(25) ~ いやーな膠着状態…
王はやがて手を下ろすと、視線をデルフェールに抱えられているタイキに向けた。どうやらタイキと話をしたいようだとデルフェールが判断すると、彼はゆっくりとタイキの肩を揺する。顔を上げたタイキは、デルフェールに示され、すぐ近くに国王がいることに気づくと目を丸くした。
そんな人間らしい反応に、思わず頬を緩めかけた王は、しかしまた無表情の仮面をつけると。
「ネクロマンサー、突然の手荒な招待、誠に申し訳なかった」
「…………え」
人が、魔族が、その場にいた誰もが同じ言葉をつぶやいた。
人間の王が、魔族の長に口頭で謝罪し、頭を下げるというこの光景に。
「我が国にあるアンデットの結界は、ネクロマンサーが生まれ出でる場所……すなわちアンデットの総本山とも呼べる場所。その付近で常と異なる動きがあったがため、我らも急いた行動をとってしまった。こちらも甚大な犠牲者を出したが、それはそちらも同じこと。あなたがたの平穏を破ったこと、ここに謝罪する」
「え、え、え? なんで、なんでいきなり謝っちゃってるんですか!? ていうか騎士とかこっちに寄こしたのってあなたじゃ」
「私に魔族討伐を目的とした、騎士団の統率の権限はない。あるのは……王妃だ。そう、彼女と結婚するとき、彼女の祖国と取り決めがなされたからな」
なんとも言い訳臭い、と小声でつぶやき、国王は苦々しい笑みを浮かべる。話の引き合いに出された王妃は、魔族と言葉を交わす夫の姿に唇をわななかせ、そしてありったけの音量で叫んだ。
「な、にが、謝罪ですか。魔族は存在してはならない、すべては悪。それを排除するのは当然のことでしょう!?」
「黙れ、シャリア。私は動かなすぎた。お前の軽率な判断と命令で、一体何人の騎士と、魔法使いと、神官が犠牲になったと思う」
国王は一息つくと、話しについていけないといった表情の魔族達に顔を向け、簡単に説明した。
「我が妻は、スロンディア山脈の向こうにあるローザンダイト出身でな。遙かな時を生きるヴァンパイアであれば、その意味もわかるだろう」
「……なるほど、それであの癇癪か。よくまあ妻になどしようと思ったものだ……いや」
ロスティスラフは案外普通に国王へ返答すると、すっと目を細め嘲笑を浮かべる。
「人間というモノは、位が高くなればなるほど面倒な生き方を選ぶ……実に見ていて飽きない。愚かしくも思うがな」
「ロティ、その、ローザンダイト? ってどんなとこなのさ! 俺、結局わからなんだけど!」
解説-!と叫ぶタイキの頭をぽんぽんとなでながら、ロスティスラフに代わってデルフェールが答えた。
「この大陸で最大の国土を持つ国ですよ。その半分が人の住みづらい悪環境ながら、魔族を絶対悪という思想に基づき、最高の兵団を持つ国でもあります。ようは、一番強くて魔族嫌いな国です」
「……そこ、魔族住めるの?」
「下級魔族はほとんどおりません。しかし、眠っているものや、国もうかつに手が出せないほどの大物のごく少数は、今も暮らしていると聞きます」
デルフェールは後半、王妃に聞こえないようにさらにぼそぼそとしたしゃべり方でタイキに答えた。ふんふんと頷くと、国王が左手を軽く振るのが見え、何かの合図かと魔族達が警戒心を強めた。
国王の合図で現れたのは、黒くぴったりとした衣服をまとい、一切肌を露出させていない人間で、タイキの思い浮かぶなかで当てはまる言葉は「忍者」であった。その「忍者」は国王の足下で何かつぶやくと、現れたときと同じ唐突さで消える。
「ふむ……ヨアヒム=バルテルス。結界周辺の山々で、山賊の出没情報の減少とともに、遭難者の帰還人数が激増しているというものは、聞いているか?」
突然国王に話を振られ、隠し通路で呆然としていたヨアヒムははっと我に返ると、国王の言葉に眉根を寄せた。
「……いえ、山賊の減少は聞いておりますが、帰還者のことまでは」
「そうか。しかしシャリア、お前は知っていただろう。この国で起こる魔族がらみ『かもしれない』報告は、まずお前に届けられるのだから」
王妃は国王の言葉に、もはや返事をする余力すらないらしい。
「帰還者たちは皆恐怖に震えながらも、自分がいかに幸運に導かれて助かったかを周りの人間に語ったという。あるものはホロウフレアとおぼしき揺らめきに、あるものはゴーストに、あるものはマッドハンドの群れに追われ、ひたすら走ると山のふもとだったと。しかし、改めて詳しいことを調べてみれば、彼らは魔族に遭遇しながら、魔族に襲われ負傷したとは誰も言っていない。ある時期までは、山で魔族と遭遇すれば、必ず何かしらの怪我をするか、殺害されていたのにだ。そのある時期とは、山賊の出没情報が減少した頃とぴたりと一致する」
国王は視線をタイキに向け、デルフェールにしがみついている彼を、まるで自身の子供を見るかのような穏やかな顔で、問いかけた。
「ネクロマンサー、あなたは一体、生まれ落ちてから何をしたのか、教えてくれるか?」
『うう、うう、ネクロマンサ、こいつ、食べていいか?』
『何、言ってるか、さっぱり。もう、聞くのいやだ』
国王が問いかけるの同時に、背後から不機嫌そうな二つの声。タイキが国王に「ちょっとすいません」と言ってそちらへ顔を向けると、うーうー呻いていたゾンビたちが、目をぎらぎらさせていた。彼らの頭の上に「おなかすいた」の六文字がばっちりと見える。
