(16) ~ ホウカイノオト
お久しぶりです!!!
さて、始まりました『王宮編』。最初からハードにシリアスってます。
『結界編』における第七話、第八話を越える勢いで。
しかし序盤は大体こんな感じ……ほ、ほのぼのもちゃんとしますからー!
ザッ
土埃が舞い、白銀の甲冑や純白のローブに身を包んだ人間たちが、それぞれ厳しい表情を浮かべて、目の前に続く山道を睨む。
「―――突撃する」
※ ※ ※
本のストックが尽き、『供給』も昨日のうちにすませてしまったタイキは、ダイニングテーブルに突っ伏していた。
「デルー、俺どうしよう? こういうのもなんだけど、能力探しは飽きてきちゃったし、魔術訓練もリジェのヤツこれ以上教えてくれないみたいだし……」
「まあまあ、のんびり構えていらっしゃればいいんですよ。そうですねー、では今度は私が教えられる範囲での、この世界の歴史なんてお話ししましょうか」
「歴史かあ、うん、デルの話なら眠くならなさそうだ。じゃあお願い!」
あっという間に目をきらめかせて、タイキはパタパタと足をテーブルの下でばたつかせた。その様子に微笑みを浮かべたデルフェールだったが、ふと上着の裾に違和感を感じて振り返る。
視線の先には、珍しくタイキの前だというのに火の玉形態のホロウフレアがあり、それはタイキの目を盗むようにしてデルフェールに近づいていた。くいくいと裾を引かれ、そっと手を伸ばしてみるといきなり念話を行使された。その内容に、表情には出さないまま焦る。
「……ふむ」
「デル?」
「すみませんタイキ、少し用事ができてしまいました。ホロたちとお話ししててください」
「うん、いいけど」
立ち上がり、そのまま真っ直ぐ玄関から出て行ってしまったデルフェールの背中を眺めつつ、タイキはフクロウ姿のホロを抱え込むと、首をかしげた。
……デルフェールはタイキの屋敷を出ると、いつもとほとんど変わらぬ態度のまま『供給』を行なう祭壇へと向かっていった。ホロウフレアの先導で辿り着いたその場所には、すでに見慣れた面々が、今までにないほど厳しい表情を浮かべて集まっている。
「……誰か、詳しいことを知っている方は? この際上級、下級などといった等級は無視します」
「つっても、いきなり発言できるよーなヤツぁいねぇだろ。俺からちょいと言わせてもらうぜぃ」
ガチャン! と騒々しい金属音を響かせながら、リッパーが淡々と報告を始める。
「表の世界で麓の方を見回ってたビーストどもと、連絡がとれなくなっちまってんだ。偵察に行ったゴーストどもも、突然念話が途切れたりで、ここに戻って来たヤツぁいねぇ」
「私の眷属たちも多少散らせては見たけど……どうにも、山の至る所で浄化が行なわれた形跡があるわ」
「はん、これまた唐突な魔族狩りだな、くそっ」
リッパーとゼフィストリー、二人が口々に報告するのに対して、その内容に耳を澄ませていたリジェラスは爛々と両目を光らせ、吐き捨てる。
デルフェールはぎゅっと目をつむると、しばらく何かを考え込んでいたようだが、すぐに元に戻って下級魔族たちにも聞こえるように大声で指示を出す。
「ここにはまだ、私たちが手に入れたばかりの、お生まれになったばかりのネクロマンサーがいます。あの方は人間相手の戦闘どころか狩りもできません。力こそ歴代のネクロマンサーと比べれば圧倒的ですが……私たちのすべきことは、ただ一つ! 全力で、この永久墓地を、ネクロマンサーをお守りしましょう」
ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!
集まった魔族たちが、全霊を込めた雄叫びを上げる。新しきネクロマンサーの恩恵を受け、彼らは今までにないほどの力を有していた。
恐れるな、恐れるな。
真に恐ろしきは、我らが主を失うこと。
それ以外の、何を恐れる?
