(50) ~ 竜と死人と
男の鋭い視線……そこに含まれた闘気に、もう一度背筋をふるわせたタイキだったが、彼の座っている壇の下にきちんと座っていたデルフェールが、軽く手を振ったのを見て息を吐く。
「おい、どうなんだあ」
と、視線を一度外してしまったからだろうが、今度はさらに低い声で男が言った。傍らに座っていた獣人の女性も、そろって距離を置いている。
「う、あ、はい!! そうです!!」
あまりの迫力にのどが震えたが、なんとか質問には答えられた。だが、次の瞬間には何が起こるかわからない……そう考えたタイキは、すぐさま防護術を展開できるよう準備をした。そんな彼を、男は鼻で笑う。
「はあん、お前さん、なんか術練ってるなあ?」
「っ!」
「おいおいおい、ここは一応、適当にくつろごうって考えて作った部屋だぜえ。俺だって、そうそうここで暴れやしねえよお」
そう、言いながらも。口元には笑みを浮かべていたが、男の目はタイキを一から十まで観察していた。ロスティスラフやシェルとは違う。生まれたばかりの新米リーダーではなく、敵対しうることもある異種族のリーダーとして。
ぐいと杯をあおった男は、傍らの女性に酌をさせながらこともなげに言った。
「分かるだろうがよお、バルバロイ、バルザッハだ。ああ、お前さん、名は?」
「うあ、た、タイキです……」
「タイキ、タイキねえ。まあいい。攻撃のたぐいの術じゃねえみてえだからなあ。座れや」
そうして、やっと男……バルザッハの視線がそれた。それにあわせて背中を押してくれたチェツを見上げ、彼が頷くのを見てから、早歩きでデルフェールの元へ向かった。
デルフェールはマジシャンとファントムアーマーを後ろに座らせ、果物の盛り合わせと何かの肉の丸焼きの前に正座をしていた。タイキが近寄ってくるのを見ながら、小皿に料理を取り分けて食べやすいようにしてくれる。
「さ、どうぞ。おなかも空いたでしょう。お肉は無理にとは言いませんが……」
「ありがと、でも大丈夫そう。……えっと、バルザッハ、さん。いただきます」
料理に手をつける前に、小皿を両手で持ちながら壇上の男に声をかける。名前を呼ばれたバルザッハは、面白そうな表情を浮かべると軽く杯を持っていない方の手を振った。
シェルが以前、幻想回廊で用意してくれたものとは趣が違い、塩胡椒の味付けのみのシンプルなものや、刺激的なスパイスがふんだんに使われた料理などが多かった。果物も普段タイキが食べている柑橘系のもの以外に、ずいぶん粒の大きなマスカットのようなものもあり、タイキは空腹も手伝っていろいろなものに手を伸ばした。
「これ美味しい!」
「こちらですか?」
「うん、カレーみたいな味する。そっちのパンに乗っけて食べたい」
「はい……はい、どうぞ」
先ほどまでの怯えた様子はどこへやら、ぱくぱくもぐもぐとご馳走に舌鼓を打つタイキだったが、おなかが落ち着いてきたところでハッとする。
そろりと視線を壇上へ向けると、食べきった骨付き肉の骨を弄びながらにやにやとこちらを見下ろすバルザッハと目があった。
「ずいぶんと美味そうに食うじゃあねえか。いい食いっぷりだ」
「えーと、遠慮を知らずにすみません……」
「構いやしねえよお。なんなら酒もやるぞ」
「お酒、飲んだことないです。それに子供舌なので、あんまり美味しいって思えないっていうか……」
「ほー」
もったいねえなあ、と言いながら、バルザッハは空いた皿に骨を放り投げ、新しい酒の催促をした。
「タイキ、手と口、ずいぶん汚されてますよ」
一応人型であることを考えてもらったのか、フォークなどの食器も用意されていたのだが半分以上の料理は手づかみでそのまま食べてしまえるものだった。両手は当然、赤いソースが口元にもついていた。わー、と行儀悪く指を舐めるタイキに苦笑を向けて、デルフェールは用意されていた布で丁寧に汚れをぬぐっていく。その間、タイキは為されるがまま、綺麗になったところで笑いかけた。
「ありがとデル」
「……ずいぶん、かいがいしく世話あするじゃねえかデルフェール」
そんな二人の様子を眺めていたバルザッハが、呆れたように声をかけてきた。彼を振り返ったデルフェールは、軽くため息をつく。
「まだタイキは、魔族の世界にも不慣れですし。今回もずいぶんと酷いものを見せてくださいましたね」
「はん、あれぐらい魔族のリーダーだっつうんなら、蹴散らしてみせろってんだあ。まあ、俺のブレスすら通さなかった、あの防護術はほめてやってもいいがなあ」
「そこから面白がって、最後の二発は私たちに向けて放ったでしょう。あんな馬鹿力、そうそう防げるものじゃないんです」
「だが、結局三回耐えたじゃねえか。そこで魔法陣もぶっ壊れたがなあ。デルフェール、お前さんまた妙な力あ使おうとしてやがったなあ」
妙に気安い会話に、デルフェールの影に隠れていたタイキは首をかしげた。彼はタイキの側近という位置にいるが、実際は他より少し高性能なゾンビ……下級魔族だ。わざわざ、バルザッハが気にかけているという意味がよくわからない。
「『聖者の加護』、だったかあ? 地上の人間どもがこぞって欲しがる、絶対の守り。永久墓地の外で使えば、お前さん灰になって終いだぞお。なあ、元・大神官様よお」
にやにやと笑いながら、バルザッハはそう、言ってみせた。
……ああ。うん。すごい今更な伏線回収でごめんなさいorz