(22) ~ 人と、魔族と、
タイキが封印の間へ戻ってみると、なにやら神官達がばたばたとせわしなく行き交っており、自分の身体のそばにはデイジーが一人でかがみ込んでいた。と、神官のうち数人が「ん?」という表情で周囲を見回したので、タイキは自分が霊体になっていると言うことがばれる前に、するりと自分の身体へ飛び込んだ。
(っと!)
「こ、この気配は……!」
室内に反響して、妙な感じに聞こえる神官の声。タイキは小さく呻きながら、つい、長年の癖で盛大にのびをしながらむくりと起き上がった。しかも、どでかいあくび付きで。
「ふぉああああああぁあああ……あああ、あー肩凝ってるし、なんか体中ばっきばきする……お腹減った……。身体があるってこういうことなんだなぁ」
霊体であった時は欠片も感じなかった感覚に、思わず遠い目をするタイキ。と、隣から重々しいため息が聞こえてきたので振り返ってみれば、デイジーが頭を抱えていた。
「ちょ、お、おはようございますデイジーさん? どうしたのさ。すっごい疲れてみえるけど」
「……疲れてるわよ全くもう……」
ぼそっと低い声で答えられて、タイキは条件反射のごとく彼女に向けて「ごめんなさいスイマセンでした」と言いながら土下座体勢になった。それを見た神官達がまたフリーズする。
「タイキ、ちょっとあなた手元見てみなさい」
「て、手元?」
「なんだか重いと思わないの」
「あ、なんか鎖いっぱいついてるけど、……かなり、砕けてますけど」
「…………ああもう、このテンポが疲れるわ」
そう言って、デイジーは立ち上がると近くの神官達に見張りを頼みながら、封印の間を出て行った。
その場に残された神官達は、粉々になりもはやくず鉄にしか見えない封印の枷をいじりつつ、「え、これ壊れたのってのびしたとき……かな? え、俺そんな筋力あったっけ?」と首をかしげているネクロマンサーを見つつ、その場を動こうにも動けずにいた。
しばらくすると、封印の間へデイジーが戻って来た。彼女の後ろからは、ヨアヒムや他の騎士たち、魔法使いたちに、豪奢な衣装をまとう老人が姿を現した。
騎士や魔法使い達はともかく、どこからどう見ても神官の中で偉い人にしか見えないその老人が、妙に戸惑ったような目で自分を見ていることに気づいたタイキは、なんだろうと思って思わず声を出しそうになり、
カァンッ!
「っひょえ!?」
数歩で目の前に迫ったヨアヒムが、抜刀しながら斬りかかってきたのに驚き、悲鳴を上げる。確実に左肩から右脇腹までを切り裂くルートで振り下ろされた剣だったが、見えない膜のようなものに弾かれて、ヨアヒムはこれ見よがしに舌打ちをする。
「忌々しい……!」
「……え、今何起こったのさ? 俺死んだって思ったんだけど」
ぺたぺたと身体を触りながら戸惑いの声を上げるタイキを見て、ヨアヒムは毒気を抜かれそうになるが、ぐっと堪えつつ剣を鞘に収める。
「デイジー=フローマー!」
「は、はっ!」
ヨアヒムが脇へよけると、デイジーがタイキから少し離れたところで仁王立ちになり、右手を胸に、左手を正面に向けて祈り始めた。その左手がうっすらと発光してきたのを見て、タイキの中で本能的な恐怖が呼び起こされる。
(あれは、食らったらマズイ気がする)
慌てて立ち上がり、逃げようとしたところで、デイジーと目があった。彼女はぱくぱくと何か言うような仕草をしてそっと左手を振り下ろした。
左手から放たれた純白の光は、まっすぐにタイキへと向かっていき、彼を包んだかと思うと封印の間全体を満たした。あまりのまばゆさに全員が目を閉じ、そしてもう一度目を開いてみると。
「馬鹿な」
騎士と、魔法使いと、神官がそれぞれつぶやく。高位浄化魔法の直撃を受けながらも、当のタイキは目を白黒させて、その場に存在し続けていた。
「っあー……目がしぱしぱする……。やべ、光が残っちゃった」
「……お前は、いったいなんなんだ。魔族の長ではなかったのか」
「ん?」
しばらく目をこすっていたタイキだが、すぐ近くで自分を見下ろしてくるヨアヒムの困惑顔を見つけて、表情を変えないまま返す。
「まあ、らしくないとは思うけど。俺がネクロマンサーだっていうのは、本当だ。今更になって疑ってんの? なんでまた」
「ではなぜその魔族風情に、聖者の加護が施されているッ!!」
