(17) ~ 捕らわれた、ネクロマンサー
着々とイタイ描写が出てきます。
主人公がリンチにあいますイタイです。
タイキは、目の前の光景に何の言葉も発することができなかった。
(人間の、騎士だ。あれは、魔法使い?)
以前結界の外で会った狩人ハンスの次に、出会った人間。
彼らは、タイキの友人達を、家族とまで思えた彼らを殺そうとしていた。
(リジェ、すごく痛そう。リッパーさん、バラバラにされてる。ゼフィの足、何本も切られてる)
今まで『供給』の度、祭壇でたくさん話した下級魔族達も、地に倒れ伏したまま動かない。
タイキがちらと足下を見ると、上手く人の手の形を構成できていないマッドハンドが一体、嫌な水音を響かせながら近づいてきた。途切れ途切れの声で、それは懇願する。
「ねく、ろ、まんさ、おにげ、くださ……」
「マッドハンドさ」
タイキが力を注いであげようと手を伸ばす。が、それよりも一歩早く、マッドハンドの形は完全に崩れた。あとには、ただの泥が残るのみ。ぱしゃり、と泥の中に手を突っ込んで、タイキは固まった。
どれほど固まって、いたのだろうか。
みんなが口々に叫んでいる。
「おいタイキ、逃げろっつってんだろ!? 立てってば、立てぇっ!!!」
『タイキお願いよぉ! まだデルフェールがいるわ、彼と一緒に!』
『ボーッとしてんじゃねぇぞリーダーぁあ!』
リジェラスが、ゼフィストリーが、リッパーが。
声は届く。確かにここは酷く危険だ。さあ、逃げなくちゃ。
それでも、タイキは泥をつかみかけたまま、座り込んだまま、動けない。
そんな彼の下へ、一人の騎士が近づいていった。ヨアヒムは、足下にうずくまったまま微動だにしない少年を見下ろし、困惑の色を浮かべた。
(まさか、こんな子どもが、本当に?)
思いつつ、アンデットやそれ以外の魔族達の騒ぎ様からいって、まず魔族の中でも重要な存在であることは確かだと感じ、ヨアヒムは手に持った剣を振り上げる。
と、何かの気配を感じ取ったのか、タイキがゆっくりと顔を上げた。ヨアヒムのグレーブルーの瞳と、彼の漆黒の瞳が、互いの色を映す。そして……漆黒の奥に、感情の炎が揺れた。
(まずいっ)
本能で危険を察したヨアヒムは、すべての躊躇いを捨てて剣を素早く振り下ろす。魔族達の絶叫が、響き渡る。
ぞむっ
ヨアヒムが感じた手応えは、ほとんど、ないと言ってよかった。
それも当然……彼は、『腐りかけの体』に剣を突き立てたのだから。
「……で、る……?」
「タイキ、タイキ、大丈夫ですか」
いつも、見ているだけで温かい思いが胸の内に生まれた、そんな彼の、デルフェールの変わらぬ笑顔が、少し遠くに見えた。けれど、彼の体は目の前にある。瞬き一つして、タイキは彼に後ろへ突き飛ばされたのだと気づいた。
ヨアヒムとタイキの間にあるデルフェールの体は、左肩から右脇腹にかけて綺麗に切断されていた。どさりと音を立てて、下半身が倒れる。先に地に落ちていた上半身は、笑顔を浮かべた顔をタイキに向けて、軽く息を吐いた。
「ああ、よかった。タイキ……」
タイキに目立った傷がなかったこと、ただそれだけを安堵して、デルフェールは目をつむる。
彼の体が、塵となった。
それを目の当たりにしたタイキは、
吼えた。
※ ※ ※
黒い嵐が、結界の中をこれでもかと暴れ回る。
うっすら黒く染まるその風に触れた者達は、例外なく青い顔をしてバタバタと倒れていった。ヨアヒムはその光景を見て、まるで呪いのようだと戦慄する。
目の前には、あの黒い子ども。
頭を抱えて両手で耳を塞ぎ、ガクガクと体を揺らしながら絶叫し続けるその姿は、まさに子どもの癇癪としか言えない。だが、彼の絶叫に合わせて、彼の足下から黒い風が吹き上がる。ヨアヒムが今だ倒れずにいられるのは、ただタイキに近すぎるせいで風が彼のほうに向かってこないからであった。
「っ団、長」
「おいっ、大丈夫か!?」
