(19) ~ 清き王宮…真実は
今回は、あんまりタイトルがうまくないです;
なんというか、人間サイドから見た魔族に対する思いというか、そういうのが伝わればなあ……みたいな。
まあ、ファンタジーでは王道ともいえる反応ですけれどね。
ガラァァァン…… ガラァアアアアアン……
「…………鐘の、音?」
一筋の光すら差し込まない檻の中で、タイキはゆっくりとその身を起こした。道中、結局食べる物も飲む物も一切与えられなかったため、体は軽く感じるのに力がうまく入れられない。それでも、タイキはなんとか座る体勢をとって、耳を澄ませた。
「ひょっとして、着いた、のかな」
遠くから響く、鐘の音。ゆっくりと何度も繰り返されるその音は、しかしタイキの心に不安ばかりを植え付けていく。
と、移動が終わった。一度大きく揺れて止まった檻の周りを、ざわざわと騎士たちの声が取り囲む。やがて、檻にかけられていた布の一部をめくって、デイジーがランプを片手に中へと入ってきた。
「あ、デイジーさん」
「……すっかり痩せたわね」
「あはは、なんにも食べてないから」
もうお腹空いたって段階越えちゃった、と笑いながらタイキが答えると、デイジーは小さく息を吐き、目を伏せた。
「今は、日が昇って幾らか経った頃よ。正午には王都に入るわ。騎士の中にはあなたの姿を晒していけという者も少数ながらいるけれど、多分許可されないわね……ただでさえ、王都市民の魔族嫌悪の度合いは、他の町と比べものにならないのだから」
「……ねえ、なんでわざわざ俺を、そんな王都なんて重要なところにまで連れてこようなんて思ったの? 自分で言うのもなんだけど、あそこで殺されても、おかしくなかったって思うんだけど」
殺される、と自分の口から出た言葉に思わず肩を震わせるタイキを見ながら、デイジーは極力感情を排した声色で答えた。
「殺せなかったからよ。まだ正確に判断することはできないけれど、あなたにはどうやら最上級の結界か何かが施されているようだから……王家に伝わる秘具をお借りしようと」
「…………えーっと、あの、今まで俺からいろいろ話しかけたりしたけどさ、デイジーさん俺にちょっとしゃべりすぎじゃない?」
ぽけっとした顔で指摘するタイキに、デイジーは無表情で硬直し、次いで勢いよく両頬を叩いた。乾いた高い音が三度ほど響きわたる。
「ちょ、ちょっとちょっとちょっと!!!」
「口が滑ったわ」
「…………せめて、一回でいいんじゃないかな」
引きつった笑みを浮かべたタイキは、これ以上自分と話して彼女が完全に墓穴を掘る前に、「じゃーお仕事に戻った戻った」と言って檻から追い出した。デイジーは困惑した表情を最後に見せたが、わりかし素直に檻を出ていった。
「にしても、王都かー……。俺、ホント生きてられるかな……」
一つ、タイキは身震いして、深い深いため息をついた。
※ ※ ※
(まったく、もう……あんなに口が軽くなるなんて、騎士失格だわ……)
それも、相手に言われて気づくなんて、と肩を落としながら檻から出てきたデイジーは深いため息をつく。
何度話してみても、同じことを思う。同じ結論に達する。……彼が、今まで見てきた魔族のような『邪悪』にはどうしても見えない、と。思わず口を滑らせてしまうくらい、どこにでもいるような、普通の少年にしか思えないのだ。
と、しばらく檻のそばでぼうっと突っ立っているデイジーのそばに、険しい表情を浮かべたヨアヒムが近づいてきた。遅れてそれに気づいたデイジーは、さっと顔を青ざめさせて上官に対する礼の姿勢をとる。
「だ、団長、いかがされましたか」
「いかがされました、というのは、むしろお前にかけたい言葉だな。……騎士デイジー、最近ずいぶんと檻の中にいる時間が増えてきている。同胞を疑うなど自分でも虫酸が走るのだが……よもや、妙な術をかけられたりなどしているのではないだろうな」
厳しい団長の言葉に、デイジーは思わずうつむく。
「……申し訳ありません。しかし、私にはあれが、その、我らを苦しめ同胞を幾万も屠ってきた魔族の長には、とても見えなくて……」
「……まあ、そうだろうな。ジャスタスの一件から、私もたまに観察をしに来ることはあるのだが、町の子どもと大差なく思える」
ヨアヒムの意外な言葉に、デイジーは目を見開いて顔を上げる。だが、ヨアヒムは相変わらずの表情を浮かべたまま、軽く剣の柄を揺らした。
「しかし、結界内部であれが魔族どもに守られていたというのもまた事実。あの態度が、自身の姿を有効に使うための演技ではないと言い切れる保証もどこにもない。気を抜くな!」
「は、はっ」
そこまで言って、その場を離れていくヨアヒムの背を見送りながら、デイジーはそっと胸に手を当てる。檻の中へ入っていって、出迎えてくれたタイキの表情。仕事があるからと言って出て行くときに、「頑張ってね」と送り出してくれるちいさな声。
それらすべてがいちいち、もう何年も前に会うことが叶わなくなった友人を思い出させて。
