(8) ~ エゴ
全身、ふわふわの感触に包まれているのが心地よくて、タイキはゆっくりと浮上する意識のなか、頑なにまぶたを開こうとはしなかった。軽く寝返りを打つと、周囲のふわふわもタイキの体に沿って移動する。
(気持ちいい)
そのうち、一つのふわふわが右手の下に潜り込んできたので、ゆっくりと手繰り寄せて抱きかかえる。それはもぞもぞと動いていたが、やがて大人しくなった。
と、かちゃんと音がして、いくつかの靴音が聞こえてくる。
「……まだ、寝てるの?」
「ええ、あれから目を覚ましません」
「っつーか、なあ。おい、まさかこいつ、俺たちに人間食うなとか言わないだろーな」
「どうでしょうね。それはタイキがどう、このことを受け止めるかによります」
「私たちへの対応もねぇ。長く生きて、より多くの人間を食らった者ほど、きっとタイキにとっては殺戮者に見えるでしょうよ」
「っだぁもう」
同年代の少年の、苛立った声が部屋に響く。他の声が彼を小声で諫めるのも聞こえてきて、タイキはゆっくりと目を開いた。
「……あ、デル?」
「タイキ!?」
かすれた声で名を呼ぶと、素早く駆け寄ってくる気配。だが、それもすぐに止まった。タイキは自分で上体を起こし、ベッドの周囲がフクロウもどきのホロウフレアでいっぱいなことに少し驚いて、声のした方に目を向けた。
デルフェール、ゼフィストリー、リジェラスの三人がそこにいた。リジェラスはどうでもよさそうな表情を浮かべているが、ゼフィストリーは何かを恐れているかのような、デルフェールに至っては絶望に近い表情であった。
「あ、の……タイキ、ご気分は?」
「うん、いっぱい寝たから、大丈夫」
静かな目を宙に向けて、タイキはホロの頭を撫でる。すると、他のホロウフレアたちもタイキの名を呼びながら、わらわらと彼の体へ群がった。
「うぉうっ」
顔以外、ほぼすべての場所をホロウフレアの羽毛に覆い尽くされてしまったタイキは、一度ベッドの上に戻るよう指示を出す。ホロウフレアたちは、心配そうな目でタイキの頭を撫で、軽くすりよってもとの位置に戻った。
「ねえ、デル」
「はい」
タイキの呼びかけに、デルフェールは固い声で答える。
「いきなり倒れちゃって、ごめん。ホロも、ゼフィも、リッパーさんとかにも心配かけちゃったんだろ、俺」
「俺はお前の心配っていうか、今後のアンデットについてが心配だがな」
「リジェラス!」
デルフェールが、ゾンビらしからぬ怒鳴り声を上げる。その音量に思わず肩を震わせたタイキを見て、デルフェールはハッと押し黙った。
「ん、ちょっと驚いただけ。デルってなんか他のゾンビよりもやっぱ元気あるよねぇ」
「え、ええ……」
デルフェールの視線が、床に落ちる。ゼフィストリーとリジェラスは、そっとデルフェールに視線を向け、また元に戻った。
「俺、止めないよ」
そこで唐突に、タイキがつぶやいた。思わず、周囲にいた彼らは「え」と声を漏らす。
「魔族が人間を食べること。気絶する前、デルフェールが言ってたでしょ。人が他の生き物を食べるように、魔族は他の生き物のくくりに人間が入ってる。それだけ、なんだから。だからといって、俺は食べないけど。多分、食べて、正気に返ったら死のうとすると思うから」
「そんな!」
「でもね」
慌ててタイキに駆け寄ったデルフェールの目を真っ直ぐ見据えて、タイキは続ける。
「みんなは、面倒くさいっていうかもしれないけれど……俺もつくづく自分最低かなって思うけど、まあ、ぶっちゃけていうと、獲物は選んで欲しいかな」
「獲物を選ぶって、襲っていい人間を見分けろってことぉ?」
ゼフィストリーが困ったような表情で言う。その隣で、リジェラスも「んな器用なことできねー」とつぶやいた。
「ま、正当防衛は仕方ないとして、このへんの魔族の住処とかって、基本的に山の中なんだよな? デル」
「え、ええ……洞窟もちらほらありますけれど、山や森の中に潜む者が大半です」
「だったら、道に迷ってる感じの、明らかに怯えてる村人ですって人達を見逃して欲しい」
真剣な表情で言うタイキに、小馬鹿にしたような笑みを浮かべて飛んできたリジェラスが吐き捨てる。
「んなこと言って、誰が従うもんか。ネクロマンサー、お前さ、目の前で壁も罠も毒もない高級食材がどかーんとあったとして、それ、絶対に手を出さないって言えるのか?」