……魔族たちが種族を越えて団結しようとしたとき、永遠の夜の世界を作り出している結界のどこかで、ガラスが砕けるような音が響いた。
※ ※ ※
「…………何の、音?」
デルフェールが出て行ってしまってから、ホロを頭の上にのせたりして遊んでいたタイキは、突然鼓膜を打った甲高い音に顔をしかめた。
と、頭の上でホロの小さな爪のついた足が、ぎゅっと力を込めたことに気づき、急いでそこから下ろす。
「ホロ、聞こえた? 今の音」
「ネクロマンサー、大丈夫ですよ。大したことではありません」
タイキに両脇から掴まれて抱えられている状態でありながら、ホロは穏やかな表情を浮かべてそう告げた。だが、タイキの中で不安はどんどん膨らんでいく。
「……デル」
※ ※ ※
漆黒の世界に、魔族の目にはまばゆすぎる純白がなだれ込んできた。
「永久墓地を制覇せよっ! 魔族どもを残らず狩れぇっ!!」
白銀の鎧を纏う騎士団の先頭に立つ青年が、およそ片手で持つには相応しくないであろう大剣を掲げて、魔族たちの気配が濃い場所を指し示す。その後ろで、他の騎士たちが「応!」と答えた。
「魔法部隊は陣形を組め、詠唱を開始せよ!」
「「「はっ」」」
後方で騎士たちに守られるように配置されていた魔法部隊の面々が、真剣な表情で短く返事をすると、事前に決めていた通りの手順に従って順々に詠唱を開始した。だが、人間の扱う魔法の源は、地上に溢れる神気である。だが、ここは結界……魔族の住まう世界に神気があろうはずもない。魔法は人間自身が持つ潜在能力でも代替は可能であるが、それでも神気を消費するのと異なり、発現までに大幅に時間を食ってしまう。
その間にも、永久墓地を突き進む騎士団達へ、襲撃に気づいた魔族達が異様なほどの連携を見せながら襲撃をしてきた。
「がああっ!?」
「くそ、ここはアンデットの巣窟だろう、なんでビースト共がっ」
悲鳴を上げて倒れ込む騎士たちのうち数名は、彼らの全身に絡みつく白い糸によって自由を奪われながら、大小様々な何百という魔に属す蜘蛛の軍勢にあっという間に食い尽くされてしまった。そして、蜘蛛の糸により騎士たちの機動力がある程度削られたところで、今度は上空からいくつもの影が飛来する。
「っ、あれもビースト……バットの大群か!」
「団長!! バットだけではありません、黒外套もいます!」
「ふん、アンデットのくせに妙に知恵付いた化物か」
マジシャンは、アンデットに属する魔族の中で唯一魔術を行使できるとされる種族である。もちろん上級魔族に的を絞れば、魔術を使えなくもない者はいるが、マジシャンはその実力によって、ともすればデーモンやヴァンパイア並に厄介な上級魔術を使ってくる個体もいる。
魔法部隊の面々は、未だ詠唱を終えていない。小さく舌打ちをした団長、ヨアヒム=バルテルスは、さらなる指示を出す。
「神官隊! 神気の道を開き、守護結界を展開せよ!」
今まで直接魔族達との戦闘は行なわず、戦闘終了後の土地の浄化などを担当していた部隊に、声がかけられた。隊員達は魔法部隊の者達とは違い、穏やかな表情で両手を組み、やがて同時にその手を頭上に掲げた。すると、彼らの手のひらから淡い光が漏れだし、それは彼らの頭上を守る光の盾となった。
この場にいる神官達は、皆経験を積み、その身を地上と結界内部とを繋ぐ『扉』にすらできる者達だった。神気を結界内でも扱うことの出来る彼らを見て、一人の騎士が呟く。
「魔法部隊のやつらも、あんなことができれば……っ」
他にも多くの騎士がそう思ったが、これはいかんせん、魔法使いと神官たちの神気を源とする『力』に対する意識の違いであるため、ある意味どうしようもない。
すなわち、魔法使いの扱う神気の力とは魔法という名の『技術』であり、ヒトの意識の元に体よく整えられ、歪められたものである。一方、神官の扱う神気の力とは『信仰』そのものであり、古来よりヒトが魔に対抗すべく神から授けられた力であるため、そちらの方が神気と馴染みやすいというのは当然というもの。
「ぶつくさ言ってる暇はねぇ、ほーら次が来たぞ!」
「スカルの群れぐらいどうって……ぎゃあっ!?」
「っく、ファントムアーマーを隠していたかっ!」
やがて戦い続ける騎士たちは、最初の威勢はどこへやら、今までにアンデットたちが見せたこともない連携と思った以上の能力でもって抵抗してくるのを見て、戦意を鈍らせ始めていた。それを察したヨアヒムは、自身を取り囲んでいたスカルをなぎ払った瞬間、叫ぶ。
「魔法部隊!!!」
「「「天上の劫火よ、悪しき者を滅せよ」」」
魔法部隊の組み上げた魔法陣が発動し、そこから明るい金色の炎が現れる。守護結界を構築していた神官たちも、それを解除すると自分たちが扱えるだけの神力をありったけ炎に注ぎ込んだ。
神聖な光をまとった炎は、騎士たちを守るようにして広がり、魔族たちを飲み込んでいく。耳に残るいやな絶叫が、連続して響き渡った。
「団長、あれは」