「……魔族だからって、すべてが邪悪なんて思わないでね、か……」
そっと右の耳たぶに触れると、小粒の赤い石がついたピアスが揺れた。
※ ※ ※
第一の城門が開け放たれ、ファンファーレとともに騎士団が行進していく。
大通りの端に並ぶ住民たちは、精悍な顔つきで、ただひたすらに前を……往生を見据えながら歩いていく騎士たちを見て、歓声を上げた。
そして、とあるものが王都内部に現れた瞬間、住民たちの歓声は一転、怨嗟の叫びとなる。
「魔族だぁっ!!」
「あいつが、私たちの家族を……っ」
「ぶっ殺せぇ!!」
わあわあと、厚い布のかけられた檻に向けて発される罵詈雑言。
「っ、団長、このままでは我々にも危険が及ぶ可能性が……! 近衛の者たちは、一体どうしたのですか!?」
「城門の方で、準備は整ったとだけだったからな……ちっ、連絡が滞って……」
と、そこで団長はふと目を細め、更新停止の合図を出す。笛の音が鳴り響くと、騎士たちはとまどい顔のまま、直立不動の体勢をとった。
行進を止めた騎士団の前には、金糸銀糸のまぶしい正装姿をしている王宮近衛兵たちが無表情で整列していた。その中から、近衛隊長とおぼしき人物が一歩前へ歩み出て、ゆっくりと王家の家紋が印された書簡を掲げた。
「正妃、シャーナリア=エル=ラ=フォリアル様より、騎士団および魔族の即時王都退去を命ずる!」
「なっ……!」
近衛隊長の言葉に、騎士団たちはにわかに気色ばむ。ヨアヒムは強く両手を握りしめながら、なるべく静かな声で問いかけた。
「すでに、便りは出してあったはずですが。最上級魔族の息の根を止めるため、王家に伝わりし聖具の力をお借りしたいと……」
「王都に魔族を、しかも種族を統括する長を招き入れるなど、どのような理由であっても、あり得てはならないこと。即刻、王都を出て、魔族の処理をせよ」
「われわれの力ではあれ以上、どうすることもできなかったのです。王家か、神殿の最高司祭様のお力をお借りせねば!」
「これ以上王宮に魔族を近づけるようなことがあってはならない!」
互いに一歩も譲らぬ押し問答。ヨアヒムと近衛団長がにらみ合う中、二人の応酬を耳にしていた市民達までもが、それぞれどちらかについて仲間割れをし始めた。
「王様あ、王妃様あ! 魔族なんて、ころっとやっちまってくださいよお!!!」
「ふざっけんなっ! 魔族ごときで王家の方々のお手を煩わせようってのかぁ!?」
「頼むから、さっさとやってくれ!!」
「……団長、このままでは暴動が……!」
「ちぃ、あんの頭でっかちが……! 王妃の命令の前に、陛下のお言葉を教えろというのにっ」
ここまでの道のりで、最上級魔族とともに居続け精神をすり減らしていた年若い騎士達も、血走った目で周囲を見てうなり声を上げる始末。このままでは、本当に手に負えない事態に発展してしまう。もしその中で、ネクロマンサーの封印が解けてしまえば……どうなるか。
短いため息を一つ、ついたところで、ヨアヒムはもう一度近衛隊長に向けて物申そうと息を吸い込んだ、そのとき。
「静まれぃっ!!!」
大喝。
その、誰しもが聞いたことのある声によって、市民や騎士団、近衛兵達はそろって動きを止めた。
声のした方を振り返れば、さざ波のように人々が道を空けていくところを、一人の壮年の男がゆっくりと歩いてくる。
「国王陛下……」
自然と、ヨアヒムは膝をつき頭を垂れた。彼の前で、国王グランベルト=エル=ディム=フォリアルは立ち止まると、近衛兵たちに向けて手を振った。
「彼らを神殿地下まで案内しろ。魔族の大規模な封印施設が、まだ残っていたはずだ。すぐに司祭や上級神官たちを集めろ」
「へ、陛下、しかし」
「このまま町の外へ魔族を放り出して、どうなる。聖具が必要だというのなら、私が使って、こやつの息の根を止めてやる。シャリアの命令は、私が撤回する。行け!」
「は、はっ!」
近衛兵達は騎士団を先導する部隊と、突然この場に現れた国王を護衛する部隊の二手に分かれて行動を開始した。
王の姿が見えなくなると、近衛隊長は苦々しさを顔一面で表しながら、騎士団についてくるよう指示をだす。ヨアヒムは軽くため息をつくと、伝令係に行進開始の合図を出させた。
と。
「死んじゃえ、化け物!」
幼さの残る少年の声が大通にこだまし、ひゅん、と小さな石が飛んできた。威力のない石は騎士達の頭上を飛び越えると、布のかけられた檻にぶつかって、落下する。
それが、皮切りとなった。
「だん、団長!!! 市民達が……!」
「分かっている!!! おい! 近衛と騎士を最低限だけ檻の周りに残して護送、他は市民たちの沈静化へまわれぇっ!!!」
飛び交う石や木の枝を盾で防御しながら、ヨアヒムは近衛隊長に向けて怒鳴りつける。近衛隊長は舌打ちをしつつも、部下の半数以上を周囲に散らした。
そして、ネクロマンサーを捕らえた騎士団たちは、人々の罵声を背に、王宮へと足を踏み入れた。
…………そろそろタイキ視点でほのぼのしたい。