背後から聞こえた声に、ヨアヒムはぎょっとしながら振り返る。頭から血を流し、顔面蒼白な副団長が、自身の剣を杖代わりにしてここまでやってきていた。
「この風……抵抗しようと思えば、抵抗できるみたい、ですな。まあ……派手に動くことは、できませんが」
副団長の視線が、叫ぶタイキに向けられる。その視線はただ、滅ぼすべき魔族に向けられる冷淡さしか含んでいなかった。
「団長、早くそいつにとどめを。そうすれば、我らの目的は、果たされます」
「……ああ」
副団長の言葉に、ヨアヒムは頷く。そして、今度こそ誰も阻む者がいなくなったタイキの無防備な首に向けて、剣を振り下ろした。
が。
キィン
「……?」
あと指一本分、というところで、刃がそれ以上進まない。別の方向から斬りつけても、なぜかヨアヒムの剣はタイキに届くことはなかった。
「おい、これは一体……」
「だん、ちょう。どうされました……っ」
「ちっ、魔法部隊!? まだ立てる者はいるか!? 封印の陣を組めっ!」
嵐の中、ヨアヒムの声を聞いた魔法使いたちが、ふらふらと立ち上がる。頼りない足取りで彼の下へと向かい、タイキに向けて手を伸ばす。その内、一人だけ装飾されたローブを纏う壮年の魔法使いが、鈍色の枷を取り出した。枷にはびっしりと封印の呪が刻まれている。
『「封印よ」』
最後の力を振り絞り、魔法使い達は呪を紡ぐ。それに合わせて、手かせのルーンが明滅した。
詠唱が完了すると、枷は一度光の粒へと変換され、するりとタイキの全身を包み込んだ。光が弾けると、黒い風も消え、枷と鎖で全身を拘束され気絶したタイキが、その場に転がっていた。
「団長、一体、どうされますか」
問われて、ヨアヒムは顔をしかめる。品自体は一級品とはいえ、封印の枷の使用手順がこうも簡略化されてしまっては、およそ足止めが精一杯。このまま結界内部に放置してしまえば、またすぐにこれは……ネクロマンサーは活動を開始するだろう。
「さらに封印を重ねた上、これを連れて永久墓地を脱する。ただの剣では、これに傷を付けることはできないようだからな。王家に伝わる聖具の力が必要になるかもしれん」
「お、王都へ魔族を連れていくのですか!? しかも、リーダーですよ!?」
「分かっている!!! だがこの場に置いていくことも、この場でさらに封印を強化することもできまい!!!」
ヨアヒムの言葉に、生き残った者達は口をつぐむ。そして、ゆっくりと頷いた。
「さあ、まだやらねばならないことがある。魔族共を薙ぎ払え」
神気にあてられながらも、主を救おうと殺気を放ちながら騎士たちに迫るアンデット。
……最後の戦いは、騎士団の逃走という『勝利』に終わった。
ネクロマンサーは、結界の外へ、人間の地へと連れ出されていった。
※ ※ ※
ガタリと床が大きく揺れて、弾みで側頭部を打ち付けたことでタイキはぼんやりと目を覚ました。何度か瞬きを繰り返すが、周囲は真っ暗で何も見えない。半分顔を床に押しつける形になっているが、眼鏡をどこかに落としたせいか違和感はない。
と、ばさりと布をめくる音がして、タイキのいる空間に赤い光が差し込んできた。思わず目を細めると、光の差し込む隙間から入ってきた人影が小さく口笛を吹いた。
「やべぇな、おい、起きたんじゃねーのアレ」
「本当か。……報告にいってくる」
人影は何やらごそごそとやりとりをしていたが、片方の声の主が去っていくと、もう一方は奥の方まで入ってきた。彼はタイキの目の前で止まると、微動だにしないタイキの額を遠慮無く蹴りつけた。
「ぎゃっ」
「んだよ……攻撃効かねーとかだんちょー言ってたくせに、効いてんじゃん」
彼は酔っているのか、時たま呂律が回らなくなっていた。ひひひ、と下品な声で笑いながら、タイキを蹴りつけ、罵倒する。
「チクショーチクショーチクショーてめぇらのせいでてめぇらのせいでッッッ!!! 両手足の指の数じゃあとても足りなかったダチが今は何人残ってるよ? ああ? クソッタレ!!!」
