(6) ~ お散歩in永久墓地
「さて、準備はいいですか? 髪も服装もばっちりですね?」
「うん、そりゃーデルとホロが全部やってくれたんだし……」
サイズぴったりなナポレオンコートを着て、その上にファンタジー感満載な黒マントを羽織る……。腰の部分に、今朝デルフェールから贈られたばかりのポーチ付ベルトを巻いて、タイキはぐっと拳を握りしめた。
「じゃ、永久墓地巡り行きますか!」
「絶対、絶対にはぐれないでくださいね~!?」
右手にはフクロウ姿のホロを抱え、左手でデルの右手を握りしめ、その状態に心から安堵している自分に対し、タイキは内心「俺幼児化してないか?」と若干へこみつつ、緊張した面持ちで屋敷の扉を開いた。
広がるのは、空虚な光を投げかけるのっぺりとした満月の浮かぶ夜の空と、雑草と枯れ木ばかりが目立つ荒れ果てた墓地。そこへ一歩足を踏み入れると、少し離れた場所の地面がもぞもぞと動き出した。
「ネクロマンサー、おはようございます」
「お、マッドハンドさんたち、おはよー」
にゅにゅにゅ、と伸びてきた五本の手たちに向けて、軽く頭を下げながらあいさつをする。敬語は本当に外して欲しいと言われたので、開き直ってタメ口あいさつにしてみたのだが、頭を下げたらまたぎゃあぎゃあと騒がれてしまった。
「……えっと、いいの? あれ」
「普通におはようでいいんですよ~、でも、タイキは本当に礼儀正しいですね。さて、では祭壇にいきましょうか」
「祭壇って?」
「タイキが皆さんに力を分けてくださった、あの石柱のあるところですよ」
ああ、あそこか~と軽く頷くと、大人しくタイキの腕に抱えられていたホロが突然暴れ出した。
「ほ、ホロ!?」
「ネクロマンサー! 気をつけてください!」
「……気をつけてって、ちょっとひどいんじゃなぁい?」
前方から聞こえてきた、やや気落ちした様子の女性の声に、タイキは思わず硬直し、デルフェールは眉をひそめた。
「ゼフィストリー、よくまあこのタイミングでタイキの前に現れたりできますね」
「もーあんたの小言はいいわよ。ちゃーんとアンデット式『お説教』も受けたんだからぁ」
暗がりからゆっくりと姿を現わした女性、ゼフィストリーに、タイキだけではなくデルフェールやホロまで「うっ」と引きつった声を上げた。
妖艶な美女、というのがぴったりだったその容姿は、泥と土にまみれて汚らしく、ドレスもショールも髪もぐしゃぐしゃ、……タイキは心の中でつぶやいた。まるでやまんば、と。
「……ね、ねぇデル、ゼフィストリーさんも、さ? なんかすんごい反省してるっぽいし、あんまり怒りっぱなしもエネルギー使うよ? だから、ね」
「はい、まあ完全に許すことはできそうにないですけど……そうですね、それぐらいやられれば十分ですか。あの綺麗好きの貴女が、ここまでされて報復行動をとっていないんですし」
「そーよ、我慢したのよ。ネクロマンサーとは……これからもちゃんと仲良くしたいし。ていうか、本当に昨日はごめんなさいね? 魔力枯渇しててちょっと錯乱気味だったのよ~」
潤んだ目で見つめられて、タイキはほぼ反射的に首を横に振った。
「あーいやその、うん、かなり、すごく驚いたけど……初めてだったけど、うん、多分大丈夫」
ぼそぼそと、視線は地面に固定したまま解答。そして、沈黙。
(なんか、やばいこと言った?)
