかない。
もうちょっと色を付けたり華やかさがあったらいいな、と。
だいぶ、言葉を選んでふんわり伝えたつもりだ。
「…それは、つまり地味ってこと…?」
彼女の顔が顔が少し曇ったように見えた気がして、俺は内心「ごめんね!ケチをつけたいんじゃないんだ!」と、心の中で叫んだ。
実は、彼女はセンスがちょっっっとずれている、気がしていた。
これとこれ、どっちがいい?と聞くと必ず、「え?そっち?」という方を選びがちだ。
彼女の普段の装いはとても、シンプルだ。
大体無地の色のワンピースで、あまり装飾はついていないものがほとんどだ。
別に似合っていないいわけじゃないんだけど。
服がシンプルな分、その美貌が引き立つって利点はあるが。
本当に、天然美人なんだよな。
そのせいか、その独特のセンスは普段の生活からは伺い知ることができなかった。
ついでに言うと、化粧もほとんどしない。
化粧道具も持っていることは持っているらしいが、肌が弱く、市販品は肌荒れすることがあるからあまり使わないと言っていたことがある。
聞いたことないけれど、普段彼女が使っている化粧水とかクリームはたぶん手作りだ。
そういう経緯から、あまり自分を着飾るということがない。
今でも光ってるんだけど、磨けばもっと光るはずなのでもったいない、とは思うけど、彼女にその気がなければそれで良いと思う。
でも、今の問題は店のお菓子だ。
このままではせっかくの彼女の技術と腕前が見た目で損をしてしまう。
明日は定休日。
少し考えると、彼女も言ってくれた。
その日の夕食時、彼女の様子はおかしかった。
厨房からはいつもは聞かないような音が聞こえてきた。
なんだか焦げたような匂い、そして食器の鈍い音。皿を割ってしまったのか。
いつもはしないようなミスを連発していた。
結局焦がしたのは夕食のミートパイで、別に店のものでもないのに相当落ち込んでいた。
気にしなくていいのに。
ちょっと焦げたところをよければ全然おいしく食べられた。
夕食時も当たり障りのない話題を振ってみても、心ここにあらずな状態。
「明日の仕入れ、何か欲しいものある?」「今日は何のお菓子がよく売れたね」とか当たり障りのない話題を振ってみても「うん」とか、「そうね」とぼんやりとした返事しか返ってこない。
…怒っている、わけではないと思うけれど…。
怒っているというより、深く考えているという感じだ。
彼女自身が口にした「地味」という言葉。
(俺は言っていないよ!)
よほど彼女の言葉に深く突き刺さってしまったらしい。
彼女の努力を知っているからこそ、その言葉がどれだけ深く突き刺さってしまったのかと思うと申し訳ない気持ちになった。
その夜は俺も今後のことを考えながら、なかなか寝付けなかった。
やっと眠ったと思ったら眠りが浅く夜中に目が覚めてしまった。
深夜2時。
物音ひとつしないはずの時間だが、1階から微かに物音がした。
まさか、泥棒?
そっと布団を抜け出し、足音を立てないように階段を降りた。
厨房の扉の隙間から明かりが漏れていた。
そっと隙間からのぞくと彼女がひとり、黙々と作業をしていた。
焼きあがったであろう、薬菓やケーキなどをひとつひとつ手に取っては何かを確認しているようだ。
作業台には鮮やかな色のハーブやカラフルなシロップなどが並べられていた。
それを混ぜてみたり、香りを確かめているようだった。
やっぱり相当気にしていたんだな、と思った。
普段あまり感情を出さない彼女だが、その背中には責任感や義務感が感じられた。
薄暗い厨房で孤独に作業をしていた。
声を掛けようとしたが、やめておいた。
彼女はプロの薬菓師で、経営者なのだ。
これは彼女自身が答えを導き出して乗り切らないといけない問題だ。
俺はその後、気づかれないようにそっと自分の部屋に戻った。
彼女は薬菓を、俺はそれ以外できることはないかと、考えた。
翌日の定休日の朝、彼女はすでに起きていた。もしかしたら寝ていないのかもしれない。
朝食のときもちょっと眠そうだった。
でもそれには触れなかった。
朝食後、俺はメモを片手にいつもの買い物に出かけた。
メモを見て、今日の夕食はアレかな?コレかな?と思いをはせながら商店街を歩いていた。
