(21) ~ かくれんぼしましょ
少年と目があって、しかも姿までばっちり見られいるらしいということを把握したタイキは、ふっと妙にさわやかな笑みを浮かべて、右手をびしりと立てた。
『じゃっ、そゆことで!』
「あ、待って……!」
そのまま逃げようとしたタイキに向けて、少年は慌てて立ち上がると手を伸ばす。しかし、実態のないタイキのマントの裾を、少年の手は簡単にすり抜けてしまい、ぼてっと顔面から転んでしまう。さすがにそれを見て、タイキも硬直し……結果、逃げるタイミングを永遠に失った。
『え、ええええええっとぉお……』
「お、お兄さん、ゆうれいさん、ですか?」
赤くなった鼻を両手で押さえ、ふあふあと息を吐きながら尋ねてくる少年に、タイキは頭をばりばりとかき回しながら答える。
『あー、まあ、一応? 幽霊っていうか生き霊っていうか』
「あの、僕、レイっていいます」
『ん? ああ、俺はタイキ。まーこんな身体だけど、よろしく』
そう言って、タイキは完全に逃げることを諦めて、この小さな子供の相手をすることに決めた。
彼のことは、この城に遊びに来た貴族の子供か、一番良いところで王子様かも、と予想していたのだが、実際今の国王の三人目の子供で、末の王子なのだという。
『王子様が一人でこんな裏側にいていいの?』
「だって、お部屋にいてもつまらないですし……遊び相手は、今日、来れないって」
『なんでさ』
「きけんな魔族がお城に来るから、たたかえる人以外は、なるべくお城に入れないようにって父上が」
『……あ、なーる』
ぽん、と両手を合わせて、タイキは乾いた笑い声を上げる。まさか、当の国王もその捕らえた魔族が幽体離脱して王族の一人とコンタクトをとっているなど、予想もしていないだろう。
ひとしきり笑った後、もう一度レイを見下ろす。レイは、ぽやーっとした顔でタイキのことを見上げて、風も感じないのに揺れるマントを掴もうと手を伸ばしている。
「あ、あの、タイキ」
『ん? なに、レイ』
「もし、もしよかったら、僕とあそんでくれませんか」
レイの言葉に、タイキは思わずずっこけそうになった。そして、思わず確認をしてしまう。
『あのさ、レイ。俺幽霊、おばけ、ゴーストなの。わかる? ひょっとしたら悪い奴かもしれないんだよ』
悪い奴もなにも、この世界では害悪とまで言われる魔族であるが。
「タイキ、悪い人にみえませんよ? 兵士さんたちをいじめてるおじさんたちのほうが、よっぽどこわいです」
『……多分ね、それいじめてるんじゃなくて訓練だと思うんだけどなぁ……うん、まあ、レイがそういうなら、遊んでもいいよ。何する? ちなみにどーやっても、俺とレイは触るってことができないけど』
「う、うーん……」
そこで悩み始めてしまった少年に向けて、タイキは笑って、一つの遊びを提示した。
お互いの姿が見えるだけでできる、簡単な、懐かしい遊び。
※ ※ ※
デイジーは、傍らに立つ神官たちの蒼白な顔を見て、それから床の上に変わらず寝ているタイキを見下ろした。
「では、縛っていた意識がまるごと、この身体から抜け出していると?」
「ええ、つい先ほど、内部の魔法陣に反応があり、その確認をしようとこの部屋に立ち入ったところ、魔族の気配が薄くなっており」
「おそらくは、精神体のみで行動しているものと思われます」
他にも、封印の間では幾人もの神官が書物や道具を手に、ばたばたと走り回っていた。魔法陣に欠けた場所はないか、どこかに漏れはなかった、などを躍起になって探している。
ふう、とため息をつきつつ、デイジーはそっとタイキの傍らに膝をついた。すっかりやせ細り、治りかけの傷が痛々しいその顔を見て、胸の内から何かが顔をもたげてくる。それを強引にねじ伏せて、ベルトから抜き放った短剣をそっとタイキの胸に近づけていく。
封印具ではないごく普通の短剣は、しかし、ある一定距離まで近づいたかと思うと、見えない膜のようなものに阻まれて先へ進まなくなった。聖者の加護と違い、力業で突破することはできそうだが、下手に刺激をすると何が起こるか分からない。
「とにかく、このことを団長へお伝えしてきます。他にも、精神体の捜索を魔法部隊の面々へ任せましょう」
「そうですね……では、我々もこれで」
分厚い書物と白墨を手に、真剣な表情で頷き返した年かさの神官を見送り、デイジーは封印の間をあとにした。
※ ※ ※
「あ、タイキみつけました!」
『おっと。んじゃ、次二十数えるから、ほら、レイも隠れて!』
「はーい」
きゃっきゃと楽しげに庭を駆けていく姿を見て、タイキは自然と笑みをこぼす。目を閉じて、きちんと二十数えてから、ゆっくりとあたりを漂い、金色の輝きを探し出す。
『……みっけ!』
「あう、タイキ早いですよ」
『だって、レイってば植え込みの裏ばっかりにかくれるじゃん。それに髪も服もキラキラしてるから見つけやすいんだよ。もうちょっと工夫してごらん?』
「うー、わかりました。じゃあタイキ、十数えますね!」
『了解っと』
頬を膨らませながらも、しっかりと両目を手で覆って、大きな声で数えるレイ。
霊体を利用して、植え込みに半分以上埋もれるようにしながら隠れたタイキは、久々に味わうのどかな時間を、しっかりと噛みしめていた。
と、穏やかな時間は、唐突に終わりを告げる。
「殿下、レイリーズ殿下! こちらにいらっしゃいましたか……!」
「わ、わっ」
『……ん?』
なにやら一人の兵士が、血相を変えてレイリーズを抱え上げた。ヨアヒムたちのような騎士には見えないが、上品な衣服に腰のベルトに差し込まれた一振りの剣の雰囲気からして、兵の中でも上位に位置するものかな、とタイキは適当に当たりをつけた。
その兵、王宮近衛兵の男は、ばたばたと暴れるレイを抱えたまま、あっという間に庭から走り去っていってしまった。その様子にただならぬものを感じたタイキは、軽く首をかしげつつ、屋外にある廊下へ近づいていく。
使用人達よりも、魔法使いや騎士といった戦闘員たちが数多く行き来する廊下を眺めつつ、彼らのこぼす言葉を拾い上げ……タイキは、引きつった笑みを浮かべた。
『え、俺が抜け出したの、バレてる?』
さらに、王族達の方でもそんなタイキに聖具を使ってとどめを差すかどうか、どのような手順で、誰が行うかで大激論が繰り広げられているらしいとのことで、さすがに自分の身体が心配になったタイキは、慌てて封印の間へと飛んでいった。
ほのぼのが書けたぁあああああ(バンバン
それだけで、なんか、ちょっと気分向上(自分で言うかな
さあて、ここからどんどん展開を早めて、いけると、いいな……!
……感想、誤字脱字報告、いつでもお待ちしてますよ? |ω・)<チラッ