(13) ~ 初・人間との接触
前回の続きになります。
ハンスと名乗ったその大男は、タイキが思ったとおり、この山のふもとに住んでいるという狩人だった。ハンスはタイキたちを自身の小屋に案内して、からからと笑う。
「いや、よかったなぁあんたら。最近この辺りの山々じゃ魔族の動きが活発になっているって聞くしよ。あんたらも多分アレだろ? 魔族に襲われた山賊んトコから逃げてきたって感じか。その手の人間も多くて、下の村の奴らはバタバタしてらぁ」
彼が自分で作ったという果実酒を、これまた彼お手製の木のカップになみなみと注いで、テーブルに座るタイキたちの前に置いていく。まっさきにリジェラスが手を伸ばして匂いをかぎ、ぺろりとしずくを舐めて頷いた。
「うん、なかなか美味い」
「そりゃどーも。……俺んとこの酒まで疑うかね」
「本人が狩人だって言っててもな、山賊でない保証はねーし」
はっきりと言うリジェラスに、ハンスは苦笑を浮かべて手を振った。
「ま、疑うんなら疑っててもいーけどよ。で、なんか毒味?、は済んだみてぇだが……」
「ええ、私たちもいただくとするわ。ね、ゾーン」
「あ、うん」
ゼフィストリーとともにカップを手にとって、タイキはおっかなびっくり中の酒をすする。ちなみに、ゾーンというのはここに来るまでの道中、念話で三人が考えたタイキの偽名である。ゼフィストリーとリジェラスは、タイキが普段呼んでいる愛称で通すこととなった。
意外にもアルコールの味が少ない果実酒を、普通にジュースみたいだ、と言って飲み干すタイキ。そんな彼に穏やかな笑みを向けていたハンスだが、急に口調と表情を改めて尋ねてくる。
「んで、ゼフィにリジェにゾーンだったか……あんたら、帰るあてとか、あんのか?」
心から心配そうに聞いてくるハンスに、タイキは曖昧な笑顔を浮かべる。
(まっさか山の奥ですなんて、言えないしなぁ。魔族ってばれたら厄介そうだし)
どう返答するか、答えに窮するタイキの隣で、ゼフィストリーはさも悲しそうに、残念そうに言う。
「あては、ありませんわ……。おそらく私たちがいた場所も、見る影もなく山賊に荒らされていることでしょう」
「けどま、動かないわけにはいかないからな。適当に、暮らす場所を見つけるとするさ」
「あ、あんたらだけでか!?」
信じられないと言外に含ませながら、ハンスが叫ぶ。確かに、まだ少年の域を出ない容姿をしたリジェラスに、上流階級の雰囲気を漂わせるゼフィストリー、そしてリジェラスよりもなお幼く見えるタイキの三人では、近くの村にたどり着くことすら困難だろう。
彼らが、見た目通りの力だけしか持っておらず、『人間』であったならば。
「美味しい果実酒をありがとうございますわ、ハンス」
「おう、ここまで案内もしてくれたしな」
彼に遭遇してしまったことに対する苛立ちを抑えつつ、ゼフィストリーとリジェラスは席を立つ。それに続いて、タイキも慌てた様子で立ち上がった。
「本当に、ご親切にどうも。それじゃ」
「あ、ちょ、待てって……!」
ハンスが腰を上げて、手を伸ばす。その指先が一瞬、タイキの纏うマントに触れかけたが、痺れるような感覚がして思わず手を引っ込める。
「えぇ?」
彼が指先を見つめるのと、先導していたリジェラスが小屋の扉を開き、飛び出すのは同時だった。はっと視線を戸口に向けても、もう遅い。
最後に小屋を出たゼフィストリーは、茫然としているハンスに艶やかな笑みを向けると、勢いよく扉を閉めた。そして、先ほどまでの上品な振る舞いをかなぐり捨てて、全速力で小屋から離れ出す。
「リジェラス、タイキを連れて飛んでっ!」
「おうよ!」
「ごっ、ごめん二人ともー!!」
小屋の影に隠れて、手の平サイズの蜘蛛に化けたゼフィストリーと、翼だけを元に戻し、タイキを抱えて空へと飛び立ったリジェラス。
……初めて会った、心優しい人間。ハンスを殺さないで欲しいというタイキの願いを、二人は完璧に叶えてくれた。
「ったく、会ったところですっぱり首飛ばしちまえば問題なかったのによぉ」