「たんま! わかった、あとでご飯はちゃんとあげるから! 俺のこと迎えに来てくれたし、な!? だからもうちょっと我慢しててくれ」
『う、うー……わかった、ネクロマンサ、ご命令』
しゅん、とした様子で縮こまったゾンビたちに罪悪感が湧くも、タイキはそれを振り切って国王の方へ向いた。なにか、国王がひどく驚いた顔をしているが、とにかくさっき聞かれたことを答えようと口を開く。
「えー、山賊が減ったのは、まあ山の中にごろごろいるんだし、手近だし、ってことでみんなのご飯にちょうどいいと思ったから。で、遭難者が減ったとかは、俺が全部山から出してあげてたから。ホロとかの力をを借りてね」
おいで、と手をかざせば、ホロウフレアが数体集まって輝き、見慣れた白いフクロウ姿になった。ホロは懐かしそうにタイキの腕に飛び込むと、その頬にすりよる。
『ネクロマンサー、お会いしたかったです』
「ん、ホロありがと」
「……ネクロマンサー、その、山賊に関することはあなたが宣言していましたからもちろん知っていましたが、遭難者のことは私も初耳ですよ?」
「あー、デルにはいずれ話さなきゃって思ってたんだけど……ごめん、遅くなった」
まったく、とでも言いたげな表情で、デルフェールはため息をつく。
「いや、ホロたちに頼んで追い込んでもらうのはよかったんだけど、さっき王様が言ってたゴーストさんとかマッドハンドさんとかは、半分本気で追いかけてたからね……食いたい、けど食ったら俺にしかられるって、すっごい葛藤してたわ。まあ、一杯我慢した分、疲れて帰ってきた子たちには力をわけてあげたんだけど」
その効果もあって、武装していない村人を上手くふもとまで追い出すことができればネクロマンサーからご褒美がもらえる! と、最近ではアンデット達もゲーム感覚でやってくれていたのだという。
タイキの言葉を聞いていた人間達は、ひそひそと戸惑いもあらわに言葉を交わす。一体、魔族になにが起こったというのか。人間を食糧程度にしか見ていないはずの魔族が、人間を食べながらも、助けている?
ざわめきが波のように広がっていったところで、国王はパン、と手を打った。とたんに静まりかえる部屋の中、もう一つと言って、国王はタイキにこんな言葉をかけた。
「騎士の中に、過去、先祖がデーモンから受け、代々伝わってきた呪いをその身に宿す者がいた。今まで国の最高司祭でも解呪することができなかったそれだが……あなたは、いとも簡単に払ったという」
「え、呪いってそりゃ……あ、あ、あー! なんかここ来るまでにやった。そういえば。あれ? あれだれだっけデイジーさん」
「えっあっえと」
「ジャスタス=オズボーン。オズボーン家の跡継ぎだ」
国王の言葉に頷きつつ、タイキは後ろで悠然と鎌をかまえているヴォーゴに「知ってる?」と軽い調子で尋ねた。ヴォーゴはわずかにあごを引くと、目を閉じて当時のことを思い返した。
(昔、我らがデーモンの結界まで訪れ、ディアボロ様の呪いを受けたヤツがいたが……その末裔か)
目を開け、軽く首を回すと、騎士の中でもヴォーゴを激しく睨みつけながら武器を構える一人の男が視界に映った。彼の周囲にいる人間が、必死に彼を前へ出させまいとしているらしい。その、押さえられている男から懐かしい気配がまだうっすら漂っているのを見て、あれが、と口の中でつぶやく。
「しかし、さて、どうするタイキ」
「え、どうするって、何が?」
そこで、国王とのんびりお話モードだったタイキは、突然ロスティスラフに頭を叩かれてきょとんとする。ロスティスラフはため息をつくと、デルフェールのもとからタイキをかっさらい、ひょいとその細腕で彼の身体を持ち上げた。
「おおう!」
「まったく、お前が僕たちを止めるから、すっかり調子が狂ってしまった。城を守る魔術もだいぶ回復したようだし、ここから出て行くのは少し骨が折れるぞ。この人数だと、僕の魔法も効きづらい。無理やり力でねじ伏せるのが一番ラクなんだが、それはお前が嫌なんだろう」
「…………このまま帰っちゃダメかなー」
「お前がそうしたいなら、別に僕はアンデットでないからな。同胞が殺されたわけじゃないし、このままお前を連れて帰るまで。そうさせてくれるかどうかは」
「ここにいる人間次第、ってわけよぉ」
ロスティスラフの言葉を、ゼフィストリーが引き継ぐ。そんな彼女の瞳には、この場にいる人間すべてへの憎悪の光が宿っていた。タイキは、あの結界で起きた人間との戦いで、彼女がいくつもの足を折られ、傷つけられたのを思い出す。
ヴォーゴは息子のようにしていたリジェラスを殺されかけたことを、息子ながら情けないと思いつつ、傷つけた人間への恨みも深い。ゾンビやホロウフレアたちは言わずもがな。
話が終わったことで沈黙が多くなった広間では、騎士たちが戦意を取り戻し始めていた。魔族の雰囲気が代わったのを察した国王は、迷うそぶりを見せながらも、デイジーとともに少しずつ距離をとっていく。ホロウフレアがそれを追いかけようとしたので、タイキは慌てて呼び寄せた。
「さて……どうしようか、タイキ」
タイキの耳元で、ロスティスラフが楽しげにささやいた。
「どうしようって、どうすりゃいーんだよマジで……!」
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