浄化の炎の陣が上手くいったことで一息ついたヨアヒムは、近くにいた部下がいぶかしげに指を向けるほうへ視線を投げかけ、表情を厳しくさせる。
彼らの視線、朽ちた墓場を少し越えたところにある丘の上にいたのは、おそらくゾンビ。だが、先ほどまで彼らがほふってきた者たちとは違う、下級魔族とは思えなさそうな雰囲気をまとって、腕組みをしながらこちらを見下ろしていた。
「ただのゾンビではないだろう。今のところ、上級魔族が一体もこちらに現れていないからな……」
「え!? で、では私たちが今まで戦っていたのは、すべて下級……?」
「ああ、ゾンビにスカル、スライム、マッドハンド、マジシャン、ファントムアーマーにバット……どれもこれも上級とは言いがたい」
「ですが、我らの隊の被害は尋常ではありません、おそらく、騎士たちのうち五分の一が」
「……そうか」
暗い表情で、ヨアヒムはつぶやく。と、そこへけたたましい少年の笑い声が、響いた。
「五分の一!? おいおいそりゃないぜ、みーんな根性振り絞ったってのにまぁーだ五分の四も残ってんじゃんよ!」
「っ!?」
声のしたほうを見上げれば、魔族の結界内の特徴ともいえる巨大な満月を背に、人型の影が空を飛んでいた。いや、その背にはこうもりのような翼がある。
「で、デーモンだとぉ!?」
驚愕のあまり叫び声をあげた騎士と、その周りにいた十数の仲間たちの首が、飛んだ。一拍おいて、彼らの体はゆっくりと地に倒れながら、噴水のように鮮血を撒き散らしていく。
「ルダードぉおおおおっっっ!!」
絶叫を上げるのは、彼の騎士を育てた壮年の騎士。そして、彼らは見る。笑いながら空を飛ぶデーモン以上に危険な存在が、先ほどまで浄化の炎で覆われていたはずの場所に屹然と立っている。
ぬらりと赤黒く光るは死神の鎌、人の二倍以上の大きさをした体躯の、山羊頭。
「ま、魔人、ヴォーゴ……」
誰かが、彼のものの名をつぶやいた。さしもの団長も、絶句する。なぜ、デーモンのリーダーであるディアボロの側近として何百年と恐れられている魔人が、このアンデットの地にいるのか。
あまりの大物の登場に、人間たちは完璧に翻弄されていた。そこへ横合いからさらに。
『ひゃーっはぁーっっっ!!! オラオラオラァどーした人間よぉ、腰抜かしてっと死ぬぜぇえええ!!!』
明らかに先ほどまでのスカルとは違う、鎧兜を身につけファルシオンを振りかぶるスカルが現れた。ひょぉおおおっ、とスカルが発する音……リッパーの声は、人間にはわからない。
動揺する騎士たちを必要なだけ斬り抜けたリッパーは、あろうことか次の魔法の準備に入っていた魔法部隊のほうへ突っ込んでいった。数人の魔法使いたちが、ひっと悲鳴を上げる。神官たちも今は魔法部隊に力を貸しているため、守護結界を張ることはできない。
「「うぉおおおおお!!!」」
『ほぉ~、なかなか骨のある連中じゃぁねぇかっ』
そこへ、玉砕覚悟といった形相の騎士が二人、リッパーの行く手を阻もうと突進してきた。リッパーは彼らの攻撃をなんなくいなし、返す刀でそれぞれの鎧の隙間から串刺しにする。腹を半分裂かれて死体一歩手前になった騎士たちを放り投げると、次の騎士が飛び掛ってきた。同じように応戦しかけたところで、リッパーはその騎士から放たれる妙な気配に、一瞬気をそらされる。
「ぅぐぉあああああああああああああっっっっ!!!」
『やべっ』
気づいたときには、騎士が振り下ろしたバトルアックスがリッパーのファルシオンを弾き飛ばし、鎧の胸当て部分を直撃した。もともと骨だけの体なので、意図も簡単にリッパーの体が吹っ飛ぶ。
『っちぃ、蜘蛛女!!』
『わかってるわよぉ』
ふしゅる、と音がして、そのまま地面にたたきつけられるはずだったリッパーの体を、白く太い糸が網となって優しく受け止めた。そこからストンと降りたリッパーは、内心顔をしかめる。胸骨が完璧にくだけているし、得物のファルシオンはどこかへいってしまった。
「次はクインスパイドか、一体どうなっている!?」
リッパーの後ろから現れた、巨大蜘蛛の姿をしているゼフィストリーを見て、女性騎士の幾人かが生理的嫌悪に顔をしかめる。
『あらあらぁ、自分が可愛くないからって、こっち見てひがんでんじゃないわよぉ』
いやそれぜってぇ違う、というツッコミを飲み込んで、リッパーは空を見る。彼の準備も終わったようだ。そこで魔法部隊の一人が、リッパーと同じように空を見上げて蒼白になる。
「だ、団長、デーモンが、ま、魔法陣を!!」
「なっ」
夜空を照らし出す、青白い巨大な魔法陣。ホロウフレアたちがつくりだしたそれを見て、リジェラスは満足げにうなずく。
「うっしそいじゃーやったりますか」
ちょうど陣の中心にいるホロウフレアの中へ手を突っ込み、一気に力を注ぎ込む。一瞬で赤黒い光に染まった魔法陣に、神官たちが悲鳴を上げた。
「消滅の魔術! あれを受けたら、ひとたまりも―――……!!!」
魔人に首を刈られ、スカルに蹴散らされ、果てには消滅。
なんだ、この永久墓地で、一体なにが起こったというのだ!