「……せいじゃのかご、って、何?」
今度こそ言葉を失ったヨアヒムに代わって、若干顔色の悪くなっているデイジーが小声で解説した。
「最高位の神官にしか扱えないはずの、防御術。死を約束する攻撃や害などの危険すべてを遠ざける特殊な結界よ」
「チートバリア! え、俺そんなのいつできたの……? ていうかそもそも結界に神官なんているわけないし、えー?」
頭を押さえながら考え込みそうになったタイキは、面倒くさくなって思考を放棄した。どうやらその聖者の加護とやらのおかげで、自分は今まで死なないでこれたらしいということだけ把握し、軽く頷く。
ふらつきながらもゆっくりと立ち上がったネクロマンサーを見て、人々は思わず一歩退いた。その中で、やや不機嫌そうな色を宿したタイキの視線を向けられたのは、騎士団長であるヨアヒム。
「なあ、なんでまた急に襲ってきたんだよ。ここ最近は、大人しーく結界に引きこもってたはずなんだけど」
唐突な問いかけに、ヨアヒムは鼻で笑いながらも答えてやる。
「魔族が我ら人間にとって害悪であることなど、創世以来の理。いつ貴様らを狩りに行こうが、関係ない」
「人間って結構、きっかけがないと動かないモンだと思うけどね。実際、ここ何十年かは結界にまで踏み込んでくるような、大々的な狩りはされてないって教えてもらったし」
タイキは、自分が話していくうち、どんどんと心の底が冷え込んでいくのを感じていた。
こいつは、みんなを苦しめた。
こいつは、デルを殺した。
こいつは、俺を捕まえた。
……こいつは、俺を殺せない。
おれはこいつをころせるけどね?
(っ違う違う違う! なんか魔族モードになってる、ストップストップ!)
今まで静かに話していたネクロマンサーが、急に頭を押さえてぎゃあああ! と叫び始めたのを見て、大半の人間がどん引きする。しばらくして、落ち着いたらしいタイキに向けて、ヨアヒムではなくデイジーが代わって答えた。
「山の様子が、変わったからよ」
「……山の様子?」
「騎士フローマー、控えろ」
ヨアヒムが歯を食いしばりながら言うが、デイジーはタイキの方ばかり見ている。
「結界周辺の村や、麓に住んでいる人間達が魔族を目撃する回数も増えた。山の奥では血の臭いが立ちこめている。魔族の行動が、活発化しているとしか考えられないでしょう。だから、無力な者が襲われる前にもとを叩きに行った。……ねえ、本当に、力を蓄えて人間を襲うつもりだったの」
「んん? んー……ああ、なるほどね……」
デイジーの言葉をしばらく考え、飲み込むことができたタイキは「認識のずれとは恐ろしや」と早口でつぶやいた。
「何か言ったか」
「ううん、別に? ただまあ改めて、人間と魔族の溝は深いなぁと」
「今更」
ヨアヒムがこれ以上なく顔をゆがめ、効果がないと分かっているのに思わず剣にまた手を伸ばしかけたところで、封印の間の扉が勢いよく開け放たれた。驚いた神官や騎士達が一斉に振り返ると、年若い従者が顔面蒼白な様子で、息を荒らげながら部屋へと入ってくるところだった。
従者は何かを言いかけ、ふと人々に取り囲まれている小柄な少年の姿を見て、一瞬変な顔をする。だが、ヨアヒムに睨まれた途端姿勢を正し、つっかえつっかえ報告した。
「も、申し上げ、ます! ぎょ、玉座の間に、魔族が!」
「……貴様の手引きかっ!?」
「手引きなんてもんができるんなら、ここに連れてこられる間にやってるよ! 知らない知らない!」
我慢の限界を超え、ヨアヒムは再度剣を抜き放ちその切っ先をタイキへと向けたが、タイキは両手を大きく上に上げたままぶんぶんと首を横に振る。
「魔族とは、アンデットどもか?」
「あ、アンデットもいる、とのことですが……ヴァンパイアや、で、デーモンまでもが!」
「……え、みんな来たの?」
従者の叫びに、人々が皆凍り付く中で、一人タイキはきょとんとした顔で、そうつぶやいた。
ブラックなタイキが若干降臨しかけました。押さえました。偉いよ!
聖者の加護といういつの間にやらついてきたチートくんのおかげでもありますが、魔族になったためこういった恐怖(剣を向けられる、魔法をぶつけられる)にも若干ながら耐性がついている模様。
どんどんチートになっていけ。ただ、加護はそろそろお役ご免にするけどね!