(41) ~ 気になるアノヒト
翌日、新しいベッドの上で、タイキはデルフェールから最長のお説教を聞かされていた。
「確かにあなたは、上位のヴァンパイアやデーモンにも勝てるであろうほどの魔力の持ち主です、しかし何事にも限界というものがあるのですよ!」
「……ごめんなさい」
がみがみとまではいかないものの、何度も魔力不足に陥ってしまった場合の魔族の末路をタイキに話し続けるデルフェールに、タイキは落ち込みながらもげんなりしていた。まだ魔力が回復しきっていないのと、いつ終わるのだというデルフェールのお説教のせいである。
「……はあ、まあ、これに懲りて、きちんとご自身の魔力を考えながら使用していただければいいです。気をつけてくださいね」
「はーい」
ほっとした表情でうなずくタイキを見ながら、それにしてもとデルフェールは室内を見渡す。
「基礎は木のようですが、壁は土のようですね……ガラスも大変立派ですし、よくここまでの家を造られましたね」
タイキの部屋は、デルフェールもよく入ってくるためフローリングにしてあるが、近くにはひざほどの高さの段をつけた畳コーナーもある。掘りごたつ風にした長机も置いてあるので、ここで食事もとれる。今までもらったり、読んだりした本や、拾った小物を入れておく棚も作り付けてあった。
「……外側から、よく内装をここまで作り込めましたねえ。そういえば、食堂の方も見てきましたよ。調理場と隣り合わせだったのは少し驚きましたが」
「あー、ほとんど前の家の中身を移し替えたような感じだけど、そっか、そういえばカウンター式キッチンとかこっちにはないデザインなのかもなあ」
ロスティスラフやシェルたちが来たとき、お茶を出しやすいように対面式にしようと思ってのことだったのだが、キッチンが見えるのはあまり好ましくないことなのかも、と思ったタイキは顔をしかめる。
「いいえ、ああいう場所での作業が一番手慣れているのはタイキですし、私たちもあの窓からタイキがどんな風に動いているのか見えて、よいと思いますよ」
「よかった! あ、そういえば誰か塔には登ってみた?」
「ああ、すぐそこにある……いいえ、ホロが試しに覗いて見たりしただけで、誰も入っていませんよ。あちらは家具も置いていないようでしたし、これから作り込んでいくのだろうと思いましたから」
「うん、あっちはいっそ客室にしちゃおうかなあって思ってるんだよね。三部屋しかできないけど……まあ十分でしょ。たまに遊びに行って、お月見してもいいし。……あー、でもリッパーさんはあそこでお酒禁止かな」
「ふふ、残念がるでしょうが、仕方ありませんよ」
彼の特徴的な飲み方は、石造りの家ならばともかく、木を多く使っている今回の家では酒が沁みてしまうためどうしても断るしかない。まあ、たとえしみてしまっても、タイキがお手軽リフォームを一部に施せば直ることなのだが。
「他のみんなは?」
「タイキも倒れてしまいましたし、気にはなったのでしょうがお屋敷探索はせず、そのまま帰りましたよ。……そういえば」
ふと、穏やかに話していたデルフェールの手が止まる。
「タイキ、すみません! お説教に夢中になって、食事の用意が……!」
「あー、デルは食べなくても平気なんだもんね。大丈夫、魔術さえ使わなきゃ倒れないだろうから、自分で何かつくるよ」
「果物ぐらいでしたら、私が切り分けますが……」
「ん、じゃあお願い。ダイニングルームまで行こうか、ていうか行きたい!」
結局、部屋にある机での食事ではなく新品のダイニングルームへ向かうことになった。
以前の家に置いてあったテーブルが四人がけぎりぎりだったのに対して、今回のテーブルは急な団体にも対応できるように十人がけ仕様になっていた。一人で座っていると寂しい思いをするかと心配だったが、デルフェールやホロがそばにいつもいるので、そのあたりは大丈夫。
のんびり座って待っていると、丁寧に切り分けられたリンゴとオレンジの盛り合わせが運ばれてきた。ここまで器用に切り分け、さらに植物の生気を奪わずみずみずしいままタイキに出せるゾンビは、デルフェールをおいて他にはいない。当然、ゾンビの剥がれやすい血肉がついている、なんてこともないので、タイキも安心してパクつく。
「おいしー」
順調に食べ進んでいったところで、改築のことをロスティスラフやシェルに教えてあげようかなと考えていたタイキだったが、ふともう一つの種族を思い出す。
「そういえば、まだバルバロイさんには会ってないなあ」
リンゴを飲み込みついでに発された小さなつぶやきは、元気よく果物を食べていくタイキをニコニコと見守っていた二人を凍り付かせるのに十分だった。
「……タイキ、しばらくは永久墓地でゆっくりしてましょう、ね? 人間界に無限回廊にと連れ回されて、その上今回のこの改築ですから、疲れもいっぱいたまっているでしょう」
「え、あの、俺まだ会いたいとは一言も」
「ネクロマンサー、まだ、まだヴァンプを呼ぶというならわかりますけれど……」
「……さりげなくシェルを外すんだね、ホロも」
「「呼ぶ気ですか!?」」
今度はそろって驚愕の声を上げられた。タイキも慌てて「今すぐにとは言わないけれど!」と言い返す。
「……はあ、では、まあタイキの回復具合を見てから、お招きしましょうか」
諦めをのせた苦笑を浮かべるデルフェールに、タイキも「ありがとう」の言葉が尻すぼみになる。
結局、この日は残る最上級魔族、戦獣王のことは聞けずじまいで終わってしまった。
のちに、興味を持ってしまったがためにさんざんな目にあわされるとは、このときのタイキは思ってもみなかった。