16 旅人の店、彼女の企業秘密
朝食の時、今日の予定を話し合った。
彼女は太陽の光が苦手だといった。
肌がひどく太陽の光に弱く目も色素が薄いせいで眩しさを感じるのだそう。
確かにその真っ白な肌が日焼けをすると大変そうだ。
午前中の俺は買い物担当になり、彼女から預かったメモを頼りに、開店準備のための試作材料と、今日の食事の材料を買いに商店街へと繰り出した。
今日の夕食がどんなものになるのか楽しみだ。
彼女の作るものはどんなものでもおいしく、体も心も満たされる。
買い物をしながら商店街を歩いていると旅装束の男が簡易的なテントの下で店を開いているのが目に入った。
行商人のようだ。
テントいっぱいに並べられた品々は、各地で買い付けただろう、どれも異国情緒で溢れている。
細工の施された銀のアクセサリーに不思議な模様の食器、色とりどりのガラスの瓶、用途不明なものなど…。
見たことがないものであふれている。
こういうものに目がない俺は、思わず立ち止まってしまった。
「こんにちは。見るだけですがいいですか?」
店主と思われるやせ型の男は黙ってうなずいた。
その静かな佇まいには、どこか達観したような雰囲気があった。
どこの国のものか聞くと言葉少なくだがいろいろ丁寧に説明してくれた。
故郷を出て自分もあちこち行ったつもりだったがまだまだ知らないことやものがたくさんあるのだなと改めて感じた。
彼の口から語られる知らない土地の文化や、珍しい品々の逸話に、俺の好奇心は刺激された。
バートと名乗った男は旅をしながら各地で集めたものを、こうして売って生活をしているらしい。この町にはあと1週間ほど滞在してまた次の土地へと旅立つという。
店の片隅に見覚えのあるものがあった。
小瓶に入れられた乾燥した葉や粉末物のが並べられている。
初めて彼女に会ったときカバンから落ちた小瓶の中に入っていたものと似ている。
「これ、なんですか?」
「これは各地で集めた薬草だ」
やはりそうか。じゃあ、あの時カバンから落ちたものもそうなのだろう。
「薬草の取り扱いもしている?」
バートさんは静かに頷いた。
その瞳の奥には、確かな知識と経験が宿っているように見えた。これは、繋いでおくべき縁だ。
彼女の持っていた小瓶の中身は少量だった。
おそらく今後は足りなくなるに違いない。
「後でうちの奥さん連れてくるから、買い付けの相談に乗ってください」
再び静かに頷いた。
口数が少ないところは彼女と似ているなと思った。
ポケットの懐中時計を確認するともうこんな時間だ。寄り道をしすぎた。
バートさんに別れを告げ、家路を急ぐ途中、ふと昨日の夕食で食べたチーズが乗ったバケットがおいしかったことを思い出した。
引き寄せらるかのように隣のパン屋に立ち寄り、昨日の夜食べたブレッドを買い求めた。
店番をしていたアンナさんに、なんの店をやるか聞かれたので薬菓とお菓子の店をやることを伝えた。
そうしたら菓子はパンと材料が似ているから、小麦粉などの仕入れ先を紹介してくれると言ってくれた。
ちょっと悩んでいた仕入れ先の開拓は思いがけず前進した。
帰ってから彼女は俺のリクエストに応えて昨日の夕食で食べたブレットのチーズ乗せを作ってくれた。今度はトマトも乗っていて昨日とはまた違うおいしさだ。
厨房の掃除は完了したらしい。
午後からは商品の試作をするとのことだったので特にやることのなかった俺は2階の掃除をすることになった。
勝手に入っていいと言われたので彼女の寝室も掃除をする。
当たり前だがまだ部屋はがらんとしていて何もない。
生活用品が最小限にまとめられている。
女の人は荷物が多いイメージだったが、彼女も旅をしていたのだろうか。自分と同じくらい荷物が少ない。
彼女の背景には、まだ俺の知らない部分がたくさんあるのだろう。
俺の好奇心は刺激されるがそれは彼女が話すまで触れてはいけない部分だ。
ふたつの部屋の窓を開けて埃を掃いて水拭きをしたところで1階から甘い、かすかに薬草の混じるいい香りが漂ってきた。
香りに誘われて1階に降りるとちょうど彼女がオーブンから出来上がったものを取り出しているところだった。
それが、これから店で出す薬菓らしい。
正直、薬菓というものは良く知らない。
こういうものなのか?ほのかに薬草の香りがするような?
見た目は普通の素朴な焼き菓子のように見える。
「これが店の商品になるの?」
彼女は頷いた。
説明によると、基本、薬菓とは薬ほど即効性はないが体に優しく効果があらわれるように作るものなんだそう。
たまに即効性を求められるものもあるのでそれは需要に応じて調整していくとのこと。
薬のように苦かったり香りが強くないように、毎日でも食べられるように作るものらしい。
食べてもいいと彼女は差し出してくれたので焼き立てをいただいた。
見た目は普通の菓子のようだったので油断していた。
外はサクッと、中はしっとりとした絶妙な食感。噛みしめるごとに、ほんのりと甘みが広がり、後から微かに感じる薬草の風味が、奥行きのある味わいを生み出している。これは、ただのお菓子ではない。
ものすごくおいしい
「どう?」と、感想を聞かれたので正直に伝えた。
「ものすごくおいしい。買ってきた材料は普通だったのに何か特別なもの、入ってる?」
ちょっと彼女はニヤッと笑った。
ちょっと得意げに。そして自身も感じられた。
薬草やスパイスも入れているがあとは企業秘密だと言われた。
ちなみに俺が食べたのは疲労回復効果のあるものだそう。定期的に食べれば疲れがたまらないらしい。
他にも安眠できる薬菓も作ったから夕食時に食べさせてくれるということだった。
商品については彼女に全面的に任せられるだろう。
俺もそろそろ自分の仕事を本格的に始めなければならない。
この店を、彼女の才能をこの町で一番にするために。
全体の1番のメインになる薬菓なんですがイメージは漢方のつもりで綴っています…。
エイラの言う企業秘密は私も知らない…。