「げふっ、がっ!」
顔だけではなく、肩、胸、腹、腕など、手当たり次第に蹴りつけられ、元いた世界でもこちらの世界でも初めて味わわされた暴力の嵐に、タイキは泣いて吐いて叫ぶことしかできなかった。未だに拘束され続けているため、まともに受け身をとることすら許されない。
と、なにやら薄暗闇の向こうが騒がしくなった。タイキを蹴り続ける人影が入り込んだ隙間から、さらに数人の人影がドタドタと入り込んで、暴走する彼を押さえつける。
「ジェル、何やってんだ馬鹿! てめぇも死にたいのかよ、ああ!?」
「拘束具ぶっ壊れて、俺達までまとめて殺されたらどうなると思ってんだよぉっ!」
「うっ、ぐ……はな、はなせよぉ、こい、コイツぶっ殺せば、敵討ちに……」
「団長が手ぇ出すなっつってた命令も忘れたかッ!!!」
大柄な男が、喚く人影の頭部に肘鉄を加える。すさまじい音がして、人影はそのまま動かなくなった。彼らは人影を抱え上げると、極力転がっているタイキの方を見ないようにして、暗がりから出て行ってしまった。
(い……だ、い……)
ぜひゅ、と嫌な音が口から漏れた。口から出ているのは唾液なのか血液なのか、いまいち判別がつかない。が、鉄の味が混ざってはいるので、どこかしら出血してはいるのだろう。願わくは、肋骨に支障がないことをとタイキは願う。
他に重傷そうな場所は、蹴りつけざま何度も踏みつけられた右手だった。何度か骨が鳴っており、少なくとも人差し指と中指は確実に折れているだろう。
(でる……ほろ、ぜふぃ、りじぇ……デル)
何度も、何度も彼らの名前を頭の中で繰り返す。全身が熱を持ち、意識が霞みかけたその時だった。
ばさり
「っ」
誰かがまた、この暗がりに入ってきたようだった。思わず身を縮こまらせて、瞬間体に走った激痛にうめき声を上げる。入ってきた人物は静かにタイキのそばへ近づいてきて、彼の頭のすぐ横に膝をついたようだった。
(……?)
何故何もしないのだろう、とぼんやりする頭で思っていると、首の辺りでガキンッと金属同士がぶつかるような、耳障りな音が聞こえてきた。出来る限り顔をしかめて沈黙を保っていると、その人物が口を開いた。
「……通常攻撃は通じるようだけど、即死級の攻撃は、解除……? いえ、即死級か刃かは、まだ分からないか。まさか、聖者の加護が魔族に為されているわけ、ないし……」
(女の人?)
明らかに他の人間よりも高く、柔らかさを含んだ声色に、タイキは目を見開く。そして、人間に対して最大の脅威であるはずの自分のそばでこうも無防備な彼女のことが気になって、タイキはなんとなく身じろいだ。体勢を変えて、彼女の顔を見上げる。すでに暗闇には目が慣れていたし、魔族の体質も相まって、彼女の顔立ちや服装ははっきりと確認できた。
ゆるくウェーブのかかったオレンジ色のショートヘア、ぱっちりとした目は澄んだ茶色である。着ているものは魔族の結界内で一番人数の多かった騎士たちの鎧とほとんど同じデザインで、女性専用なのか、若干フォルムが柔らかくなっているのが特徴的だった。
タイキに見上げられていることに気づいた女性騎士は、思考の海から一気に浮上し、はっとした表情で彼を見返す。数秒、両者ともその体勢を維持していたが、やがて女性騎士の方が耐えきれずに立ち上がっていってしまった。
「ぅう……」
なるべく右手を刺激しないようにして、最初の体勢に戻ったタイキは、最後に見た女性の表情に少なくない疑問を抱いた。
(どうしてあんなに、辛そうだったんだろ……俺、魔族なんだろ? 殺さなくちゃ、いけないんだろ)
ぐるぐると疑問が脳内で渦巻くうちに、タイキは気を失うようにして眠りについた。
まあ、少し強引すぎる気が……(汗
『王宮編』は、基本ダークサイドです。序盤における人間と魔族の接触なので、雰囲気最悪です。
ただ、次の話でほんの僅かに浮上するかも?