外伝(3) ~ ツェーザリの憂鬱、のち…
「ロスティスラフ様、今回の視察、いかがでございましたか?」
「面白いものが見れた」
柔らかな革張りのソファに身を横たえたまま、黒マントを床に脱ぎ捨てた格好で髪をかき上げるロスティスラフに、傍らに立つ彼の側近であるヴァンパイアが盛大なため息をついた。
「……ロスティスラフ様、せめてもう少し姿勢を正していただけませんか。それか、マントはわたくしに手渡ししていただけると助かります」
「ああ、そうだな、今度からそうするとしよう」
「……はぁあ」
ロスティスラフに負けず劣らずな美少年である彼、ツェーザリはもう一度ため息をついた。
「あと、わたくしどもに何も言わず領地を出ないでください。それと自我強化装置も絶対に外さないでください。まさかとは思いますけど、ネクロマンサーの領地で暴走なんてなさったりしてませんよね?」
「ああ、したな」
「そうですか、あはははは」
笑いながら、ツェーザリはぱちんと指を鳴らした。とたん、ロスティスラフの執務室にわらわらと他の上級ヴァンパイアたちがなだれ込んでくる。ロスティスラフの手伝いや、身の回りの世話を行なう専門のヴァンパイアたち……つまりは、ヴァンパイア種族きっての精鋭揃い。
「な、に、を、なさってるんですかあんたはぁああああああああっっっ!!!」
彼らが体勢を整えるよりも速く、ツェーザリは持っていた書類の束でロスティスラフの側頭部を殴りつけた。すっぱぁん!!、と気持ちの良い音が響き渡り、ツェーザリ以外のヴァンパイアが顔を引きつらせる。
「今代のネクロマンサーはご無事なのですか、アンデットたちは!? もしもこれを境にアンデットと全面戦争なんて事になったら、魂を引きずられて向こうの同胞にされるのはわたくしどもなんですからねぇえええっ!?」
「ふっ、安心しろツェーザリ。被害は最小限に食い止められた。……他でもない、ネクロマンサー自身の手によって、な」
「はい?」
怪訝そうに書類の束を下げるツェーザリに向けて、ロスティスラフは子どものような表情を浮かべたまま、ソファから上体を起こした。
「まだ覚醒したばかりと聞いていたが、力は今まで見てきたネクロマンサーの中でも突出している。……見た目は、幼いがな」
「今まで……って、確かロスティスラフ様がヴァンプとなられてからも四回ほど交代がありませんでしたか?」
「僕がただのヴァンパイアだったときも含めると、七回だな」
ソファの背もたれに腕を引っかけ、ロスティスラフは目を閉じる。今までにないリーダーの様子に、対おしおき要員(にみせかけた、ロスティスラフの抵抗を分散させるためだけの人員)はそろって戸惑った。誰よりも、直接リーダーを攻撃したはずのツェーザリが驚いていた。
(あそこまで露骨にひっぱたいたのに、抵抗どころか睨みさえしない……?)
よほど、その新しいネクロマンサーとやらを気に入ったというのか。
「……とにかく、今は早く自我強化装置をつけてください。そして、あなたがいらっしゃらない間にたまってしまった書類に目を通してください」
「…………分かっている」
ロスティスラフは目を開くと、近づいてきたヴァンパイアが深紅の布にくるんで持ってきた、細い金色のブレスレットに手を伸ばした。無言でそれを右手と左手に二つずつ、計四つ装着して、「これでいいか」とでも言うかのようにツェーザリに見せびらかす。
「では、こちらへ」
「……このままでも、サインできるが」
「歪むでしょうに」
ツェーザリは一瞬視線を彷徨わせて、やがて一か八かと心の中で思いながら、こんなことをつぶやいた。
「真面目に仕事をしてくだされば、誰かお供を連れてという条件で、……もう一度アンデットの領地に行ってもいいで」
「よし、書類をそちらに並べておいてくれ。今日中に済ませよう」
とたん、てきぱきと動き始めたロスティスラフに、ヴァンパイアたちは最早あ然としている。
(これは……)
「……楽しかった、みたいですね」
「ああ」
珍しく、何かを含むような、相手の出方を窺うようなものではなく、心からの笑みを浮かべているロスティスラフを見て、ツェーザリは今回三度目の……けれど、どこか嬉しげなため息をついた。
ロスティスラフ陥落の話。これからどんどん彼も過保護になっていくかと…フフフ。
さて。
この外伝が終わると、大体もう数話くらいでシリアスゾーン突入なのですが。
まだほのぼのしていたいですね! でも、ネタが…これ以上、新キャラは…。
そんなこんなで、ネタが詰まった&勉強してないなどの理由で、しばらく、いえ多分かなり放置になる予感がします。
この予感は外れることも多いのですが……今回は、どうでしょう(汗
それでは、また次回~。




