(37) ~ 悪魔だって、涙する
リジェラスを待つ時間は、どうしようもなく辛かった。
最初のうちは自分が見てしまったものに対して、タイキと同じように恐れていたカミラはおそらくこのような事態にももう慣れてきていたのだろう、互いに抱きついているという自分の状況の方に悲鳴を上げたが、結局その悲鳴にタイキが驚き、さらにしがみつくという悪循環。
そんなこんなでわちゃわちゃしていた二人だが、遠くから響いてくる聞き覚えのある絶叫を一度耳にして、すぐに大人しくなる。
「…………リジェ、生きてるかな」
「えっと、まず、命は無事だと……思います」
「……それ、命以外は保証があんまし……ってこと?」
「……ディアボロ様、ですので」
特に貞操関連は、と付け加えたカミラ。
もう一度響く絶叫。
「うわああああああああああああんリジェぇえええええええ!!! 犠牲にするつもりなんてかけらもなかったよぉおおおおおおおおおお!!! でもすげぇ助かってる俺たちいいいいいっ!!!」
「ネッネクロマンサー様落ち着いてください! こちらの会話も、きっとディアボロ様には筒抜けですっ!」
カミラに注意され、タイキはばっと自分の口をふさぐ。そして、彼女と一緒に事態が進展するまで、部屋のソファで膝を抱えることにした。
探索? ミイラ取りがミイラになるだけである。
……そして、三十分ほどが経過した。
「そろそろ、なにかあってもおかしくない、よね?」
「そう、ですね……むしろ、先ほどからリジェラス様のお声が」
「カミラしぃいいっ!! そこは突っ込まない方がきっとシアワセだっ!!」
「はっはいっ」
そんな会話をしていた矢先。
きぃ。
……開かずの扉が、開かれた。
「「!!!!!」」
ぎゅっと互いの手を取り合って、きしみながら開いていく扉の向こうを見つめる二人。
そこから現れたのは、幽鬼のような表情をした……なんというか全身ぐっしゃぐしゃな、疲労困憊したリジェラスだった。
「りっリジェぇえええ!!!」
「…………ふっ」
慌てて倒れかけた彼を支えたタイキは、逆に両肩をみしりと掴まれて頬を引きつらせる。怒っている風ではないのだが、様子がおかしい。白目のない真っ赤な目が、ぐるぐる回り、潤んでいて。
「俺、死ぬ」
「早まるなリジェっ!!?」
「えぇええ~ん、全然、まだまだだよー? 加減だってしてあげたっていうか、ぎりぎりのところで本番はしてないじゃない」
「ひっ!?」
「あ、ディアボロ様」
そんなリジェラスの後ろから部屋に入ってきたシェルは、最初にタイキと出会ったフィーのドレス姿であった。しかも、かなり露出がきわどいもので、こんなもの着て人間界のパーティなぞ出席しようものならという、淫魔のごとき格好である。
わわわ、とシェルを見上げて口をぱくぱくさせるタイキを見て、シェルはにっこりとあどけない笑みを浮かべる。そして、一歩近づくとタイキに寄りかかるリジェラスの翼を片方つかみ、その付け根をすっとなで上げた。
「ひぎっ」
「あらら、リジェラスったら色気が足りないよー。それともしっぽの方いじめてほしい?」
「か、かかか勘弁してくださいディアボロ様ぁぁああああっ!!!」
普段の生意気なガキ大将風はどこへやら、リジェラスは本気で涙を流すと、シェルの魔の手から飛び退いた。その際、タイキを盾にするのではなく一緒にかっさらったのは、さすが兄貴分というべきか。
「……そこまでに」
「あーもー、ヴォーゴってばいつもいつも、いいところで邪魔してくるんだから」
そこで、そっとその白い細腕を掴まれたシェルは、つまらなさそうに唇をとがらせる。彼の後ろから現れたヴォーゴは、先ほどのリーダー同士の争いに巻き込まれたせいか非常に疲れているような空気をまとっていたが、家具の後ろに隠れてぶるぶると震えるリジェラスを見てさらに肩を落とす。
「……我が子まで、その毒牙にかけるのは、やめていただきたい」
「ふふふ、本当に大事なんだなぁ~。いいよ、リジェラスはちゃーんと寸止めでやめたげる」
「もっと早くにやめてください。あの子が保ちません」
「じゃあ、保つようにしたげるよー?」
「…………おやめください」
(不毛だな……不毛すぎるよ、ヴォーゴさん)
必死に息子の貞操を守ろうとする父の姿を見て、タイキは猛烈に、デルフェールに会いたくなった。