(20) ~ 黄金と漆黒の遭遇
「これが、ネクロマンサー? 亡者達を統べるという、あの……」
「実際、結界の奥で守られていた存在だった。見た目には、人間の子供とそう変わりないがな」
薄暗い石造りの部屋一面に描かれた魔法陣の、ちょうど中央に寝かされている魔族の姿を見て、神殿の最高司祭は眉根を寄せた。
「確かに、強大な力は感じますが、これまた妙な」
「妙な、とは?」
「魔族特有の、禍々しい気や障気が一切感じられぬのですよ。もしも、彼があのまま町へ紛れ込んで生活していたとして、魔族として感知できたかどうか。その上で、お聞きしますぞ。あれは確かに、結界で守られていた最上級魔族なのですな?」
最高司祭の強い視線を受けながらも、ヨアヒムは変わらぬ表情で頷いた。自分でも、彼の子供の姿を見たときには何かの間違いかと思ったが、彼を守る魔族たちや、あの生気を奪う黒い風……魔族でない、わけがない。
「では、これより聖具の使用準備が整うまでの、封魔の儀を執り行う」
ここに運び込まれるまでに、幾重にも意識を縛る術式を施されたタイキは、傍目には安らかに眠っているようにしか見えない。
そんな彼を冷たい目で見下ろしながら、最高司祭は細身の短剣を垂直に構え、タイキの胸へと真っ直ぐに突き込んだ。ヨアヒムとともにこの部屋までついてきていたデイジーが、さっと目を伏せる。
しかし。
キィ……ン
「な……馬鹿な!?」
「封印具すら弾くというのですか!」
「おかしい、ここは結界内部ではないというのに!」
混乱する神官や司祭達が、口々に言い合う。そっとデイジーが目を開けてみれば、愕然とした表情の最高司祭と、変わらぬ姿で眠り続けるタイキ、そして遥か後方へはじき飛ばされたらしい短剣が見えた。
「……団長殿、これは、陛下にご報告を申し上げねば。その中には、確かにこの者がネクロマンサーであるかどうか、も含まれますぞ」
「なっ!?」
ヨアヒムの表情が一変する。なぜだ、と最高司祭を怒鳴りつけようとしたヨアヒムに向けて、最高司祭は力なく振り返り、答える。
「この者には、神に仕えし聖者の加護が施されております……なんぴとも、彼の命を奪うことを拒絶する、最上級の防御術にございます」
最高司祭の言葉に、部屋にいた神官、騎士、近衛兵達は凍り付いた。
※ ※ ※
一方、ネクロマンサーが城内へ運び込まれ、封魔の儀が行われていることを報告した一兵士は、玉座の間を包む異様な空気に冷や汗が止まらなかった。
「では、次の報告までもうしばしお時間を……」
「次の報告など結構。さっさと、魔族など片付けておしまいなさいよ!」
ヒステリックな女の声が響き渡り、兵士は顔を伏せたまま硬直する。
周りよりも数段高くなった王の座の隣に座るその女は、王妃シャーナリアである。彼女は唇をわななかせながら、手にした羽扇を強く握りしめている。
「あなた、なぜ、魔族を城に招き入れるような愚かな真似を……! 魔族は害悪にしかなりません。国が、どうなってもよいというのですか!?」
「少し、静かにしろシャリア」
玉座に深く座り、額に手を当てていたグランベルトは、底冷えする視線をシャーナリアへと向ける。シャーナリアはびくりと肩を震わせつつ、自分の言葉を撤回する気はさらさら無いようだった。
「にしても、こんなに呆気なく最上級魔族を生け捕りにできるなんて、今代の騎士団はよほど質がいいのか、それとも魔族が間抜けなのか……どちらも、ということだって考えられるけど」
「少々興味深くはあるね。父様、もしお許し下さるのでしたら、王家の聖具を使うときは僕に任せていただいても?」
「なっ、アル、抜け駆けはよくないと思うわよ!」
そんな会話をしているのは、第一王女ハルディーネ=エル=ラ=フォリアルと、第一王子アーデルベルト=エル=ディム=フォリアルである。今まで兵や騎士達からの報告でしか魔族に関して触れることができなかったため、今回の事態には好奇心が刺激されているらしい。
だが、そんな二人に向けて悲鳴のような甲高い声をあげたのは、シャーナリアだ。
「なん、なんてことを!! 二人とも、あのような不浄なものに好んで関わろうなどと思ってはなりません!!」