タイキが意を決して視線を上げると、髪をかき上げ俯いているゼフィストリーと、ものすごく慈愛のこもった視線で見下ろしてくるデルフェール、頬ずりしまくってくるホロ、そして結局ついてきて一部始終を聞いていたらしいマッドハンドたちがぐーぱーしながらうろうろと。
「………………タイキ、大丈夫。まだまだ出会いはありますよ。こんな年増なんかにファーストキス奪われても、こちらから言わなければ全く……全く、なんて汚点を……」
「でっ、デルの表情が黒い!!! そしてなんか急激にゼフィストリーさんが落ち込んでるのは、え!?」
「さんづけしなくていいって言ったでしょー……。うん、あとでまたちょっと身だしなみ整えてから、改めてあいさつにくるわぁ」
じゃあねと言って、ひらひらと手を振り暗がりへ戻っていくゼフィストリー。その足下から、かさかさと何十もの蜘蛛が移動する音が響く。
若干混乱気味のタイキは、ことさら明るい口調になったデルフェールに引っ張られて、なんとか祭壇へと辿り着いた。そこでは、空っぽの甲冑や揺れる人骨たちが何体か談笑しているようだった。
「あ、ネクロマンサー、おはようございます」
「お、おお! ネクロマンサー、ゴキゲンは、いかがで?」
「うん、みんなおはよう。調子はいい感じ~」
意外と流暢にしゃべるスカルや、もとはどこかの国の騎士だったのか、とても丁寧な礼をしつつ片言なファントムアーマーに向けて、タイキは今度は頭を下げず、代わりにホロを頭に乗せ(霊体なので基本的に重さがない)空いた手をひらひらと振った。
「お、おお……」
「気さくな方だなぁ。今代のネクロマンサーは」
何か、また感激されているらしい。どうあいさつすりゃいいねん、と心の中で突っ込みつつ、タイキはデルフェールに促されてステージへとのぼった。そこには、お披露目の時と変わらず、中心にあの石柱がどかんと居座っていた。
「ここでみんなに力を送れば、アンデットの魔族は元気になるんだったよな」
「はい、ではお願いします」
ホロを頭の上に載せたまま、タイキは自分の手形がついたプレートに手を重ねる。また、浮遊感に似た奇妙な脱力感。これが魔力が抜け出てるときの感覚なのかーと思いつつ、耳にはこんな会話が飛び込んでくる。
「おお、ちからが、みなぎる!」
「いつもの倍速で動けるぞっ、ていうか、今日も『供給』してくれるとか思わなかったぜー!」
「……ずるいわよー、アンデットばっかりなんてぇ」
「あれ、ゼフィスト、うーん、ゼフィいるのー?」
プレートに手を当てたまま、タイキは大声でそう呼びかける。昨日と、先ほどの『さんづけ禁止』が思い返されて、いざ呼んでみようとすると妙に名前が長ったらしく思えたので、思わず省略してしまったのだが。
「あら、いるわよー。ていうかゼフィって私の愛称?」
「タイキーっ! こんな人愛称で呼ばなくっても!!」
「あーっと、えー、名前長くて舌噛みそうだったから、つい……」
そろそろか、と思い、プレートから手を離して石柱の影から出てくると、ステージの縁に寄りかかりながらにんまりしているゼフィストリーと、彼女がステージに上がってくるのを阻止しているらしいデルフェールの姿が見えた。
「あ、キレイになってる。すげぇ早業」
「んふふ、魔族ですもの~。ちょっと魔術使えば万事オーケーなのよ」
完璧にセットされた、砂粒一つついていない髪をそっと撫でて、ゼフィストリーは満面の笑みを浮かべた。泥だらけのやまんば状態は、ずいぶんとこたえていたらしい。
「ふーん、魔術、ね……やっぱそういうのもあるんだ。ねえ、俺も使えるかな?」
「それはもちろん。ただ、タイキの場合はちょっと特殊だと思いますよ。多分、結構な量の練習をしないと……」
「だよなぁ。魔術なんて、全然感覚わかんないし。魔力が抜けるってのは、なんとなくわかってきたけど」
「うっ」
タイキの最後の呟きを聞いて、ゼフィストリーは顔を引きつらせた。それを見て、タイキは慌てて手を横に振る。
「あ、『供給』! 『供給』のほうね! こないだのことは、うん、ナシ! ね!?」
「え、ええ……ほんと、冷静になってみて自分のしでかしたことの重大さにやっと気付くなんて……はあぁ、私も修行が足りないわぁ。これじゃいつまで経っても自分の森に帰れないじゃない」
ひどく悲しそうなゼフィストリーの横顔を眺めながら、タイキはふと、どうして彼女は種族が異なるのにこの永久墓地にいるのだろうか、と思った。ちょっと尋ねてみようかと口を開きかけたところで。
「なんっでぇ蜘蛛女ぁ!? とっとと祭壇からどきやがれってんだ!」
野太い男の声と共に、ゼフィストリーの足下めがけて、幅広な刃を持つ大剣が飛んできた。ゼフィストリーは表情を一点、小馬鹿にするような笑みを浮かべて振り返る。
「あーらぁ? 別にいいでしょう、のぼろうってわけじゃないんだし、ネクロマンサー……タイキにも避けてって言われてないしねぇ」
