(35) ~ 幻想は、しぶとい
大きな月が照らし出す、青白い世界。荒野に墓石が乱立する、その光景を見て。
「ん?」
タイキは首を傾げた。
彼と手を握ったまま歩き出そうとしたリジェラスは、そんなタイキを横目で見て眉をひそめる。
「んだよ、とっとと行くぞ。屋敷まで行けば、防御のしようはいくらかあるだろうし」
「う、うん」
転移門をくぐってからの違和感。リジェラスは何も疑問に思っていないようだが、なんだろう、なんだろうと首を傾げているうち、ふと気づいた。
「……リジェ、ここ、永久墓地じゃない」
「はあ!?」
「よく見て、あっちの向こう……永久墓地って地平線にはだいたい森がわさーってできてるんだよね。でも、ここはカゲロウみたいにゆらゆらしてる。あの先、何にもないみたいだ。なによりみんなの声が全然しない」
「……お前、何言って……」
首筋に手をやりながら、ぐるりと周囲を見直したリジェラスは、ん? と小さくつぶやくとタイキの目をのぞき込んだ。じーっとしばらく目を見られて、さすがのタイキも居心地が悪くなってきたところで、リジェラスはまた周囲を見る。そして、パン! と音を立てて目元を覆った。
「マジかよ……サンキュ、タイキ」
「え? どしたのさ」
「お前が言うとおり、ここは永久墓地じゃねぇ。まだ幻想回廊の中だ。まっただ中。きっとこのまま進んでいけば、ディアボロ様がのぞむ場所に連れてかれんだろーな」
「ていうことは、これ全部幻!?」
「ああ、幻術はヴァンパイアの十八番なんだけどな……ディアボロ様なら、あのロスティスラフばりの幻術が使えたっておかしかねぇし、てか、わざわざ本物の転移門利用してこの幻術重ねがけ……お前、よく騙されなかったな」
荒野を前に立ち往生するリジェラスは、深い深いため息をつく。
「ここに来た瞬間から違和感あったんだけど、リジェは普通に永久墓地に着いたって思ったんだね?」
「まあ、俺もさっさとお前を帰さねーとって焦ってたから、余計幻術にかかりやすかったんだろうけどな。デーモンだし、魔力なんてディアボロ様と比べたらちっぽけなもんだ。まるきりここが永久墓地に見えたぞ。アンデットの声と姿ももちろん込み込みでな」
「俺の目を見たのも、解呪かなんか?」
「おう、俺もちょっとヘンだなとは思ったんだけどな。アンデットたちがお前に声かけようとしてるのに、お前は全部スルーしてる。疲れてんのかと思えば、まったく普通にしてるんだ。で、ちょっとお前の目に映ってる光景を盗み見て……幻術解除ってわけ」
リジェラスの目には、ほとんど完璧な永久墓地の幻影が映って見えたのだろう。タイキに幻術のかかりが悪かったのは、異なる種族な上、並び立つ力を持っているからなのだろうか。
「で、リジェ。これ幻術は完全に解けたと思って……いいのかな。永久墓地っぽい光景のままなんだけど」
「多分、これはこういう部屋を作ってるんだと思うぞ。全く普通の部屋に幻術かけておくより、舞台だけでもある程度整えておいた方が、確率あがるからな。とくに幻想回廊は、ディアボロ様の懐だ。いっくらでも作り直せる」
「す、すごい……」
「すごいって、お前もリーダーなんだから似たようなこと、自分の屋敷にだってできるだろ。ていうか、お前が住んでるから一応屋敷って言ってるが、あれそこらの平民の家と変わらねぇからな? 玄関と居間が直結ってどういう庶民だ」
「庶民上等!!! え、あれ作り直せるの!? あれよりでっかくしたりもできるの!?」
「……わかった、帰ったらそれも教えてやるから」
そんな会話を続けながら、空間の出口を探す二人。幻術が解けた時点で、カゲロウのようだった地平には距離はあれど壁のようなものが見え、天井も高いが存在することがわかった。とりあえず一番近い壁に向かって歩いて行くと、控えめな木製のドアがぽつんと作られている。
リジェラスが、その向こうになんの気配もしないことを確認すると、そっと押し開いて外に出た。ほとんど暗闇と言っていい空間が広がっていたが、リジェラスが光の球を魔術で作り出すと、そこは転移する前に二人がいたのとほとんど変わらない作りの廊下であった。
「まだ帰れないっぽいね……」
「だな」
そろってうんざりとした表情を浮かべた瞬間、どこからともなくどぉお……ん、と地鳴りのような音が響いてきた。二人は顔を見合わせて、互いの引きつった表情を確認する。
「……」
「……」
「「巻き込まれないよう注意しよう(するぞ)」」
いざとなったらひたすら防護壁をはれそして俺も守れ、と突貫で防御魔術をタイキに教え込むリジェラスだったが、途中で何かの気配に気づき、顔を上げる。
「あれ、なんだ」
「え?」
タイキが振り返ると、暗がりの中から一人の少女がこちらへ歩いてきていた。光源らしいものを持っている様子はないが、こちらの魔術の明かりを見つけて、急ぎ足で近づいてくる。
「あ、の、悪魔様。いったい、何が起こっているのでしょうか」
少女は胸に両手をあてて、肩を細かくふるわせながら尋ねてきた。そんな彼女の目と、耳を見て、タイキは気づく。
この子は、人間だ。
リジェラスもそれに気づくと、面倒くさそうにがりがりと頭をかきむしった。
「あー……ディアボロ様んとこに、招かれざる客って感じか? ちょうどいい、お前、こいつをかくまえる場所に案内しろ」
「か、かしこまりました」
リジェラスをおびえた表情で見ながらも、彼の手を握っているタイキに不思議そうな表情を浮かべて、少女は一礼を返した。