13 御子様と、できたてのスープ
彼はあちこち走り回ってくれたのに、私は掃除をするだけではっきり言ってなにも役に立ってない。
せめて夕食くらいは作りたい。
町では色々な人に話しかけられて立ち止まることが多かったから買い物時間が足りなかった。
でも、これならスープくらいは作れるだろう。
そう考えながら2人で帰宅した。
「思ったより時間かかっちゃったね。ちゃんと買い物ができなかったから明日も行こうね」
明日も一緒に行ってくれるんだ。
なんだか胸が温かくなった。
「…そうね、あの、簡単だけど私が夕食をつくるから、待っていてくれる?」
そう言って私は厨房に入った。
ベーコンを切ろうと思ったがまだ包丁がなかった。
ちょっと考えて、腰のナイフを取り出した。
本当は薬草を切ったり、護身用のとして使っているものだがきれいに洗えば大丈夫だろう。
角切りにしたベーコンと人参、玉ねぎ、じゃがいもでスープを作った。
でもなんだか物足りない。ベーコンをもっと入れたらよかったかも。
ふと2本の牛乳が目に入った。
彼は明日の朝の分、と言って買っていたがこれも入れたらきっと美味しい。
明日の朝は私の分の牛乳はなくてもいい。
少しでも美味しいものを食べたいし、食べさせたい。
私は牛乳を拝借してスープを完成させることにした。
朝もらったパンの中から一番シンプルなブレッドを薄く切り、チーズをのせた。
昨日の夕食のようなものを再現したかったがトマトソースがないのは残念だ。
試運転を兼ねてブレッドをオーブンに入れ、
焦げるのが心配だったのでずっと見ていたら、スープがいつの間にか吹きこぼれ直前になっていた。
まだスープ皿なんてないからマグカップにスープを入れ、とけたチーズが乗ったブレッドをお盆に乗せて彼が待っている部屋に向かった。
この部屋はリビングのように使う空間なのだろう。椅子とテーブル、ソファーがあった。
だいぶ汚れていたのを彼が掃除をしてくれて使えるようになった。
「…あの、簡単なんだけど夕食作ってみたの」
彼は昨日もらった資料を読んでいたようだ。
「いい匂いがするなとは思っていたから楽しみにしてた!できたて、いいね!」
テーブルの上の資料を脇に寄せスペースを作ってくれた。
そこに料理をおいて私も席に着いた。
やはりスープには牛乳を入れて良かった。
「できたて、おいしいね。あ、牛乳使ったんだ?」
「…ごめんなさい、勝手に使っちゃって」
「かまわないよ。そのほうがおいしくなるってエイラさんの判断でしょ?それにこっちもおいしいね。昨日の夜食べてるのと似てる」
良かった、美味しそうに食べてくれる。
彼の言葉は、私の胸の小さな罪悪感を溶かしてくれた。
そういえば誰かとこうやって落ち着いて食事をするのは森のアガサ婆と離れてから初めてかもしれない。
自分が美味しいと思ったものを相手も美味しいと言ってくれる。
薬菓だけでなくこれからは食事もたくさん美味しいものを作ろうと決意を新たにした。
「この町はエイラさんにとって住みやすい町になりそうだね。なんたって女神様そのものなんだもん」
「…うん、私もここでならうまくやっていけそうな気がする」
その言葉は本心だ。この町で、偽装だが夫と呼んでいい人と生活を始める。私にとってそれがどれだけ大きなことか、彼には分からないだろう。
「俺は女神様を手に入れたなんて幸運な男ってことになってるらしいよ」
少し得意げな彼の言葉に、思わず笑いがこぼれた。くすぐったい感情だった。
「…ふふ、私は女神様にたまたま似てただけよ」
「あ!あ!笑った!!」
彼の声が弾んだ。
「え?」
「表情があんまり変わらないなーと思ってたんだよ。嬉しいときとか楽しいときは笑おうよ、そのほうが絶対いいから!笑ったほうが絶対かわいいから!」
「かわいい」
そんな言葉を、面と向かって言われるとすごく、くすぐったい。
「…あ、心がけます。あと、ここでは誰も見てないから外で私を褒めるようなこと言わなくても大丈夫よ」
そう言って私は食べ終わった食器を持って急いで立ち上がった。
今日は何回彼に美人とかかわいいとか言われただろうか。始めは偽装がバレないような演技の1つだと思っていて気にしなかったがアンナさんのところで耳元で話された時、ローズさんの店で彼と目が合った時、とても気恥ずかしくなって、思わず目をそらしてしまった。
今だって熱を帯びてしまったであろう顔を見られるのが嫌で逃げるように出てきてしまった。
…目をそらすなんて失礼なことをしてしまったのだろうと反省した。




