1 銀髪と赤瞳の私
男が見えなくなる位置まで走って逃げてきた。
はあ、はあと膝に手をついて腰をかがめた。
いつもはこれくらいで息が上がったりはしないのに空腹と疲労のせいでこれ以上は走れなかった。
手を貸してくれようとした男には悪いことをしたが何があるか分からない。
彼の言う通り体調は絶不調だ。
1度きちんと宿をとって体を休めた方がよさそうだ。
エイラはそう決心して暗くなる前に宿を探すことにした。
さびれた町のせいか宿屋が混んでいるということはなくすんなりと取ることができた。
古いが手入れの行き届いた宿だった。部屋にはベッドと丸いテーブルと椅子。テーブルには野花は生けられていた。受付をしてくれた女将の配慮だろうか。
ともかく体を休めなければ。
エイラはかぶっていた頭巾を脱ぎ、荷物を椅子に置きそのままうつぶせにベットに飛び込んだ。
宿の1階には食堂兼飲み屋が入っている。食事はそこで摂ろう。久々に温かい食事にありつけそうだ。
はらりと落ちてきた自分の髪の毛が目に入った。
少し心が弾んだが油断してはいけない。
多人種が集まっているこの国でも自分の髪色は珍しい銀髪。どこに行っても目立ち奇異な視線を向けられた。加えてこの赤い瞳。こんな色は1度も自分以外見たことがない。
余計なトラブルに巻き込まれないためにも今夜はダメもとで1階の食堂で部屋に持っていって食べられないか聞いてみよう。だめだったら持っているビスケットでも食べよう。非常食変わりだからあまりおいしくはない、できれば食べたくない。
起き上がり、再び頭巾をかぶりふらふらと1階の食堂に降りてみた。
店員に部屋に持ちかえって食べてもよいか聞いたら快く承諾してくれた。
ちなみに朝食はサービスで簡易だが用意してくれるらしい。カウンターにおいてあるから自由に持って行っても良いとのことだった。
なるべく人との接触を避けたいエイラにとっては都合がよかった。
食堂で用意してくれた食事は串焼きの肉に焼き立てのパン、野菜と香辛料の和え物にスープ、デザートにフルーツまでついていた。湯気の上がるおいしそうな料理に思わずごくりと喉が鳴る。
頭巾を再び脱いでエイラは食事に飛びついた。
肉は固くなく味がしっかりしている。様々な香辛料の味がうまく調和している。肉汁がじゅわっと垂れてきた。垂れてくる肉汁すら惜しいほど空腹のエイラは腰ベルトに付けていた護身用のナイフを取り出しパンに切れ目を入れて肉汁たっぷりの肉を挟み込んだ。これで一滴も無駄にしないで済みそうだ。
半分ほど食べ進めたところで野菜の和え物も入れ込んだらおいしいのではと思いつきぎゅうぎゅうとパンに挟み込んだ。
酸味のきいた和え物と濃い味の肉との相性が抜群だ。
あっというまに平らげてしまった。
フルーツまできれいに完食をしてやっと一息ついた。
部屋には簡易なシャワーもついていた。
エイラはすぐに寝てしまいたい気持ちを抑えてシャワーを浴びに浴室に向かった。
シャボンの香りに癒され体を流していると不意に背中に痛みが走った。
背中には右肩から左腰にかけて大きく傷がある。
製薬商から逃げ出すときに追った傷だ。
初期治療が悪く消えない傷跡として残ってしまった。まぁ、誰に見せるわけでもないからエイラ自身は気にしていないがたまにうずくのは厄介だ。
定期的に傷薬を塗っていれば痛みを感じることは少ないが最近は町から町を渡り歩いていたため薬を塗るのもさぼっていた。背中なので自分で塗るのが大変だというのもさぼる理由だった。
シャワーを終え、洗面所の鏡で見た自分の姿はいつも通り銀髪で赤瞳だ。加えてこの肌の白さ。
この姿のせいで人々は自分を「悪魔の生まれ変わり」と呼んで忌み嫌ったり、あるいは「呪われた子」と蔑んで石を投げつけたりした。どちらの反応も、エイラの心に深い傷を残した。
特に、太陽の光はエイラにとっては毒だった。僅かな紫外線でも肌は赤く腫れ上がり、痛みを感じる。そのため、彼女は常に頭巾を深くかぶり、肌の露出を避けて生きてきた。
なぜ自分はこんな姿で生まれてこんなに苦労をしなければいけないのだろうか。
でも、今度こそは自分の力で幸せをつかんでやる。
明日は下見をしていた物件を借りるため不動産屋に行く予定だ。
今まで貯めた分と節約した資金があれば物件の購入は無理でも賃貸なら何とかなるだろう。
そこでお店を開店させ生活の基盤を築くのだ。
疲れきったエイラはあっという間に睡魔に襲われ夢も見ないような深い眠りに落ちていった。
宿は東横インのように朝食サービスあり
あれ、助かるよね。