(4) ~ 刺激が強すぎ蜘蛛女…
ちょっとだけ艶めかしい方面の(あれ、なんていえばいいんだろう)描写があります~。
ぶっちゃけてしまうとディープキスレベルです。と、簡単な注意書きでした。
あんまり過保護に、屋敷から出てはいけませんよと言われるものだから。
「デルの目を盗んで外に出るとか、俺ホント馬鹿だった……」
タイキは一人、ひょろりとした背の低い木が立ち並ぶ永久墓地のはずれで、がっくりと膝をついていた。そんな彼の周りを、屋敷からくっついてきた二体のホロウフレアが困惑した様子で漂っている。
「ちょっとおいで。肩にとまっててくれるとちょっと安心するかもしれない」
タイキはその場に座り込んだまま、ちょいちょいとホロウフレアに向けて手招きをした。ホロウフレアはタイキの周りをくるりと回ったかと思うと、ちょこんとそれぞれの肩に一体ずつ乗る形をとった。形だけで、実際肩に触れているわけではない。しかし、両頬から数センチというところに青白い炎が浮かんでいるというのに、タイキの顔に苦悶の表情はない。
「うーん、なんか適当に歩いてきちゃったしなあ」
途中で地面から泥でできた人の手が飛び出してきて、向こうは挨拶程度だったのだがタイキは腰を抜かしてしまい、ホロウフレアとマッドハンドであわやバトル開始か!? という状況にも陥ったりしたのだが。
『ちょ、どっちもストップ! マッドハンドさんゴメンナサイ、こっちが勝手に驚いちゃっただけですんで……』
『ね、ネクロマンサー! 我々下級魔族に敬語など使わなくてもよろしいのですよ。というかホロウフレアたちには自然な口調でいらっしゃるのに、なぜなのです?』
『え? うーん、なんか差別っぽい感じがするけど、ホロウフレアは……ペットみたいに思ってるから! なんか最近可愛く思えてきちゃって』
『そ、そうでございますか』
そこでちょっぴりマッドハンドの面々と友好関係を築き、この辺で、タイキの人間仕様の足でも軽く散策できそうな場所はないかと尋ねてみたところ、この辺りの小さな森なんかはいいのでは……と提案されたのである。
そこで、冒頭へと戻る。
「帰り道が分からないとか無いよね。ホロウフレア、分かる?」
試しに尋ねてみると、右肩にとまっていたほうのホロウフレアが「任せろ!」と言わんばかりに燃え上がった。ふわりと浮き上がって、そのまま空の彼方へと消えてしまう。
「……? 最短ルートでも探しに行ったのかな」
残った方のホロウフレアに、指を近づけたり離したりして遊びながら、タイキは適当な木の幹によりかかってぼんやりと座っていた。
カサカサカサ……
カサカサ
ガサ
「え、何の音?」
最初は、そこら辺にちらほら落ちてる枯れ葉がこすれる音だと思った。だが、何か違う。むしろこれは、誰かの足音のようなリズム感がある。
「ひょっとして、あの子デルを呼びにいった……とかなのかなぁ」
だとすれば、二時間のお説教は免れないな。ココロの中で盛大なため息を吐きつつ、足音のする方へ視線を向ける。
すると、左肩に乗っていたホロウフレアが警戒するように激しく燃え上がった。火の粉をまき散らしながら、右へ左へと光が揺れる。
「ちょ、どうしたの!?」
『あら、誰が入ってきたのかと思いきや……こないだ生まれたばっかりのネクロマンサーじゃない。意外と近くで見ると可愛いわね』
ガサリ
最後の足音と共に、木の陰からタイキたちの前へ姿を見せたのは、最早見慣れたゾンビの姿ではなく、妖艶な女の声でしゃべる……巨大な蜘蛛。黒々とした甲殻に、細かな体毛がびっしりと生えていて、タイキはその姿に思わず顔を引きつらせた。
「わ、わっ!?」
『あら……そんなに怖いかしら? 私のこの姿……』
細長い足を器用に動かし、タイキの身長以上も体長がありそうなその大蜘蛛は、素早くタイキに接近した。腰が抜けたまま、ずりずりと這って下がろうとするタイキの手からすり抜けて、ホロウフレアが蜘蛛を威嚇するように飛び出す。
『あん、邪魔ね。別に危害を加えるつもりはないのよ。ちょっと近くでお顔が見たいだけ……』
ホロウフレアの妨害もなんのそのといった様子で、大蜘蛛は鋭いかぎ爪のついた足の先端を、タイキのマントに引っかけた。ぎゃ、と小さな悲鳴を上げて、タイキは前につんのめる。ガシャガシャと、倒れ伏すタイキの真上に大蜘蛛の胴体が移動してきた。結界の中での唯一の光源である、青い月の光すら届かない影の中で、タイキは目を見開いたままぶるりと震える。
(え、俺、死ぬの?)