「俺がその壁になる。それで、別なところに食べてもいいよっていう対象を出してやればいい」
「……はあ?」
「ねえデル。魔族ってよく人間のこと食べたりするの?」
リジェラスを押しのけて、タイキはベッドから立ち上がる。寝間着を脱ぎ始めたタイキを見て、ばたばたと彼の着替えを運びながらデルフェールは答えた。
「いえ、たまに迷い込んでくるものを襲ったりするだけで、この間のように殺して食べるというのは、あまりなくて……リジェラスの言うとおり、魔族にとって人間は高級食材なんですよ」
「ふぅん、じゃあさ、そういえば俺の魔力って結局なんなの? 俺が『供給』をみんなにするってことは、どんなふうな感じ?」
「『供給』は……そうですね。人間が高級食材なら、我ら魔族にとって、リーダーから供給された魔力は、直接的なエネルギー源でしょうか? 私を見てもらえば、ほら、タイキに会ったばかりの頃は体がぼろぼろでしたけど、今は二回の『供給』が行なわれて、ずいぶんと頑丈になりました」
脱いだ寝間着をデルフェールに手渡して、いそいそといつもの服を着込むタイキは、今度はゼフィストリーとリジェラスに視線を向ける。
「ゼフィ、リジェラス、君たちのほうがデルより結界の外のこと、詳しい?」
「ええ、私の方はデルフェールよりちょっと知ってるくらいだけど……」
「俺はデーモン領とよく行き来してるからな。で、なんだよ、結界の外のことが知りたいのか」
「うん。あのさ、この世界って山賊とか盗賊とかいたりする?」
「はぁ!? そりゃめぼしい山とか街道付近には大体何グループか必ず……て、おい」
タイキの言わんとすることを理解したリジェラスが、ぱしんと自身の右頬を叩いた。
「お前さ、まさか山賊標的にしろってか。あのな、そんな簡単に―――」
「人間食べに行きたいって言ってくれたら、俺が魔力を『供給』してやる。ていうか、これから『供給』する回数をちょっと増やしてみようと思う。体調がおかしくなったら休むけど。で、俺の魔力で強化したところで、襲いに行ってもらう。賊といえど、いつも集団行動してたりするわけじゃないだろーし」
火の玉の形態に戻ったホロウフレアに髪をまとめてもらいながら、ナポレオンコートのボタンを留めていくタイキの表情は、無い。
「山賊盗賊なら、着ているものと風貌、雰囲気で道に迷った村人と区別つくだろ。それに、それぞれの山に何グループもいるんなら、そうそう尽きないだろうし……まあ、よっぽど強いヤツがいるなら、無茶はしないでもらうけど」
「この辺りの山賊は、一般の人間には驚異でしょうが、騎士たちと違って神の加護を受けている武器なんかは持っていませんからね。確かに不意打ちをすれば、立派に食料になりますねぇ」
ふむふむと顎に手を当て、頷きながらそう言ったデルフェールは、自身の口にした言葉を反芻してギクリと体を強張らせた。いつの間にか、タイキが目の前に立っている。
「あ、あの、タイキ」
「いいんだ、デル。魔族は、人を食べる。それは思い知ったから。だから、俺が嫌がってるからって、みんなまで無理しないでいいんだ」
デルフェールの手を、手袋をしていない手で迷わず掴み、タイキは次にゼフィストリーとリジェラスのほうへ近づいていく。
「もうさ、いいんだ。いやいくないかもしれないけど、魔族とか、人間とか」
ゼフィストリーの肘の辺りに、残った方の腕を絡めて、手はリジェラスのものを握る。
「今の俺は、みんなが好きだよ。デルも、ホロも、ゼフィも、リッパーさんもリジェラスも。言ったじゃん、みんな俺にとっては先生みたいなもんだって」
タイキを囲む輪のようになった三人は、困惑した様子のままだった。
「嫌いになんかならない。不安でしょうがないって顔に書いてあるよ? デルも、ゼフィも、ホロもさ」
「えっ、ええと、あの」
「それで、その……俺みたいな中途半端なヤツの方こそ、嫌いになってほしくない、かなーなんて」
口ごもるデルフェールを見ながら、タイキは困ったように笑いつつ、だんだんと視線を下げていってしまった。と、タイキ自身のつま先が見えたところで、ぐいっと頬をつねられる。
「いひゃいひゃいぃ!?」
「私たちがタイキを嫌うわけないでしょー、こんな面白くて可愛いリーダーを。ねえ、親ばかゾンビ?」
「う、今回ばかりは言い返せませんね……」
「まあ、妙に人間の肩を持とうとしてるところが少しばかり気にいらないけど、嫌いじゃねーかなぁ」
