(32) ~ 魔族の作り方
にこにこと笑ったままのシェルに、うんざり顔を隠しもしないタイキで、「離れて」「やだ」「どいて」「だめー」「邪魔だったら」「そんなー」なんてやりとりを繰り返して、とうとうタイキが折れた。なんというか、かなりきわどい体勢だとは思うが俺たち男同士、と自分に暗示をかけて、話をする。
「はあ、で、わざわざアンデットの結界から、俺を連れてきたのはなんで?」
「え、なんでって……」
タイキの当然の問いかけに、シェルは目をぱちくりさせながら。
「ネクロマンサーで遊んでみたかったから」
「『で』って言った!!! 『と』じゃなかった!!!」
「あっは、些細な違いじゃん~」
「その差はかなりでかいと思う!!」
やっぱりこの人聞いてたとおりやばそう!! と内心叫びながら、もう一度じたじたと暴れてみる。だが、いくら体をねじってみても、押さえつけるシェルはむしろより楽しそうな表情になるのだ。
「ふふっ、もうずーっとずーっと、こっちの幻想回廊から永久墓地を見てるだけだったんだもんな。ヴォーゴとリジェラスも、最近は面白い報告あんまりしてくれなくなっちゃったし……しまいには人間界に行ったんだって? あーあ、僕も遊んでみたかったなぁ」
「あ、あそっ!?」
「ヤダなー怒らないで」
無責任なこと言うな、と叫びかけたタイキの唇を指で押さえ込んで、シェルは彼の顔をのぞき込む。
「ナルシーヴァンプに先越されたりしなかったら、僕が遊びにいったのにぃ。あいつキライなんだよね。よくあれに付き合えるね? すごいすごい」
「……いや、よくみんなと喧嘩するからたまにキレるけど俺も」
「えっ、タイキがキレたって報告もらってない! なにそのレア!」
「今まさにキレてますけど!?」
ぷいっと顔を背けて、盛大なため息をつく。こうやっていちいちシェルの言葉に突っ込んでしまうのも、彼を喜ばせている一因なのだろうとわかってはいるのだが、突っ込まずにいられるか。
重い! と手を動かそうとするタイキに、シェルはしょうがないなと呟いて拘束を解いた。手首をぷらぷらと揺らしてほっと息をついたタイキだが、肩を引っ張られて上体を起こされたと思ったら、今度はソファの背もたれに押しつけられてしまった。キョトンとしている間に、首にシェルの腕が絡みつく。
「……ねえ、男同士でこの体勢って気持ち悪くないの」
「えぇーっ!? 僕ぐらいの美少年に迫られて、タイキなんにも感じない-?」
「いっくらイケメンでも俺男だもん!! 何を感じるんだ何を!! うらやましがればいいのか!?」
「ぷっふー!」
押し倒されている体勢よりは楽だったので、膝の上にシェルをのせたままタイキは抗議する。その耳元で吹き出したシェルは、くっくと笑って目元から涙をこぼした。
「あー笑える……、てか、これは心配いらないね」
「へ? 何の」
「うーん、原料の話ぃ。デーモンとアンデットって亡者の取り合いもしてるから、タイキが実はいやーなヤツだったら牽制しとこうかなって思ったんだけど」
「……死んだ人間が、魔族のもとなの?」
「え、だってゾンビとか思いっきり元人間じゃん」
「あ」
そういえば、魔族って具体的にどう生まれるんだろう、と疑問に思ったタイキだったが、それを見透かしたようにシェルが解説を入れる。
「あのね、魔族っていろいろ生まれ方があるんだよ。今言った人間とか、生物が死んだものが魔族になるって言うのはヴァンパイア以外よくあることだしぃ。だいたいろくな死に方しなかったヤツがこっちに落ちてくるんだよね。生きてた頃の記憶なくして、いやーな思いしたってことだけを糧に魔族として復活する。
あとは、地上に生きる人間が、あれが怖い、こんなのがいるんじゃないかっていう想いが強まったときに生まれるヤツもいる。まあ、ある意味信仰みたいなものだよね? 実はヴァンパイアの始祖って、これらしいよ。もう何年前になるかわからないから、どーでもいいけど。
最後に、転生っていうのがあるよね。これ、死んだ人間が魔族になるのとどう違うのかってなるかもだけど、これは単純だよ……カミサマが選んでるだけ。選ばれるヤツは、元々魔族であろうが人間であろうが精霊であろうが関係ない。カミサマが願ったとおりにもう一度生まれ直すことになる。僕とか、タイキとか、ナルシーヴァンプとか最上級の魔族は、これでしか生まれないんだよね。あとはちょろちょろ上級魔族がさらに強い力を得るために、転生を望むことがあるけど、できてる人ってほんとちょっぴり」
ねえ、とタイキにすり寄り、シェルは嗤う。
「おっかしいったらないよねぇ。人間ってさ、自分で自分たちの首を絞める存在を作ってるようなものなんだよ? その手伝いをしてるっていってもいいカミサマを……まあ別の存在かもだけど、崇めて、助けてくださいって言ってるんだよ? 笑っちゃう」
けたけたけたけた。
一通りしゃべり終えたシェルは、笑う、ワラウ。
その目が妖しく輝いていることを知りながら、タイキは今聞いたことを反芻する。
( それ おかしくない ? )
何が? どれが? でも、おかしいだろう。
違和感が膨れあがり、そして。