昨晩の彼女の姿が目に焼き付いて離れない。
俺も何かいいアイディアを出せるといいんだけれど…。
市場で買い物をしていると、八百屋のおばちゃんが声を掛けてきた。
いつも来ているのでもう顔なじみだ。
「カイさん、今日はひとりかい?」
「うん、今日は定休日だしエイラさんには休んでもらおうと思って」
「そうかい、優しい旦那さんだねぇ。この間、カイさんのお店に初めて行ったけれど、お菓子、本当においしかったよ!うちのおばあちゃんも喜んで食べていたよ」
おばちゃんの言葉にうれしくなった。
そうだろう、そうだろう。
味は間違いなくおいしいのだ。
「おばちゃん、ありがとう。エイラさんにも言っておくね」
「まぁ、ちょっと欲を言えばもうちょっと華やかさみたいなのがあれば、若い子とかもっと買いに来るんじゃないかねぇ?今どきのお菓子って、味より見た目というのも多いじゃないかい、味がいまいちでも見た目が華やかなだけでも人気が出たりするじゃないか」
さすが、商売の先輩だ。
もう問題点に気づいている。
「そうなんだよ、客層を広げたいとは思っているんだけれどいいアイディアがなくて…」
「そうかい、なかなか難しい問題だよねぇ。そうそう、アンタのとこのお菓子、おいしかったから遠方に嫁いだ私の娘にも送ってやりたいんだけれど、詰め合わせみたいなの、できるかい?」
「できるできる、前もって言ってもらえればこっちも助かるよ」
「本当かい?それじゃあ、来週あたり注文にいこうかね」
「待ってるよ」
俺は八百屋を後にした。
ほんの少し、ほんの少しだけれど自分の舌がおかしいのでは?と疑ったこともあったがおばちゃんの言葉でそれはないことを確信した。
何はともあれ、注文が入ったのはうれしい。
そういえばタワシを買ってくるように言われていたんだった。
俺は雑貨屋に立ち寄った。
ここのおばちゃんともすでに顔見知りだ。
「おばちゃーん、元気?」
「あら?カイくんじゃないかい。今日はお休みかい?」
「そう、今日はタワシを買いに来たよ」
「まいど。他にもあるかい?」
「んー、あとはないかな。でも、他もちょっと見て行ってもいい?」
「ああ、かまわないよ」
この雑貨店は生活用品の他に文房具、家庭用品など大小様々なものが売られている町の何でも屋さんという感じだ。
窓際でキラキラと光る小瓶、保存食用のかな?
食器、割ってたけれど買ってったほうがいいのかな?
そろそろ寒くなってきたから毛布も一枚追加したいな、とか考えていた。
とあるものが目に入った。
なんでこんなものがここに。
正方形の色、柄とりどりの紙。
見覚えがある。これは…
「おばちゃん、なんでコレ、ここにあるの?」
「ああ、それかい?旦那が間違えて仕入れしちまったみたいで。何に使うかも分からないもので説明もできないから置いているだけなんだよ。メモ帳かね?」
「これ、東方の国の子供の遊び道具だよ」
「そうなのかい?どうやって遊ぶんだい?」
「折ったり切ったりして動物や花とかにするんだよ」
「折る?切る?」
「…一枚もらうね」
俺はそれを覚えている中で一番簡単な鳥の形に折っておばちゃんに見せた。
「こりゃ、たまげたねぇ。折っただけで鳥になった!」
ものすごく褒めてくれて、孫に見せると言われた。
そうか、そんなに喜んでくれるのか…
その瞬間、はっと気づいた。
「おばちゃん、柄の紙、もっと大きいやつもある?あと、リボンとか?」
「ああ、奥の方にあるよ、持ってくるかい?」
「ぜひ!」
おばちゃんは奥の方から切っていない大きい紙がロール状に巻かれたものを持ってきた。
これも旦那が間違えて仕入れてしまったものらしい。使い道が分からなくて売れないため店の奥に引っ込めていたらしい。
「これ、買うよ!」
「ええ?こんなものをかい?」
おばちゃんは目を丸くしている。
「なんなら今後追加発注するかもしれないっておじちゃんに言っておいて」
おばちゃんは首をかしげながら会計をしてくれて、サービスだと言って正方形状の紙をくれた。
俺は俺の領域で役に立てそうだ。
これで彼女の作る薬菓やケーキをもっと魅力的で、人々の目を引くものに変えられるはずだ。
そう考えて急いで自宅に戻った。
彼女の意見もぜひ聞きたい、どんな反応をするか楽しみだ。




