第2話(1)音楽隊からの熊さん
弐
「はっ、はっ、はっ……」
髷を結った、体格の良い女性が原っぱをランニングしている。黒のタンクトップに、黒いショートパンツを穿いている。
「ふっ、ふっ、ふっ……」
ランニングを止めた女性が、その場で反復横跳びを始める。大きな体格に似合わず、なかなか細やかなステップである。
「ほっ、ほっ、ほっ……」
女性は腰を落として、両膝を大きく開いた姿勢を取り、ゆっくりとしたスピードで前進運動を始める。
「ふう……」
ひとしきり運動を終えた女性が体勢を元に戻して、周囲を見回してから呟く。
「じゃっどん、ちょっとばかり退屈やなあ~」
周囲からは何も反応が無い。女性は苦笑を浮かべる。
「場所を移動しようか~ん?」
歩き始めようとした女性が近くの草むらがカサカサと動いたことに気が付く。
「誰じゃ?」
女性が草むらの方に向かって問いかける。
「……」
答えはない。女性は草むらを覗き込む。
「んん~?」
「……!」
「うおっ!」
女性は大いに驚いた。草むらから、大きなイノシシがバッと姿を現し、自分に向かって猛スピードで突進してきたからである。
「ブヒッ!」
「こんた変わった士じゃな~いや、違うか……」
「ブヒッ! ブヒッ!」
「とにかく受けて立つ!」
「ブヒッ⁉」
女性はイノシシの突進を事もなげに受け止める。
「直線的に突っこんでくると思えば、大して怖くはなか!」
「ブ、ブヒッ⁉」
「おりゃあ!」
「ブヒイッ⁉」
女性はイノシシを派手に投げ飛ばす。地面に叩きつけられたイノシシは動かなくなる。
「……まあ、こげんもんか……」
女性はパパッと両手を払う。
「……」
「うん?」
女性は再び草むらの方に視線をやる。
「………」
「まだ誰かおっとな?」
「ヒヒ~ン!」
「馬?」
「ワオ~ン!」
「犬?」
「ニャ~ン!」
「猫?」
「クックドゥドゥルドゥ!」
「ニ、ニワトリ⁉ ないごて英語⁉」
「…………」
「……って、一体どんな化け物が潜んでいるでごわすか⁉ 出て来い!」
女性が草むらに向かって声を上げる。
「……………」
「‼」
草むらから馬の背中に乗った犬、犬の背中に乗った猫、猫の背中に乗ったニワトリが姿を現し、女性は驚くとともに、やや絶句する。
「………………」
「こ、これはブレーメンの音楽隊? いや、あれは馬でなくロバだったでごわすな……」
「…………………」
「ま、まあ細かいことはどうでもよか! かかってこい!」
「ヒヒ~ン‼」
「なんの!」
「ワオ~ン‼」
「これしき!」
「ニャ~ン‼」
「どうってことなか!」
「クックドゥドゥルドゥ!」
「フィニッシュでごわす‼」
「! ! ! !」
女性は飛びかかってきた馬、犬、猫、ニワトリを強烈な張り手で叩き落とした。
「……………………」
「ふん……冷静に対応出来たでごわす……」
「……ここまでとはね」
「うん? 人の声?」
わずかに聞こえた声に反応し、女性は周囲をきょろきょろと見回す。
「おっと……」
「誰かいるのでごわすか?」
「地獄耳ね……」
「参加者じゃろ? おいと勝負しよう!」
女性が呼びかける。
「冗談……!」
声の主は思わず苦笑してしまう。
「う~ん?」
女性は大きく首を傾げる。
「こちらはこちらのやり方でやらせてもらうわよ……!」
「ん?」
女性の近くの草むらがガサガサとなる。
「シャア!」
「おおっ⁉」
大きな熊が現れた。女性が驚く。
「ビビって降参するなら今の内よ……?」
「今度は森のくまさんか! 相手にとって不足はないでごわす!」
女性が熊に対して、前かがみの体勢になって、両手を握りこぶしの形にして、地面に着ける。声の主がその行動に大いに驚く。
「ええっ⁉」
「はっけよい……のこった!」
「シャアア!」
「うおりゃあ!」
「シャアア⁉」
「なっ⁉」
女性は熊とがっぷり四つに組んだかと思うと、次の瞬間、思い切り投げ飛ばす。地面に叩きつけられた熊は動かなくなる。女性はガッツポーズを取る。
「おっし!」
「あれが九州代表、南郷重……噂以上の『力士』ね……」
声の主が舌を巻く。
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