(49) ~ バルバロイ
「「「わーーーーっ!!! わーーーーっ!!! わーーーーーーーーーっっっ!!!」」」
前方から百匹はいるであろうビーストに飛びかかられ、タイキは涙目で絶叫した。ついでにデルフェールも、ガッフェンも、さすがに驚いて絶叫した。
先頭にいたガッフェンの鼻先にまで迫ったビーストは、次の瞬間タイキの防護壁に阻まれて、勢いそのままに吹っ飛んでいく。が、すぐ後ろを追随していたビーストたちにもう一度押し返され、防護壁へと突撃してくる。
「タイキ!! とにかくありったけ壁の強化に魔力を注いで下さい!! 反射はほとんど意味を為していません!!」
「わあああああああわかったあああああああ!!!」
すさまじい音を立てて突撃してくるビーストたちは、前にいる者から防護壁と後ろのビーストに圧殺されていった。防護壁を伝い落ちていく大量の血液が地面に池を作っていく様を見て、タイキは防護壁を必死に維持しながら、デルフェールにしがみつく。
「ネクロマンサー! この防護壁、内から外へ攻撃は可能ですか!?」
「えっ、うっ、多分、大丈夫」
焦ったマジシャンの声に、魔法陣の構成を確認しながら答えたタイキだったが、すぐにまたビーストたちの耳を貫く絶叫にうつむく。
タイキの言葉を聞いたマジシャンとファントムアーマーは、互いに顔を見合わせると頷き合い、素早く前へ出た。二人の行動を見たガッフェンも、慌てて防護壁ぎりぎりに立つ。
「凍てつきたまえ……!」
マジシャンの翻した外套の裾から、鮮やかな青色の魔力があふれビーストたちの間を伝わっていき、魔力に触れたビーストはとたんに凍り付いてしまった。それらを、突撃してくる後方のビースト共々、ファントムアーマーとガッフェンが吹き飛ばす。
「お、俺さっきよくこんなところで生きていけたな!? 我ながらビックリだっつの!!」
「う、し、しつこ、い……!」
強固な両腕でビーストたちを大量になぎ払いながら喚くガッフェンの横では、両手剣を素早く繰り出してビーストを切り倒していくファントムアーマーが唸る。
そして、きりのない生き地獄さながらの状態は、たった一度の咆哮で終わりを告げた。
ッオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!
「げっ……」
理性などとうに崩壊したはずのビーストたちが、びくりと震えた。事態をいち早く察したガッフェンは、素早く身を翻すと前に出ていたマジシャン、ファントムアーマーをひっつかみ、タイキやデルフェールの上に覆い被さった。
「な、何、なに!?」
「ネクロマンサー、耳ふさいどくッスーーーー!!!」
ガッフェンの叫びに、本人よりも早くデルフェールが対応した。ガッフェンの体の下にかがみ込みながら、タイキの頭をすっぽりと抱きかかえ、耳をふさぐ。
そして、ホールが崩壊するのでは無いかと思うほどの、轟音。
タイキは、視界が真っ白に染まるのを感じて……気を失った。
※ ※ ※
頬を、柔らかいものがそっと撫でていく。
このふわふわとした感触は、ホロの羽のものに似ている。
(あれ、でも、ホロの羽ってもっと……細かくて……雪、みたいで)
しかし、居心地がいいのは変わりないので、ころりと寝返りを打ってほおずりをする。温かい羽は、そっとタイキを包み……。
「ネクロマンサー、そろそろ起きてちょうだいな」
ぼんやりと、耳元でそんな声が響いた。どこかで聞いたことのある、柔らかくて低い声。
「ん……」
声に促されて、ゆっくりと身を起こす。軽く目元をこすって辺りを見回すと、真っ先に鮮やかな鶏頭が視界に入った。
「う、わっ!?」
「ちょっと、寝ぼけてるのかしら? 大丈夫よ~ネクロマンサー」
思わずのけぞって、ついさっきまで自分が横たわっていた場所からひっくり返った。ごわついた敷物の上に落ちたタイキは、改めて自分が眠っていた場所を見る。薄く削った木材を組み合わせたかごの中に、これでもかと言うほどの羽毛が敷き詰められていた。それらはすべて細いひもで縫い付けられていて、中には何か詰めてあるのか、クッションのような弾力を持っていた。
「お、おはよう、チェツさん」
「うふ、おはよう。頑張ったわねえ」
そして、目の前に立っていたのは、あの惨劇の前に出会ったビースト、チェツだった。
彼は軽く羽毛のベッドを整えると、まだ腰の抜けているタイキをその上に載せて押し始めた。かごは微妙に浮いているらしく、チェツが軽く押すだけで進んでいく。
「えっと、俺、気絶してたの?」
「そうねえ。バルザッハ様が死に損ないをブレスで一掃したあたりで、気を失ってたみたいね。でも、きちんと防護術は保たれてて、ガッフェンが感動していたわ~」
他のアンデットもみーんな無事よ、とにこやかに返されて、タイキはひとまず安堵のため息をついた。そして、今度は今の自分の状況について首をかしげる。
「あのー、で、俺は今どこに向かってる、の?」
「バルザッハ様のお部屋よ~。他の子たちもみんな、そこでやきもきしてるわ。このあたりで一番寝心地がいい場所って、あたしの作った特製ゆりかごくらいだから、バルザッハ様がタイキの介抱はあたしにまかせるっていって……」
徐々に、異種族の友人たちすら手に負えないと言い切った最後のリーダーに近づいている、と理解したタイキは、思わず背筋をふるわせた。あからさまに怯えるタイキを見て、チェツはくすくすと笑う。
「ちょっとお、あの激闘をほとんど無傷で済ませた一番の功労者が、そんなにびくびくしてる必要ないでしょ?」
「激闘って……チェツさん、あれ見てたの!?」
「ガッフェンからあらかた聞いたわー。直前まではあの場にいて、あそこからギドを回収してきたんだし……なんとなく酷い状態だったんだろうなとは思っていたけど」
そこで、チェツはゆりかごから手を離した。空中で制止するかごの中、困惑顔のタイキを抱き上げて、地面に下ろす。
「もう立てる? ここからは歩いて行ってほしいから……」
「う、うん、なんとか」
壁際にゆりかごを寄せたチェツは、タイキの背を押しながら一つの巨大な扉の前に立った。あの血みどろのホールに繋がっていたものとそっくりの扉に、一歩下がろうとしたタイキをチェツはぐっと押しとどめる。
「大丈夫、この先はあんなことにはなってないから。行くわよー」
そう言って、チェツは気軽に扉の円環を引っ張った。ごく、軽い様子で開いた扉の向こうに広がっていたのは……。
「わあ……!」
鮮やかな色、模様が刺繍された様々な絨毯を敷き詰め、大量のご馳走が並べられた広間。
その広間の中で、一段高くなった場所にどっかと座り込み、半人半獣の姿をした女性のビーストを二人傍らに置いている、ひときわ大きな体格をした浅黒い肌の男性が、タイキを見た。
「お前さんが、新しいネクロマンサーかあ?」
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