「俺も嫌いになれっかいぃ!」
「うっさい鎧は外出てな!! 頭に響くのよ!」
ぎゃいぎゃいと騒ぎ始めた面々をよそに、タイキの肩へホロがとまった。振り返って見れば、他にもいたフクロウもどきたちはみんな、いつもの火の玉形態へ戻っている。
「ネクロマンサー、アンデットは、いつでも貴方についていきます。だから、大丈夫」
すりすりと頬ずりしてきたホロに、タイキは目を閉じて同じように顔を寄せる。
「ありがと、ホロ」
目を開けば、目の前には見慣れたゾンビ顔。
「デル」
「はい、タイキ」
見た目の幼さとはまるで異なる、強い意志を秘めた瞳と視線が重なり、デルフェールはこれから彼が何を成そうとするのかを理解した。
その上で。
「では、行きましょうか」
「うん」
笑って、タイキと手を繋ぎ、彼の導となった。
※ ※ ※
その後、タイキは祭壇へとおもむき、三度目の『供給』を行なった。どうやらこんなにも短い期間に『供給』を行なってくれるネクロマンサーは、しばらくいなかったらしく、アンデットたちの喜びようは言葉では言い表せないほどだった。
『供給』を終えてから、タイキは後ろにデルフェールとホロ、リッパーを従えた状態で(ゼフィストリーとリジェラスは他種族なので、ステージには上れない)この場に集めたアンデットたちへ例の話をしはじめた。
「見た目からして勘づいている人もいると思うけど、俺はネクロマンサーになる前は、ごく普通の人間でした」
何割かのアンデットがぎょっとした様子でタイキに注目し、スライムやマッドハンドたちはそわそわとその身を震わせた。
「それで、この間……俺は丸二日眠りこけてたって聞いたけど、結界の出口で人間の死体を見ました。それを拾ってきた魔族たちの言葉を聞く限り、その死体は森に迷った村人のようでした」
今度は、少し遠くの木々に並んでぶら下がっていたコウモリたちや、数名のゾンビが肩を揺らす。
「そこで俺は、その人間を食べませんかと言われました……はい、はっきり言います。自分でもすごく驚きましたが、ぶっちゃけむちゃくちゃ食べたかったです」
言いつつ、タイキの表情は嫌悪そのもの。だが、見ようによっては開き直ってふてくされている、ごく普通の少年のようにも見える。ステージの下からそれを見上げていた山羊頭の魔人、ヴォーゴは、大鎌を抱え直すと、彼の話に集中しだした。
「でも、俺はまだ人間だった頃が忘れきれてないので、食べたいって思っても、それを口にすることを理性の方が許してくれませんでした。多分、これは俺が本気で『壊れる』まで続くと思います」
タイキの何が『壊れた』ら……。そこから先は、その場にいた魔族たちのほぼ全員が察した。
「で、その……俺は今までこんな風に『供給』しかやってない新米ネクロマンサーですけど、一つこれからわがままを言わせていただきます」
「ね、ネクロ、マンサー様」
「はいなんでしょう、小人チックな人!」
「彼の種族は子鬼ですよ~。ビーストに属する下級魔族です」
「こほん、ゴブリンさんどうぞ」
かすれた声で、小さく手を挙げながら前に進み出たそのゴブリンは、小さな頭に無理矢理はめ込まれたかのような大きな眼球をぎょろつかせ、もみ手をしながらタイキに尋ねた。
「そ、それは、その……お話しの流れから、して、わたくしどもに、人間を食べるな、と?」
魔族たちがざわめき出す。そのざわめきが大きくなる前に、タイキはあらかじめデルフェールから受け取っていた、体育用のホイッスルのような笛を強く吹いた。
甲高い、耳障りな音が響き渡り、魔族たちは一瞬で静まりかえる。笛を吹いた本人であるタイキも、笛から手を離してゆっくりと耳に指を突っ込んだ。
「い、痛い……これものすっごい至近距離だとダメージでかいよ……」
「タイキ、タイキ、頑張ってください!」
後ろで、デルフェールが参観日のお母さんか何かのように、必要最低限の身振り手振りで応援の言葉をかけてくる。というか、他のゾンビたちは表面の肉がとろけだしているのに、あなたはどうしてぴんぴんしているんですか。
「ふう……えーっと、はい、そういうこと聞かれると思いました。結論、答えはノーです。それは人間式に置き換えると、アンデットの皆さんに肉を食うなと言っているようなものですから。それはさすがに」
「そ、そうでございますか! では……?」
