(42) ~ 改築祝いだよ、全員集合!
三日後。魔力もすっかり回復したタイキは、リジェラスから譲って貰った紙と羽ペンを使って、二通の手紙を書いた。だいぶ文字は読めるようになったので、練習がてら手紙も自分で書いてみることにしたのだ。
宛先はそれぞれ、ロスティスラフとシェル、内容は言わずもがな『館を新築したので、よかったら遊びに来てください』。
「……今日中に来るかもしれねーぞ……」
つたないながらも、なんとか書き上げた短いタイキの手紙をのぞき見て、リジェラスは顔をしかめる。一応日時も指定してあるのだが、タイキとてそれが守られるとはあまり思っていない。ただ、保険としてデルフェールに相談し、それぞれの手紙の末尾にこう付け加えた。
「えーと『追伸、おひろめ会には ロスティスラフ、シェル以外にもいろんなまぞくを呼ぶので 気をつけてください』。これでいい?」
「ええ、まあ、装飾がないのは彼らも察してくれるでしょう。これでヴァンプとディアボロがそろうということも知らせられますし」
「装飾?」
「人間がよく手紙とかで使う、うざったい飾り言葉だよ。なんだっけ、天気の話とかずらずら書いてから、一行ぽっちで済む内容をまたかさ増ししていくんだろ?」
「そうですねえ、ヴァンパイアなら人間社会にもよく通じていますから、分かるでしょうけれど」
「……俺の手紙、ガキっぽすぎる?」
むー、と唸りながら、書き上げた手紙を睨むタイキ。こんにちはから始まり、内容と署名、最後の追伸までで、四行程度で収まってしまっている。
「いいんじゃねえの、べっつに。俺ら人間じゃねーもん」
「それもそっか。じゃあはい、シェルに渡してきてね」
「……口約束でいいと思うんだけどなあ」
リジェラスは口をへの字に曲げながらも、これまた彼が手に入れてきた封蝋で丸めた紙を閉じた手紙を受け取る。
「じゃあ、ロティへはホロ、お願いね」
「かしこまりました」
身体の中に手紙を取り込んだホロが、ふわりと飛び立つ。
机に向かって座っていたタイキだったが、ぐしゃりと頭をかき回されてふらついた。
「わっ」
「しゃーねえ、んじゃ行ってくる」
「ありがとうリジェ」
ぱたぱたと手を振り合って、彼も部屋を出て行く。
あとは、残ったデルフェールとともに、やってきそうな永久墓地の面々に声をかけるだけだった。
※ ※ ※
そして、ちょうど待ち合わせの時間。純白の月が永久墓地を一番照らす時。
「ほう、なかなかだな」
「へえ~、これがタイキの新しい家かあ。まあ前よりはマシって感じだね!」
タイキの館の玄関前に並ぶのは、ツェーザリとシャマーラを従えたロスティスラフ、そして、ヴォーゴと人間の少女カミラを傍らに立たせているシェルたち一行であった。
彼らの前にある扉は、木製であることはわかるのだがドアノブがなく、どう開けるものなのか一瞬迷ってしまう。と、そこへ扉の向こうから足音が響き、カラリと軽い音を立てて、薄い扉が横へずらされた。
「あ! ロティ、シェル、いらっしゃい。ツェーザリとヴォーゴさん、あれ、カミラまで」
「ちょっと仲良くなってたみたいだし、ついでに連れてきちゃったー。いいよね?」
「うん、問題なし! と、ロティ、そっちの人は前お迎えにきてくれた人だよね」
「ああ、側近の一人、シャマーラという。ツェーザリと同じく変異体でな」
「じゃあ、もう大人なんだ。えーと」
よろしくお願いします。それしか言えなかった。絶対零度の視線で、一応最上級魔族だと言われている自分が頭を下げているにもかかわらず、無表情のまま一礼も返さないのだ。むしろ精巧な人形を持ってきましたとロスティスラフが言ってくれたら、喜んで信じただろう。
立ち話のままというのも気まずいので、玄関口を全開にして中へと招き入れる。
「あれ、椅子も机も少ないね」
「あっちはちょっと待ってもらうときのスペース。もう準備はできてるから、奥に来て」
「……ああ、ようこそ、ロスティスラフ様、シェル様。おつきの方々もどうぞ」
