(43) ~ 蜘蛛女はご機嫌斜め
到着直後に比べて、なんとか落ち着いた様子の面々を眺めながら、タイキはロスティスラフとシェルにふと問いかける。
「ねえ、二人はバルバロイさんに会ったことある?」
それぞれ菓子と果物をつまんでいた二人の表情が、限りなくシンクロした。
「……あー、あるけどぉ」
「……面倒くさいな」
かじりかけのオレンジを宙に浮かべながらシェルは頬杖をつき、紅茶をすすったロスティスラフは小さくため息を吐いた。その反応に、なにかよくないものを感じ取ったタイキだったが、気になるものは気になるのだ。
「今のってさあ、なんのドラゴンだったっけ? 僕興味ないから忘れちゃった」
「……ツェーザリ」
「ロスティスラフ様まで忘れないでください。コールドドラゴンのバルザッハ様ですよ。ちなみにバルバロイとして転生なさったのは、ディアボロ・シェル様よりも前になります」
「コールドドラゴンかー」
タイキの脳裏に、冷たい雪山奥深くの洞窟で鋭く眼光を巡らせている、純白のドラゴンの姿が浮かぶ。
なにやら格好いい姿を想像しているのを察したのか、シェルが苦笑しながら手をぱたぱたと振った。
「言っておくけど、バルバロイになった時点でもういろいろアレってことだからね、タイキ」
「アレって?」
「僕やシェルが魔術に特化した魔族で、タイキ達アンデットが数の暴力、そう簡単には死なない耐久性に特化した魔族なら、彼らビーストは種の多さ、純粋な力の強さに特化した魔族だ。まあ、その力こそ生まれ持った魔力に完全依存だけど、バルバロイともなれば、本気で暴れたら僕らでも火の粉を振り払いきれるかというところだな」
つまり、魔族きっての暴力者ということさ、とロスティスラフが締める。前回、幻想回廊でさんざん暴れていたらしい二人でもかなわないらしいと知って、さすがのタイキも顔をゆがめる。
「えー……じゃあ、絶対怒らせちゃいけないってこと、だよね」
「まあ、ここ百年くらいはあいつが怒ったことなんてないし、ほとんど暴れる先にいるのって人間だからねー。関係ないよ」
明るく笑って、シェルが言い放つ。視界の端でホロとお茶を飲んでいたカミラが、軽く顔をうつむかせたのを見て胸のどこかに痛みが走る。
痛みを紛らわすように少し視線をずらすと、もう一人、暗い表情の人物がいた。
「あ、そーいえばここにも上級のビーストがいるじゃん。僕らよりもずーっと詳しいんじゃない?」
「というか、君は一体いつから永久墓地の住人になったんだ。ゼフィストリー」
名を呼ばれて、うつむいていた彼女が顔を上げる。それを見たタイキは小さく悲鳴をあげ、ロスティスラフは目を見張り、シェルは楽しげに口笛を吹いた。
普段からけだるそうな笑みを浮かべている彼女の顔は、瞳が細かい複眼のようになり、口はぱっくりと裂け、半分本性をあらわにしていた。ティーカップを持つ手も震えており、なにやら感情が高ぶっていることだけはびしびしと伝わってきた。
「ぜ、ゼフィー? なにか、お、怒ってる?」
「……別にぃ。タイキ、あの方のことなんて、気にしない方がいいわよ」
おびえるタイキを見て自分がどういう状況なのか察したらしいゼフィストリーは、すぐに人間の顔に戻ると、不機嫌そのものといった風に乱暴にカップをあおった。
「ええ、あの血狂いで色狂いで人の恩も忘れて惚けてまた暴れ出す、ちゃんちゃらおかしいバルバロイ様のことなんか……!」
「……ゼフィ、あの、ひょっとして、かなりバルバロイさんのこと、嫌い……?」
「あらホホホそんなわけないわよ尊敬してるわよ誰も敵わないお方ですもの、ええ本当に……!」
今までにも数度バルバロイに関する話題が出たときとは全く違う反応に、タイキもどう対応していいのかわからなくなる。
「……ごめんなさいねタイキ、この時期になるとどうしても樹海洞穴にいた頃を思い出して、腹が立つのよね」
「樹海洞穴?」
「バルバロイの住む結界の名前だよー。名前の通り天然の迷路になってて、お墓と森ぐらいしかない永久墓地とは真逆なかんじかな?」
「ああ、そういえば今は、ちょうどバルザッハ様のための『余興』の時期でしたね」
シェルが解説する隣で、ゼフィストリーの言葉に反応していたデルフェールが納得しながらうなずく。
「余興って、お祭りかなにかあるの?」
「あー、簡単に言っちゃうと、バルザッハの暴れたがりを解消するための殺し合い☆」
「へ」
にっこりとイイ笑顔で答えたシェルの目の前で、タイキは思わず硬直する。
「それってー、魔族同士で?」
「うん。魔族同士でも、うっかり迷い込んだ人間相手でも、問答無用! まあ魔族相手なら多少は自由意志もあるけど~」
「基本的に、バルザッハの前まで引きずり出された時点で逃亡は不可能だな。逃げる意志を見せた瞬間、彼のブレスで粉々にされる。生き残るには相手を倒すしかない。まあ、奴の結界へ行かなければ関係のない話だ」
ロスティスラフの言葉を聞いて、タイキはあからさまにほっとする。さすがにそんな時期にあいさつになど行きたくはない。うっかり巻き込まれて死んでしまったら、大変なんてものじゃない。
そこで、カミラのほうでなにかあったらしい。目を向けると、三匹のホロに囲まれながら、カミラが何かを不思議そうな顔で見つめている。こっそり彼女の後ろから、同じものを盗み見たリッパーも顎を大きく落として首を傾げてる。
「えっと、そっちの人達どうしたの?」
立ち上がって近づいてみると、ホロのうち一匹がふわりとタイキの肩にとまる。
「……いえ、その。さすがの私も、ビーストがそんな時期とは、ええと、知らず……」
妙に歯切れの悪いホロの言葉のあとに、カミラがおずおずと見ていたものをタイキへ差し出す。彼女の手のひら二つ分よりも大きい、固く平べったい葉だった。
「今、急にそちらの鳥さんのおなかから出てきたんですけれど、ごめんなさい、中身が見えてしまって……招待状、みたいです」
「招待状?」
受け取った葉には、つたないと言うより乱暴と表現した方がいいような筆跡で、短い文が書き連ねられていた。
『我が宴に来い 新しき死霊使い 顔合わせをしろ 戦獣王バルザッハ』
これが高速フラグ回収というやつか。