11 町に根差す第一歩
彼女が頭巾を取るのに抵抗があるのはわかっていた。
けれど正直もったいない。
人目を引く容姿、美しい容貌
彼女の過去は複雑のようだから仕方のないことかもしれないが、とにかくもったいない。
結局俺の提案を受け入れてくれて、頭巾は取ってくれた。
朝の光の中で見ても彼女は美しい。夜は夜で自らが発光しているかのような神々しさもある。
その容姿は今後武器になると自覚してもらうにはどうしたらいいのだろうか。
帰ってきて、2人でパン屋のアンナさんからもらったパンを食べた。
焼き立てはうまい。
彼女もおいしそうに食べている。
俺も結局3つ食べてしまった。
「ごめんね、さっき、勝手に結婚一か月目の新婚とか設定盛っちゃって」
「…ううん、たぶん私も妻らしい態度はとれていない、でもそれが一か月しか経ってないなら仕方ないって周りも思ってくれると思う」
そうか、慣れてないという感じがアンナさんには初々しく見えたのか。
我ながらとっさだったとは言えナイスな設定だ。
午前中、彼女は厨房をとりあえず使えるように掃除をする。
これから食材の仕入れなどやることは山ほどあるがそのための資金をどうするか。
彼女は自分の貯金から出してもいいと言ったがそれはフェアじゃない。
俺は借金があるからマイナスからのスタートだ。
共同経営を持ちかけておいて、片方にだけ資金を出させるというのは後で揉めることになる。争いは極力避けたい。
かまわないと彼女は言うが絶対にダメだ。
俺は少し考えてとあることを思いついた。
たぶん、いやきっとあそこなら何かある。
****************************************
彼女に留守番を任せ、俺は役所に向かった。
ここに来れば何か手があるだろうと思ったからだ。
案の定、新規事業者に出される補助金制度があるということを知った。
いろいろな資料を渡されて説明をされ、サインを求められた。
店の詳細の部分には薬菓工房 代表 エイラ オルウェンと書き記した。
たぶん彼女の名前にしていたほうが後々都合がよいだろう。
さっそく手続きをしてその場で資金をもらい帰宅を急ぐ。
途中牛乳を売っているのを見て、今朝はただのお湯だったのを思い出して昼にパンと飲もうと思って2本買った。
その店のカウンターに陶器でできた白い人形が目に入った。
銀の髪に赤い瞳の女性像。
そういえば今朝行ったパン屋のカウンターにも置いてあったような。
「お、兄ちゃん気になるのかい、それ。土産物屋でも人気があるようだよ」
牛乳屋の店主は俺を観光客と勘違いしたようだ。
その陶器の人形は彼女姿、そのものだった。
「おじさん、これって他の店にも置いていない?」
「そうだ。この辺で信仰している女神さまだから一家に一つはある。俺たちは御子様って呼んでいるけどな」
聞けば大昔、天候やら洪水やらで大地が荒れて大不作か続き人々が困っている時に天から舞い降りて豊穣をもたらしてくれたという伝説があるらしい。
それでこの辺は皆、その豊穣の女神を御子様と呼んで信仰心しているという。
「兄ちゃん、欲しいならその先の雑貨屋でも扱っているはずだよ」
「ありがとう、いい話が聞けたよ。でもうちには本物がいるから間に合ってるよ」
牛乳屋の店主はて?という顔をしていた。
帰りがけに例の雑貨屋の前を通りかかると、なるほど。
大小あれど、どれも銀の髪に赤い瞳の見目麗しい女神さまだ。
みればみるほど彼女とそっくりだった。
だから彼女は昨日から縁起がいいとか御子様とか言われていたのか。
彼女はこの町にすでに受け入れられている。
帰宅後、彼女は役所でもらったお金を一瞬不審そう見ていたが説明すると「ありがとう」と言ってくれた。
午後は再び彼女は厨房の掃除、俺は1階やその他の掃除をした。
特に1階の休憩室になりそうな部屋の掃除は今日中に終えたい。
カウンターでの食事は椅子とテーブルの高さが合っていないので食べにくいのだ。
夕方頃、彼女に買い物に行こうと誘った。
少し渋ったがきっと、大丈夫だと俺には確信がある。
それは彼女が身をもって体験した方がよい。
そうして俺は、渋る彼女を夕方の町に連れ出すことに成功した。