『……本当に、人間みたいな反応する子ねぇ。姿形も人間そっくりだし……ていうか、むしろそうだったりするのかしら? ネクロマンサーになる前は人間でした、って』
小さなため息が頭上から聞こえてきて、タイキはぎゅっと強く目をつむった。すると、まぶたから透けてくる光の量が増えて、周りが明るくなったことに気付く。
(……え、どいてくれたのかな、これって)
「ふふ、あらま、本当に近くで見ると可愛いわー」
先ほどよりもはっきりと聞こえる、けれど聞き間違えようのないあの女の声。半分だけ目を開きかけていたタイキは、そこでがちんと硬直した。
「ちょっと、もうちょっとこっち見てくれたっていいじゃない。せっかくネクロマンサーが怖がらないようにサービスしてあげたんだから」
憤慨されたような声で言われて、タイキは視線を上へと移動させてみる。すると、そこにあったのは大蜘蛛の複眼ではなく、声と同じように艶やかな妙齢の女性の顔があった。
つやつやとした、不気味なくらい赤い唇をにいっとつり上げて、女性はさらにタイキの顔へ自身の顔を近づける。
「ふふ、ホント、今は可愛いっていうのがぴったりだけど、大きくなったらどんな格好いい男になるのかしら……今から楽しみだわ。魔力の方も申し分なしだし。ああ、バルバロイ様よりも繊細な感じが、ぶっちゃけ私好みね~」
「え、えええと、お、お姉さん? さ、さっきの蜘蛛って」
「私だけど?」
にっこりと至近距離で肯定されて、タイキはとっさに二の句が継げなくなる。
「私の名前はゼフィストリー。ビーストなんだけど、ちょっとした事情で住んでた森から追い出されちゃってね? 適当な手下引き連れて、アンデットに頼んでこの辺りの森に住まわせてもらってるのよ。ちなみに、人間からはクインスパイドって呼ばれてるわ」
「は、はあ……ゼフィストリーさん、ですね?」
「ふふ、さんづけも敬語も無しでいいわよ。私は上級魔族だけど、貴方はこの世に四人しかいない魔族の長たるネクロマンサー、最上級魔族ですもの。でも、ああ、本当に……」
「っひゃば!?」
べろんと人間にしては規格外すぎる長い舌で首筋を舐め上げられて、タイキは思わず奇声を上げた。そして、ふと現在の体勢を思い出す。仰向けになっている自分の上に、妙齢の女性が押し倒すように乗っかっている。いつの間にか、両手は頭上でクロスされて拘束済み。
(あれ、逃げ場無し?)
「ん、なーんか、デーモンのサキュバスみたいなことしてるってのが嫌だけど、ふふ、仕方ないわよねぇ。ネクロマンサーが直接魔力を分け与えられるのは、同じ種族たるアンデットだけなんですもの。私はビーストだから、こーしないと」
「ひゃ、ゼフィ、スト……ひょわくすぐったいってばぁああ!?」
右と左、両方の首筋を舐められた挙げ句、そのまま唇まで這わされ、最終的には耳たぶを甘噛みされた。じたばたと自由な両足を振り上げて抵抗するタイキだが、やはりただの人間の女性とは格が違うのか、ゼフィストリーは全くペースを乱さないまま、タイキの両手を拘束しているのとは逆の手で彼の顎に触れる。
「ひょえっ!?」
軽く顎を押されて、タイキは困惑した声を上げる。そこにゆっくりと、今までにないほどゼフィストリーの顔が接近した。そこでタイキも理解する。彼女がいまだに手を出していない部分といえば……。
「んふ、それじゃ、ちょっと我慢してね? いただきまー」
「何をしているのですかぁああああああああああああああああああああああっっっっっ!!!!!」
タイキの唇までほぼゼロ距離となったところで、タイキには聞き慣れた声が、ゼフィストリーにとっては忌々しい声が響いた。タイキは顎をつかまれているため、ゼフィストリーはこの距離をキープするため、視線のみで声のした方を見やる。
そこには、ホロウフレアの大群に囲まれながら全身を震わせているデルフェールの姿があった。ただ、それだけではなく、デルフェールに少しだけ似たゾンビの面々や、先ほどアドバイスをしてくれたマッドハンドたちもいる。
「ゼフィストリー、ネクロマンサーから離れなさい。さもなくばここにいるアンデットはすべて、貴方を敵と見なして排除します」