「……解放する。こうなれば、奥の手しかあるまい」
「団長、それは……!」
ヨアヒムを取り囲んでいた騎士や魔法部隊の面々が、非難の色を見せる。だが、それ以外の……ヨアヒムの真っ直ぐな目を見つめ返す神官達は、穏やかな表情で、軽く腰を折った。
「我らフォリアル王国騎士団に、栄光あれ」
神官の一人がそうつぶやくなり、今まで魔法部隊と共にいた神官達が一斉に各所へ散る。浄化の炎がつきかけたところをまた近づいてきた魔族たちが、格好の獲物と神官達に爪を、牙を、突き立てていく。
「あ、あああ…………」
騎士たちは動かない。動いてはならない。『神官を守ってはいけない』……。
「「「栄光あれ」」」
これ以上なく精神を高め、死という形を持って限りなく天上界に近づいた彼らは、残されゆく彼らに最高の祝福を贈る。
その祝福は、魔族にとっては神からの『呪詛』となる。
神官達の骸が光り輝き塵となると、リジェラスとホロウフレアが描いた必殺の魔法陣をもはじき飛ばす『神の陣』が、結界内部に現れた。
「っく、ホントーにせっぱ詰まってんなぁ、あいつ、ら!?」
唐突に結界内部へ流れ出た大量の神気。それは魔族達を次々と死に至らしめる猛毒。散り散りになっていくホロウフレアを視界の端に認めながら、リジェラスは地に落ちる。ふと、脳裏で養父の声が響いた。
『リジェラス』
『ヴォーゴ、ディアボロ様に報告だ。デーモンの本拠地はフォリアル国内にはないが、アンデット相手にこうも無茶する人間どもが現れたってな。ちくしょう、やべぇかも……』
『……ああ、死ぬな』
交信が途絶えたところで、なんとか最後の力で翼を開き、地面に激突することだけは回避する。だが、手のひらと膝が地についたところで、リジェラスは魔法部隊の面々に取り囲まれた。青白い魔法陣が浮かび上がり、彼の体をがんじがらめに拘束する。次に詠唱されるのは、浄化の唄。
「くそったれ……っ!!!」
ざっと周囲を見渡せば、この場においてもっとも人間達の恐怖の対象であった養父の姿はすでにない。リッパーやゼフィストリーも自分と同じように拘束されており、あとは下級魔族達ともどもとどめを刺されるのを待つばかり。
と。
「なんだ、なんだよ、これぇ……!」
幼い声に、その場にいた魔族達は皆、凍りつく。
場違いな声に、騎士団達は皆、眉をひそめる。
「ホロ、ホロ? ねえ、みんなどこ行ったのさ。リジェ、リッパーさん、ゼフィ!!!」
ざくざくと丘を駆け上がってくる音。そこを上りきれば……。
そして、彼は姿を現わす。
黒をその身に宿し、黒い装束で全身を覆う、アンデットの主にして、友にして。
その姿を見た騎士の一人は、信じられないといった風に、しかしそれでもある一つの可能性を述べる。
「あれが、新たなネクロマンサー?」
―――丘の上には、大きな両目を見開き、戦場の光景を見つめるタイキの姿が、あった。




