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21 開店前夜、もうあの頃には戻れない

お店は無色だったものが色が付くようにだんだんと形になってきた。


開店日は2週間後の11月初旬に決めた。


お店に並べる品物の種類について彼と話し合った。


薬菓というのはこのへんでは馴染みがあまりないようだから、まずはお菓子の方を多めに出してみよう、とアドバイスされた。


季節感を出して、ナッツやドライフルーツ、スパイスの効いたケーキなどが候補に上がった。


薬菓の方はこれから寒くなるから冷え性、免疫を上げる、などの効能のあるものを。他には疲労回復、安眠などは常時置いておくようにした。


あと、頼まれてると言って美容系の薬菓も置くように言われた。



誰に頼まれたのだろう?




それらを日持ちのする順から作り始めた。


時々味見をしてくれる彼は、全部おいしいと言ってくれる。

私としては、もうちょっと具体的なアドバイスが欲しかったのだけれど…



彼は出来上がった薬菓とお菓子を小さく切って欲しいと言った。

言われた通りに切ると彼は小さな紙袋にそれらを入れ始めた。

紙袋にはよく見ると【薬菓工房 月の光】と書いている。


「この袋、どうしたの?」


「印刷所に頼むと高いからスタンプをオーダーして押してみた。文字だけなら安くできるし。手間はかかるけどオリジナル感あってよくない?…あ、相談しないで勝手に決めちゃった…ごめん」


彼はちょっとしゅん、となってこちらを伺うように私を見た。


「全然。いつもいろいろ考えてくれてすごいなって思ってるわ」


そういうと安心したように笑ってくれた。


そう言えばいつか真っ黒になった指先を洗っているのをみたことがあった。

てっきり外仕事でもしてたのかと思っていたけれど、あれはスタンプのインクだったのか。


「今詰めているのは、試食用。これを商店街のおしゃべり好きたちに配ってくるよ。そうすれば口コミであっという間に広がっていい宣伝になると思うよ」


彼はすでに、商店街に顔なじみがたくさんいるようだ。


そして、夕方にはふたりでお隣のベーカリー【麦の風】に、試食用ではないきちんとした製品を詰め合わせて、開店日の報告をした。

この時、初めてお隣のご主人、パン職人のジョージさんに会った。

ふっくらパンのような体型で、口数が少なめで寡黙そうな人だった。


帰り道、パンみたいな人だったね、と私と同じことを思っていたとか、お喋り好きなオレとアンナさんでウチとは夫婦逆転だね、なんて言うから笑ってしまった。






もう、後には引けない所まで来た。





残りの日々は怒涛の毎日だった。


バートさんから届いた薬草などの整理をしつつお菓子や薬菓を作る。

彼もお店の外の掃除や修繕などで駆け回っていて、夕食時にはお互い疲れ切っていた。


彼は疲れてるのなら無理して夕食は作らなくて良いよ、と言ってくれるが、それは遠慮した。



限りある生活費を節約したいという気持ちもあるが、何より私が作りたいのだ。

もともと料理は好きだったが、今はもっと好きだ。

毎日作った料理においしいと言われるのが嬉しい。

夕食時に今日の出来事を彼から聞く時間も楽しい。


隠れるように隅っこで小さくなって暮らしていたことが遠い過去のようだ。

ひとりでいた時は誰かと過ごす温かさなんて知らなかった。

この温かさを知ってしまったらもうあの生活には戻れない。


温かい、安心できる場所を見つけられたことに感謝をしている。


あの時、彼に声をかけられなければ。


私が受け入れてなかったら。




…でも、この生活は期限付きなことを忘れてはいけない。




彼は食事を作ってもらってるからと、夕食の片付けは大抵やってくれる。


その間に私が食後のお茶の準備をする、というのが最近のパターンだ。




昼は忙しく過ごし、夜はこんなふうに穏やかな時間を過ごしていた。

そしてついに明日、お店の開店の日を迎える。




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