魔族の存在を絶対悪とする国から嫁いできた母の言葉に、二人は肩をすくめながら小さく小さく息を吐く。それは、グランベルトも同じことだった。
※ ※ ※
さっきから、妙にふわふわする。
拘束具で身動きがとれない上、意識も封じられたはずのタイキだったが、なぜか、水の中に浮かんでいるような奇妙な浮遊感を抱いていた。ゆっくりと、目を開く。目の前には薄暗闇が広がっていたが、その先に、ぽつんと小さな明かりが見える。
(なんだろ、あれ)
気になって、手を伸ばそうとしてみる。少し重かったが、すぐに自由に動くようになった。
次に、頭を起こす。背中を伸ばして、腰を浮かせる。最後に、足をばたつかせて、光に向かう。
と、何かを突き抜けたような感覚を得て、タイキは思わず振り返る。
そこに、死にそうな顔をして眠っている自分の姿があった。
『っでぇええええええええええええっっっ!!!!!? 俺、死んだ!? しん、死んだの!?』
大いに取り乱すタイキだったが、ふと、自分の頭を押さえる手をまじまじと見つめて、またも仰天する。うっすらと青みがかったそれは、半透明だった。
『……ゆ、幽霊?』
本当に死んでしまったのか、と息をのむタイキだったが、試しに寝かされている自分の身体に手を伸ばしてみると、先ほどまで手を伸ばしていた小さな光のように、タイキの胸の中心に小さな黒い闇があった。そこをじっと見つめていると、ふっと吸い込まれそうになる。
慌てて身を引くと、引力はあっさりと消えてしまった。
『えっと、これ、幽体離脱って、ヤツかな?』
極限状態になったため、タイキオリジナルのネクロマンサーとしての能力が開花したのか。それともそういう魔法を習得したのか。
どちらなのかはタイキには判別できそうになかったが、とりあえず移動することが可能になったので、まずは自分が寝かされている部屋の検証に移った。
『わ、この印触ったらびりびりする……なんかやばそうだな』
部屋の至る所に描かれた魔法陣をつつきながら、そんなことをつぶやく。実は低級魔族の魂なら簡単に消し飛ばしてしまうような強力な封印の波動を発している陣なのだが、タイキにはちょっとした静電気程度にしか感じられない。
しばらく部屋をぐるぐると回っていたタイキだったが、部屋の外も見てみたくなったため、陣が描かれていない小さな隙間に向けて手を突っ込んでみる。ここを通って向こうに行きたいな、と念じると、タイキの身体はその隙間と同じぐらいのサイズにまで縮んで、いとも簡単に壁をすり抜けることができた。
幽霊状態での移動の仕方や裏技などを見つけながら、タイキは城の様々なところを回りつつ、最後には場外へ飛び出した。久々に見る太陽に、眼を細めて喜ぶ。
『っあー、すっげぇいい天気!』
しばらく空中で陽光の気持ちよさを味わいつつ(といっても身体がないので雰囲気のみだが)、タイキは城下町を見下ろした。幾人もの人間が通りを行き交い、談笑し、時には路地裏で喧嘩などをしている者もいる。
中世ヨーロッパを絵に描いたような光景に、タイキは改めて、ここが異世界であると言うことを再確認させられることとなった。そっと胸に手を置いて、深呼吸する。
『さて、城の中はなんかばたばたしてたし……どこか静かなところでも探そうかな』
そう言って、タイキが降りていったのは城の裏手にある庭園である。よく手入れされた草花が茂るその場所は、王宮のゴタゴタなどを忘れさせてくれるような静寂に包まれていた。
ゆっくりと植え込みの間を浮遊していたタイキは、その庭園の奥にぽつんと存在していた金色をみて、目を丸くする。
『子供?』
上品な服を着た金髪のその子供は、ぺたんとその場に座り込んで目の前の白薔薇をぼんやりと見つめていた。
こんなところでどうしたんだろう、と不思議に思ったタイキが後ろに近づいて、同じように白薔薇を見ていると、不意に子供が振り返った。
キョトンとする両者。タイキは、幽霊状態の自分にまさか気づいたわけでもなし……と軽く首をかしげたのだが。
「透けてるお兄さん、誰ですか?」
『えっ、嘘バレた!?』
ちょっぴりほのぼのな予感。今までシリアスばっかり書いていたので、これからの展開が楽しみです。