嬉しそうな声をあげたゴブリンが、小さく首をかしげている。というか、彼の種族はビーストのはず。どうしてこんなにネクロマンサーの言葉を聞こうとするのだろうかと疑念が頭をもたげるが。
「この辺りのゴブリンは、数世代前からバルバロイよりもネクロマンサーとの繋がりが強いのですよ。そこらへんも、まあいろいろありまして」
「ん、ありがとデル。えーと、はい、じゃあ結局俺の言うわがままとはどういうものかというと、食べる人間の方を選んで欲しいっていうエゴの塊です。俺自身の罪悪感を消すための」
タイキは静かに告げて、ざっとステージの下を見回す。大半の魔族たちは、困惑した様子で互いにぼそぼそと話し合っていた。
「この間のことは水に流すとして、ようするに悪い人間をとっ捕まえて食べちゃいましょう。んで、道に迷ったり事故にあったりしてた……みんなからすれば格好のカモは見逃して欲しいということです」
「わ、わるいにんげん、それ、さ、さんぞく、とか? きし、とか?」
プルプル震えるスライムが、たどたどしい言葉で尋ねてくる。
「みんなが襲われた場合は全力で抵抗してもいい。今のネクロマンサーとしての俺だったら、外の人間よりも結界のなかで知り合ったみんなの方が大切だから。で、こっちから襲っていって食べていいのは、今スライムくんが言ったように、このへんの山で暴れてたりする山賊とかね」
「しかし、ネクロマンサー……きゃつらはなかなかに厄介でございます。我々が集団で襲撃したとして、勝てる確率は今までの経験からして五分五分かと」
ふわふわと微妙に地面から浮かんでいる黒外套が、人間のシルエットをかたどった頭を思しき部分の外套を、軽く振った。
「えっと、マジシャンさん。それは一体どういう状況で、五分五分の確率なんですか?」
「む、それは、およそ三十の魔族で賊の拠点に赴いたときが多いかと」
「うん、根本から俺の考えてる状況と違うね。拠点は叩かない」
タイキの解答に、マジシャン含めその他大勢の魔族が目を点にする。
「上手くいけばたくさん人間が手に入るって考えだったんだろうけど、それじゃあリスクも高すぎる。山賊といっても、他の人よりちょっと武器や防具を持っていたり、荒事が得意だったりするわけで、不安がないわけじゃないだろ? 自分たちの縄張りに異常はないか、常に確認してなきゃね」
「……なるほど、斥候の方を叩くと」
「そう。見回りだったら、多くても四、五人だろうし。そこを十人くらいの魔族で襲っていけば、それだけでも確率はだいぶ上がると思うよ。人間と魔族の能力差は、かなりなものなんでしょ?」
「ええ、ええ! やつらは自分たちが一番森を早く走れるなんて思ってますけど、そんなの大間違いですとも! やつらの居場所なんて、あっという間にわかっちまうし!」
マジシャンに場を奪われていたゴブリンが、嬉々として声を上げる。それにタイキは微笑みかけて、さらにたたみ込んだ。
「そこで、さらにもう一つ。これは俺からの保険ってことで」
くるりと身を翻して、ぺしぺしと『供給』に使う石柱を叩く。
「これから、三日に一回、俺の体調が優れないときには一週間に一回くらいのペースで『供給』を行なうことにする。山賊を襲撃しに行くって教えてくれれば、まあまたそこも俺の体調次第だけど、臨時で『供給』を行なう。これで、みんなの力の底上げをするってこと」
ざわめきが、一気に広がる。
『三日に一度!?』『そんなにたくさん……』『しかも頼めばしてくれるなど』
「全部をたとえて簡潔に言うと、肉を完全に食べるなということじゃあない、けれど、その肉のうち豚肉だけは食べないで。代わりに体調を整える栄養剤をあげるから、って感じかな」
タイキはそこまで言いきって、魔族たちを見下ろしたまま。
「どう? これが、俺がネクロマンサーになって初めてのわがまま……もとい、命令ってやつ」
……魔族たちの答えは、すでに決まっていた。
少し、強引な気もしますが……。話が進んだら、本編にも書くと思いますけれどメモ程度に。というか前回の後書きもこんなんだったような;
タイキはベースが人間で、今も人間としての理性とかそんなのが勝っているので分かりづらいですが、やっぱり根底は魔族なので、こういった結論に至りました。
さて、ここで一応シリアスは区切りとなる、はずです!
次もまたお友だちが増える予感かと……あの悪魔小僧動かし辛いです;;;