「いいじゃない、ちょっとくらいお裾分けしてもらったって。バルバロイ様のところにも帰ってないし、ここじゃお腹が空いてばっかりなのよ」
「外に出て適当に見繕ってくればいいじゃないですか。とにかく、ネクロマンサーを……タイキを離してください!」
今までにタイキが聞いたこともないような、デルフェールの鋭い声。その言葉尻が若干震えているのは、おそらく上級魔族に対する恐れなどではなく、大切なリーダーが襲われている(この場合二重の意味だろう)ことに対する、憤り。
「デル」
視線を彼に向けたまま、タイキはぐっと唇を噛む。
「ごめん、勝手に出ちゃったりして。今度はちゃんとデルの言うとおりにするよ」
「タイキ……」
つかの間、タイキとデルフェールの間に穏やかな空気が流れる。
と。
「ネクロマンサーって、タイキってお名前なのね。ふふっ」
「む、ぐっ!?」
デルフェールたちが「あっ」と息を呑む。ゼフィストリーはデルフェールの殺気がゆるんだ瞬間、素早くタイキに口づけた。しかも、硬直してまともに反応することも出来ないタイキをおもしろがるように、あの長い舌の一部をぐいと突っ込んでくる。
「んむ、くう……っ!?」
不意に、あのお披露目の際に石柱へ触れたときのような、妙な脱力感に襲われて、タイキは一気に全身の力を抜いてしまった。「おっと」と小さく言って、さすがに少々慌てた様子のゼフィストリーが唇を離す。
「あんまりもらってないんだけど……大丈夫? ええっと、タイキ」
「……う、うん。でもちょっと疲れた」
両腕が解放されても、相変わらずくてっとしたままのタイキの様子に、ゼフィストリーは「やりすぎちゃったかしら」と冷や汗を垂らしつつ体を起こす。
途端、ゾンビとは思えない素早さでデルフェールが近づき、タイキを横抱きにしてゼフィストリーから距離をとった。「デルー」と言いながらシャツをつかんでくるタイキに穏やかな視線を向けつつ、ここまで共に着てくれたゾンビたちに一言。
「しばらく彼女に、アンデット式の『お説教』でもして差し上げてください。それくらい、タイキから無理に力を奪ったことに比べれば安いもの、安すぎるくらいですよ、ねぇ?」
そして、デルフェールはそのままタイキを抱えて、半数ほどのホロウフレアを引き連れて退場。残されたゾンビやマッドハンド、ゼフィストリーは向かい合ったまま。
「……分かったわよ、お説教、受けてやるわよ全く」
ぺろりと唇を舐め上げて、ゼフィストリーは両手を挙げた。
※ ※ ※
「タイキ、タイキ。大丈夫ですか?」
「……んー、ちょっと、眠い」
もぞもぞとデルフェールの腕の中で身じろぎをしながら、タイキは目をつむり、やがて穏やかな寝息を立て始めた。ゆっくりと近づいてきたホロウフレアが、タイキを起こさないよう慎重に、彼の眼鏡を外してやる。
「まったく、これじゃあすぐに怒れませんね……」
苦笑を浮かべて、デルフェールは呟いた。ホロウフレアたちも、ぐるぐると彼の周りを回っていて「同感」とでも言いたげである。
「でも、タイキが目を覚ましたらきちんとお説教はしなければなりませんね。あと、ゼフィストリーは……まあ、あとでちゃんと面会させてあげますか。護り万全の状態で」
最短ルートを通り、タイキがあの森まで行くのにかかった時間の半分以下で、デルフェールは屋敷へと帰ってきた。腐りかけの腕が落ちてしまわないか心配しつつ、なんとかタイキを寝室へと運び、寝間着に着替えさせる。
毛布にくるまって「ふふー」と笑っているのか深呼吸しているのかよく分からない声を出すタイキを見下ろし、デルフェールは毛布の上から彼の体を軽く叩いた。
「もう少し準備が整ったら……そのときは、みんなで挨拶に行きましょうね」
そう言って、デルフェールは見張りのホロウフレアを何体か残し、そっと寝室から出て行った。
大暴走中のお姉さんが登場しました。
ちなみに、タイキの周りの人外とか、これから出てくるであろう人間たちはうっすら家族っぽいポジションを用意してます。
デルフェール=父親、ホロ=ペット、ゼフィストリー=姉(母でなく)
リジェラスとかは普通にお友だちですけどね。他にも兄、叔父さん、弟など。
……あれ? 女の子要素orz