「てっ、てめぇネクロマンサーの真名を……っ!」
現れたのは、どうやらスカルのようだった。だが、そこにいるファントムアーマーよりも立派な兜や鎧を身につけており、なんだかずいぶん強そうである。
「おや、リッパーさん。今日はお早いんですねぇ」
近づいてきた戦士型スカルに向けて、デルフェールはのんびりした様子で頭を下げた。リッパーは顔の方向をゼフィストリーに固定したままで(睨んでいるらしい)、ひらひらと小骨の多い手を振った。
「おうよ、また力が流れ込んできたもんだからなぁ、しばらくぶりに体が軽いぜ。で、今代ネクロマンサーは、と」
「お、おはようございまーす」
ぎっ、と骸骨顔を向けられて、タイキは思わず敬語&低姿勢でのあいさつをしてしまった。なんというか、今まで会ってきた魔族の中でダントツの威圧感である。もし人間であったならば、おそらくどこぞの大盗賊団の首領でもやっていたのかもしれない。
恐る恐るというふうに上目遣いで見つめてくるタイキに、リッパーはがちゃがちゃと兜をひっかきつつ、ばつが悪そうな声で応えた。
「あ、あー……なんでぇ、ネクロマンサー。んなにちっこくならんくてもいいだろぃ? なあデルフェール、お前さんからも言ってやってくれや」
「タイキ、リッパーさんが怖いですか?」
「直球かよ!!!」
リッパーを指さしながらタイキに尋ねてくるデルフェールに対し、リッパーは素早くツッコミを入れる。アンデットの漫才という貴重な光景を目にし、タイキは少しだけ緊張がほぐれた。
「え、ええと、怖いっていうか、威圧感? こう、俺よりも断然強そうで……」
「なっ、何言ってんでぇネクロマンサー! アンデットであんた様より強ぇヤツなんているわきゃねぇ!」
がっちゃんがっちゃんと慌てた様子で身振り手振りを繰り返すリッパーの様子に、タイキはとうとう声を上げて笑い出した。
「ふ、あははっ! そう言われても、自覚ないんだよなぁ俺。えっと、リッパーさん、だよね?」
「ネクロマンサー、さんづけなんて、んな」
「デルやゼフィみたく、俺のことネクロマンサーじゃなくてタイキって呼んでくれる? あ、これお披露目の時も言ったけど、そこの骸骨さんや鎧さんたちも」
「タイキ、彼らの種族名はスカルとファントムアーマーですよ」
「あ、そっか。ありがとデル」
ほのぼのとしたいつも通りの会話を繰り広げるタイキたちの周りで、ゼフィストリーは苦笑、リッパーを初めとするアンデットの面々は茫然としていた。
「え、ええと、タイキ、様?」
「呼び捨てで」
「どぇええっ!?」
かぱんっ、と下あごの骨をどこかへ吹っ飛ばしてしまったスカルの隣で、ファントムアーマーが頭を下げたまま硬直している。と、リッパーが動き出し、ゼフィストリーを押しのけ大剣を拾い上げると、それを鞘に収めた。そして、ステージ上に立つタイキを見て、ぼそっとつぶやく。
「……た、タイキ、で、いいのかぃ?」
「あ、うん」
にぱー、と満面の笑みを浮かべたタイキを見て、リッパーは思わず表情を……というか、骨を歪ませる。どうにか笑い顔らしいものを作って、リッパーはどこか、心の底がふわりと温まるような感覚を覚えた。
(なんでぇ、こりゃあ……)
魔族の糧となるのは、人間たちの絶望の気。いつだったか、仲間と共に町を一つ潰し、体いっぱいにそれをたくわえ込んだときと、近いようで根本的に異なる感覚。
ふと、タイキの隣に立つデルフェールへと視線を向けた。リッパーに眺められているなどとは思ってもいない様子で、彼は愛おしそうにタイキを見下ろしている。
( い と お し い ?)
浮かんだ言葉を、急いで打ち消した。そんな、人間じみた感情、魔族たる者が持ち合わせているはずがない。
けれど、生まれ落ちたばかりの新しいネクロマンサーを見ていると、自然と笑みがこぼれて、そばにいて、守ってやらなくてはと思ってしまう自分がいて。
(調子狂うってんでぇ、まったくよ)
「リッパーさん、どうかした?」
不思議そうに、怖いといっていたわりに今度は自然な様子でリッパーの顔をのぞき込んできたタイキに、リッパーは今までにないほど穏やかな声で答えた。
「いんやぁ、んじゃ、これからよろしくなぁ、タイキ」
「ああ!」
嬉しそうに頷く、人間そっくりの我らが主。
(こりゃ、賑やかになりそうでぇ)
リッパーさん(叔父さん)登場です。多分、デルフェールの次くらいに人間くさい魔族ですね。
地味にこの人の持ってる剣の名前を出しそびれてしまいましたが、あれです、ファルシオンっていう西洋剣です。それだけ言えば、この人が戦うときどんな風になるか、分かる人はなんとなく察していただけるかと(笑)
……次でも注意前書き一応しますが、次はシリアスです。……なんだろう、このギャグの少なさは。ほのぼのも好きだけど、ギャグの方が好きなのに!
2013/03/11 修正。(魔法→魔術)他にもあったら教えてください…orz