休憩スペースを離れ、造花を飾ったホールを突っ切りダイニングルームへ向かうところで、デルフェールと合流した。タイキはちらとカミラのことを伺ったが、彼女はデルフェールを見つめつつ「ゾンビ……?」と首を傾げている。ゾンビの中でも一番人間に近しい見た目で、腐臭もほとんどしないデルフェールは平気だったようで、ほっとする。
ダイニングルームでは、永久墓地にすでにいた面々がすっかりくつろいでいた。リッパー、ゼフィストリー、リジェラス、ホロ、その他一部のアンデットたちである。ただし、マッドハンドとデルフェール以外のゾンビたちは、ネクロマンサーの住居を汚してなるものかと宣言しており、中庭でのんびりしている。
「あっれぇ……リジェ、もう来てたの~? 出発の時にいないなあって思ったけど」
「うえっ、あ、あれですよあれ、あのーディアボロ様! 手紙ちゃんと届けたっていうのをタイキに伝えなきゃって思いまして!」
「リッパー、君は相変わらず、タイキが広げた家の中でも圧迫感があるな。もう少し骨を減らしたらどうだ」
「てやんでぇっ!! こないだテメェに吹っ飛ばされた分がまだちょっと見つかってねぇんだぞ!? 軽々しいこと言ってんじゃあねえっつの!」
「このっ、黙っていれば、スカルの分際でロスティスラフ様になんて口を……!!」
「シャマーラ、落ち着きなさい! 今回は何も壊さない、呪わないという条件で付き人をゾルドと交代させたんですよ!」
あっという間に、ダイニングルームは喧噪に包まれた。賑やかになった部屋を見ながら、タイキもデルフェールも笑うしかない。
「……ばらばらに呼べばよかったかな?」
「いいんじゃないですか、彼らがここで暴れさえしなければね」
「あ、俺お茶の準備する!」
そう言って、ぱたぱたとキッチンへ向かうタイキ。そこへ、どこからともなくバスケットを取り出したロスティスラフが近づいていく。
「タイキ、祝いの品だ。よかったら貰ってくれ」
「え、ありがとう! 何?」
受け取ったバスケットの中を探れば、人間界のお菓子がぎっしりと、いくつもの缶が詰め込まれていた。そのうちの一つを手に取り、ラベルに書かれていた文字を見る。
「えと、作る、場所、ウ、ウラ」
「産地、ウルアスト。その下を読んでみるといい」
「……お茶葉だ!」
缶の中身を理解したタイキは、満面の笑みを浮かべる。
「ロティさっすがあ! 最近新しいブレンドティーがうまく作れなくてさ、ちょっと飽きてきたところだったんだ。これ早速開けていい?」
「もちろん、少々心許ないが、砂糖壺も持ってきてある。使ってくれ」
「あ、ずっるーいナルシーヴァンプのくせに~」
お茶の準備を始めたタイキのそばに近寄り、シェルはにんまりと笑って手を広げる。とたんに、そこから白い煙が吹き出して、それが収まるとよく見るプレゼントボックスが載せられていた。
「はいっ僕からのプレゼントー。タイキが好きなものまで人間らしいってことは知ってるもんね」
「おお、ありがとーシェル。……んえ?」
ごそごそと箱を開けてみたタイキは、中にあるものを見て首を傾げる。同じくのぞき込んだロスティスラフは一瞬硬直すると、指先で箱ごとそれを吹っ飛ばした。タイキとシェルの間を飛んでいった箱は、うまい具合に離れた位置にいたデルフェールの手へ渡る。
「……? !? !?」
「お前……タイキにいきなりなんてものを渡すんだ……?」
「えー? 人間ってこういうの考えるのも作るのもすごいから、タイキも喜ぶかなあって」
「まだ早いです!!!! 早すぎますよ!!!!」
箱をのぞき込んだデルフェールが絶叫するのと同時に、暗い表情を浮かべたロスティスラフがシェルに詰め寄る。シェルはといえば、けたけたと笑いながらタイキの背後に隠れていた。
「……えっと、ロティ、あれって」
「気にしなくていい。今は忘れておくのが一番だそれよりも離れろ変態」
「はーん、デーモンもびっくりなプレイ人間にやらかしちゃうヴァンパイアなんかに、変態呼ばわりされたくなあーい」
今日は晴れのはずなのに、どこからともなく雷の音が響いたように聞こえた。
その中で、もっとも危険なポジションに立っていたタイキは、ただお茶の準備をさせてほしいとだけ思っていた。