「う、だって、向こう完全に俺たちのこと、迷い込んだ人間だって思ってたじゃん」
「犬も連れずに、人間のすり減りすぎた本能だけをあてにして狩りをするヤツなんざ、人間の中でも馬鹿だよ。あーあ、服も破けちまった」
翼が飛び出してきたせいで、背中部分が大きく裂けてしまったワイシャツとベストをはためかせて、リジェラスは大して残念そうでもないふうに言う。
「デルに心配かけただろーなぁ」
「かけただろうが、あいつのことだから多分地中から全部見てたと思うぜ。……まあとにかく、今度お前を地上に連れ出すときは、ホロウフレアで周りに人間がいないか完全に確認してからだな。山賊でなかったら襲うなとか……生殺し過ぎるだろ」
「ごめん」
タイキは、ちゃんと気付いていた。ハンスがあの場に現れた瞬間、ゼフィストリーとリジェラスが彼を殺す選択肢しか持ち合わせていなかったことを。『念話』で二人を制止し、ハンスが考えているとおりに振る舞おうとタイキが提案しなければ、一つの人間の死体ができあがり、結界にいる下級魔族たちの腹の足しにされていたことだろう。
(でも、俺は、やっぱり)
急に黙り込んだタイキの後頭部を見下ろしながら、リジェラスは心の中でため息をついた。眼下の森を見下ろして、適当な場所に着地をしようと翼を広げる。
タイキのことをおもんぱかって、普段以上にゆっくりと地に足をつける。タイキの両足もしっかりと地面を踏みしめたのを確認して、リジェラスは彼の腰から手を離した。
「ぉうわっ!?」
「はぁっ?」
とたん、ずでんとその場でタイキがひっくり返った。慌てて助け起こそうとリジェラスが駆け寄る前に、地中からにょきにょきと手が伸びてきてタイキの頭に近づいていく。
「タイキ、タイキ、大丈夫ですか!?」
「う、うん……ごめんリジェ、ちょっとぼんやりしてた」
「おいおい……」
リジェラスが呆れた声を出すのと、デルフェールが地中から完全に姿を現わすの、森からかさかさと近づいてきた蜘蛛が人間……ゼフィストリーの姿になるのは、ほぼ同時だった。
「タイキ! ちょっとリジェラス、あんたもっとちゃんとタイキを支えてあげなさいよね」
「んだとっ」
「ゼフィ、俺が変に力抜きすぎてただけだってば! リジェは悪くないって」
タイキの取りなしによってなんとかその場は収まった。タイキの手や額についた土をほろいながら、デルフェールがあたりをきょろきょろと見回す。
「確か、この辺りにも結界への入り口がありましたよね?」
「ああ、確認済み。あそこの三本目の木んところだ」
迷わずリジェラスが指し示した木の方をタイキが見るも、なんということはない、ただただ普通な木々が並んでいるようにしか見えなかった。首をかしげつつ、タイキはほとんど癖のような感じでデルフェールの手を握る。
「じゃあ、帰ろっか」
「はい」
「デルも、リジェやゼフィもみんなも、付き合ってくれてありがとう」
タイキが笑って礼を言うと、ゼフィは満面の笑みでそれに答え、リジェラスは苦笑を浮かべてそっぽをむき、地中からはゾンビやマッドハンドたちが手だけを出してぶんぶんと振り回していた。
(……ネクロマンサーが、人間に接触した、か)
※ ここで、空色レンズの失敗。
……本当は、アンデットとビーストは人間の言葉を使えない設定にしていたのですが、普通にゼフィストリー会話させてしまいましたorz うう、迂闊……。
ということで、人間形態のゼフィストリーは人間の言葉が使えるとして、アンデットと獣状態のビーストは人間の言葉が使えない、ということにしようかと! うわ、めちゃめちゃだ。すみません;
ハンスはこのままでいくと一発屋になりそうな雰囲気なのですが、一応もう少し出番を作ってあげますか。
次回の更新は外伝です。アンデットのところから帰っていった、ナルシストヴァンプのその後ですね。ていうか、むしろ彼の部下たちの悩みようですか……?
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ありがとうございました!