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24 報告書①ベーカリー 麦の風、アンナ

お隣に若い夫婦が越してきたようだ。


こんな田舎に引っ越してくるなんて訳ありなのだろうか。つい、いろいろ想像しちゃう。


詳細が分からず私はお隣を伺うように、そして警戒もしていた。


夫のジョージに言ってもそっとしておけと言われる。


変化のない毎日に私は退屈しているのだ。


息子は首都にパンの修行に、娘は昨年お針子修行のために家を出てしまった。


無口な夫と2人きりで、要するに私は暇なのよ。



ご近所に聞いても詳細が分からず。

若い男、おそらく夫と思われる人は2度ほど見かけた。


ああ!!気になる!



そんなふうに思っていたら突然向こうからこちらにやってきてくれた。


見慣れない顔だったため、はじめは観光の男女かと思った。

男が女を守っているような印象を受けたので兄妹だと思った。


隣に越してきたと、来店のついでにあいさつをしてくれた。


二十代前半くらいだろうか?

明るい髪色が多いこの地方ではあまり見かけない、濃い茶色の髪と瞳をして、ハキハキと話す好青年だった。

名前はカイくん、と言った。


その後ろに隠れるように控えていた女性を妻だと紹介してくれた。

気弱そうな子だなという印象だった。


名前はエイラちゃんと言った。

娘のメアリーより少し年上だろうか。


その姿に私は絶句した。


幼い時からよく見慣れた、御子様がそこにいたのだ。


銀の髪、白い肌。


店のカウンターに置いてある、幼い頃から見慣れてた御子様の人形そのままだった。


失礼かと思ったが言わずにはいられなかった。


「奥さん、お顔をよく見せて」



少しの戸惑いのあと、顔を上げてくれた。


瞳の色まで御子様と一緒だった。


思わず「まあ!なんていうことでしょう!御子さまそっくり!」 と、エイラちゃんの手を取り、ぎゅっと握ってしまった。



少し切れ長の赤い瞳、まつ毛まで銀色だった。


不安、驚き、戸惑いの表情だったが、お顔は見とれるくらい美しい、あ、かわいいも追加で。


神々しさすら感じる容姿は光っていないのに光が感じられた。




私はお近づきの印に我が家の自慢のパンを持たせてやりたくてカウンター奥に袋を取りに言った。


戻ってきた時に、なんのやりとりがあったか分からないがエイラちゃんは真っ赤になってカイくんと話している。


兄妹っぽいは訂正。


新婚1ヶ月にしては初々しすぎる気もする。

夫婦っていうよりお互い意識し始めた同級生って感じだ。


お付き合い期間が短かったのかしら?


カイくん、行け行け押せ押せってタイプっぽいし、エイラちゃんに一目惚れでもして強引に結婚を申し込みそう。

断りきれなかったエイラちゃんが渋々承諾した…そんな感じ!

絶対そうよ。


あの美しさとかわいらしさなら世の男性が放っておかないでしょうに!

他に取られないように、相当焦って申し込んだに違いないわ。


2人は開店日が正式に決まったらまた来てくれると言った。



今日のこと、誰かに喋りたい!!


この驚きを私一人で抱えておくなんて、無理よ。誰かに伝えなきゃ。

そう思って、もう気が気じゃなかったわ。






結局忙しくて店を離れられず、夫のジョージに話すしかなかった。

あの人は聞くだけだから面白くない。



夕方、メアリーが来てくれたので話したら根掘り葉掘り聞いてくれた。


そう、こういう会話がしたいのよ。


結局、私が周りに話す前に商店街に降臨した御子様はあっという間に皆の知るところになった。


その後、何度か2人が出かけるところを見かけた。

お喋り好きなカイくんが話すのを聞いて、エイラちゃんがうん、うん、と頷いているようだ。



数日後、お隣からはおいしい香りがするようになった。

この間、カイくんに伝えた材料の仕入れ先に連絡が取れたのだろう。

エイラちゃんはあまり出歩かないようだが、カイくんは外の掃除やペンキ塗りをしている姿をよく見かけた。

若いのによく働くな、と感心していた。



それからさらに数日後、ふたりで開店日が正式に決まったと、手土産とともに報告に来てくれた。


不安げな表情をしていた初日に比べたらエイラちゃんの顔はクールな印象はそのままに、でも表情は生き生きして見えた。まるで、固く閉ざされていた蕾が、ゆっくりと綻んでいるような。



2人が出ていったあと、私は店じまいの作業をするため、外に出た。

自然と寄り添い、どちらかともなく腕を組んで何やら楽しそうな会話をしながら帰っていくふたりの姿が見えた。



以前は同級生、だったが今日はそれより仲が深まっているように見えた。

私はすっかり忘れたけれど、新婚ってあんな感じだったかしらね。



見ているこっちも、頬が緩んじゃう。

あのふたりが、この町にどんな新しい風を吹かせてくれるのか、今から楽しみで仕方ないわ。




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