(33) ~ 魔神様のホンキ
はたと我に返る。
「……ねえ、それで、俺いつまでここにいるの?」
「え、ずっといてよ」
「無理だろ!!!」
さらりと言い放つシェルの頬をぐにっとつねってやりながら、タイキは何度目になるかわからないため息をつく。窓のない室内にずっといたため、時間の経過がいまいちわからない。感覚的には二、三時間といった程度だが、悪魔のリーダーの住居で何があるかなんて、タイキは何も知らない。
頬をつねられて驚いた様子のシェルは、にこっと笑うとまたその輪郭を溶かした。今度はなんだとタイキが見ていると、黒髪黒目に象牙色の肌、低めの鼻とぽってりした唇をもつ、まるで日本人のような可憐な少女が現れた。
「え」
「どう? ちょっとタイキに似た女の子になってみたんだけど……これでも、だめぇ?」
さっきまで男だったじゃないか!? と叫びかけて、今さらながらリッパーの言葉を思い出す。
シェルに、明確な性別は存在しないのだ。
つまり。
「っっっっっどっどどどどどいてどいてどいてぇえええ!!!?」
「えぇえ~?」
また急に暴れだそうとしたタイキに、さすがに眉根を寄せたシェルは、はたと手を打つと姿を消した。膝の上の重みがなくなって、大きく足を振り上げることになったタイキは、んおっ? と叫びあたりを見回したが、突然ぐるりと視界が回る。
「へっ?」
「うん、やっぱりこうだよね! ねえタイキ、もっともーっと遊ぼうよ!」
ふかふかした背中の感触は、おそらくベッド。転移の魔術を使ったのだろうが、タイキは先ほどのソファの上のように、両手を押さえ込まれのしかかられる。違うのは、先ほどのシェルは腕を押さえ膝の上に座ってと、タイキの動きを封じただけだったのだが……今度はそれだけではすまない、空気が。
「あ、あああ、あの」
「えへ、タイキ……かあわいー」
近づかれ、鳥肌が全身をおおった。
そのとき。
「ディアボロ様ぁああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
ドッバン!!! という轟音とともに、部屋の扉が蹴破られた。飛び込んできたのは、タイキも見慣れたデーモンの少年。なんだか、長いこと会っていなかったような、そんな気になって、泣きそうになった。
「リジェぇええ!!」
「っっっ」
感動の再会! と歓喜するタイキと裏腹に、あれ、という顔をするシェルと彼の常態を見て、顔面蒼白になる。これでもかと目を見開き、息を吸い込むと、床を強く蹴った。
「っにしてんですかディアボロ様!?」
「あは、やっほぉリジェラス、キミもおいでよ……一緒にかわいがってあげるからあ」
「……そこまで」
リジェラスがぐいとベッドのシーツを乱暴に引っ張るのと、唐突に現れたヴォーゴがシェルをタイキからひっぺがすのは同時だった。それによって、シェルはヴォーゴの腕にぶら下がり、タイキはシーツごとリジェラスに抱えられる形になる。
自分を捕まえているのがヴォーゴだとわかったシェルは、腕をぶんぶんと振り回しながら頬を膨らませ、かわいらしく抗議した。
「ちょっとヴォーゴってばあ! まだまだこれから、タイキにいぃーっぱいヤらしーことしようと思ったのにぃ! 邪魔しないでよう」
「せんくていいです!!! んなことしたらアンデットの奴らに怨念かまされます!!!」
「僕は平気だもんね-」
「……周りは無理だ」
ヴォーゴはがっくりと肩を落としながら、シェルを自身の身体から遠ざける。
一方、ゼフィストリーのときとは比べものにならない貞操の危機を脱したタイキは、リジェラスに抱えられたまま両腕を高速でさすっていた。まだ鳥肌が収まらない。
「あああああありがとぉおリジェぇええ! なんか……なんかあのままだったら絶対やばかった。というか途中からすでにかなりやばかったぁあああ」
「……ああ、服はちゃんと着てんな、なら大丈夫か」
リジェラスはタイキを片腕で抱えたまま、ぐるりとヴォーゴとシェルの立つ場所を迂回して、彼の上着を回収に行く。逆の腕でそれらをひっつかむと、ばさりと翼を広げた。
「ったく、よりによってこの部屋にいたなんてな。デルフェールの奴がぶっ倒れて、永久墓地は葬式ムード一色だぞ。いや、むしろそれが正しいのか?」
「えっ、デル倒れちゃったの?」
「……目の前でディアボロ様にさらわれたあげく、いっぱいおもてなししますって念話だけ叩きつけられたら、さすがのあいつも気が遠くなるだろうよ……」
人間の祈りを受けたわけでもないのに、一瞬デルフェールがさらりと灰になったような幻影を見てしまった。
それぞれの魔族のリーダーが住まう結界に、他の種族が入り込むには結界ごとに異なる条件がある。永久墓地の場合、特定のルートを特定の時刻に使用しなければならないという最も楽な条件であるが、幻想回廊の場合はまず、デーモン以外の侵入は認められない。例外の一つとして、ディアボロ自身が招き入れたときが挙げられるが。
よって、この場でタイキを迎えに来られたのはデーモンであるリジェラスとヴォーゴの二人だけなのだ。
「だけのはず、なんだけどよぉ……」
「う、うん?」
「…………例外っつーのは、他にもあるもんで!」
その目に焦りの色を浮かべたリジェラスは、低く飛行しながら開け放たれたままの扉を目指す。ヴォーゴとシェルが何事か話しているが、構っている暇はない。
「厄介なのに知られたんだよ、さっさと逃げ」
そこで、彼の台詞は途切れた。
扉が蹴り開けられたときよりも、数倍激しい轟音が響き渡り、部屋の壁をぶち抜いてきたのだ。
「げっ」とうめくリジェラスは、飛んできた瓦礫をかわして大きなため息をつく。ヴォーゴは天を仰いで完全に諦めているし、気配を読み取ったシェルは、先ほどまでの上機嫌な様子を一切消してうるさそうな表情を浮かべる。
「タイキ! 変態魔神の魔手に囚われたと聞いたが!?」
……崩れた壁の向こうから現れたのは、険しい表情を浮かべ握り拳を作っている絶世の美貌だった。
これ以上Rがつきそうな展開はもうしません。度胸ありません。
全部寸止めで終わってますが、あとは皆さん脳内補完でお願いします。
じれったくてすいません!
そして、なんだかあの人だんだん王子様的ポジションじゃね?