第1話(3)森の中での邂逅
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木々が生い茂っている森の中を、長い黒髪を三つ編みにして、右片方のサイドに下げた女性が歩いていた。女性の恰好はフォーマルなパンツスーツ姿で、この場にはあまり似つかわしくないように見えた。
「えっと……」
三つ編みの女性が周囲をきょろきょろとしながら歩く。
「……迷っちゃったかしら……ははっ……」
三つ編みは苦笑交じりに呟く。
「……なんて、呑気に笑っている場合ではないわよね……」
三つ編みは真面目な顔に戻る。次の瞬間……。
「……同感だ」
「!」
三つ編みの背後から、首筋にひんやりとしたものを突きつけたものがいた。三つ編みは反射的に体をよじり、その場から離れる。
「ほう……存外良い反射神経をしているな……」
三つ編みの目の前には真っ黒な装束に身を包んだ細身の女性が立っていた。セミロングの黒髪を後頭部の高い位置で結んでいる。彼女もポニーテールである。口元は赤い布で覆っているが、その声はよく響く。
「貴女は……」
三つ編みが身構える。
「……現時点でこの島にいるということは闘いの参加者だと考えて構わないのだな?」
ポニーテールが首をやや傾げながら尋ねる。
「え、ええ……」
三つ編みが頷く。
「そうか、念の為に確認をしておいて良かった」
ポニーテールが頷き返す。口元は隠れているが、どうやら笑みを浮かべているようだ。
「じゅ……」
「ん?」
「順序が逆じゃありませんか⁉」
「うん?」
「背後からいきなり首筋に刃物を突きつけるのはおかしいでしょう⁉」
三つ編みが自らの首筋を抑えながら声を上げる。
「そうか?」
ポニーテールが首を傾げる。
「そうです!」
三つ編みがさらに声を上げる。
「うむ……」
ポニーテールが自らの後頭部をさする。ポニーテールが小さく揺れる。
「確認と実行が逆です!」
三つ編みがポニーテールを指差す。
「……」
「いや、黙らないでください!」
「……警告みたいなものだ」
「え?」
「この刃物……苦無を突きつけたのは、貴様をいつでも始末できるという意味だ」
ポニーテールが左手に持った苦無を軽く掲げる。
「なっ……!」
「理解したか?」
「……分からない」
「なにがだ?」
「相手の隙を突いて、一瞬で決着をつけるのが、貴女のような方の本来の闘い方なのでは?」
「ふむ……」
「違いますか?」
「いいや、概ねは違わないな」
三つ編みの問いにポニーテールが頷く。
「ならば何故?」
「……この闘いは少々面倒でな」
「……え?」
「倒した相手がどこの某かということをはっきりとさせなければならないのだ……まあ、最後まで勝ち残ってしまえば関係ないのだが……過程も大事だからな」
「……諜報活動などはお手の物なのでは?」
「問題はそこにもある」
「はい?」
「……いくら調べても素性が掴めない参加者が何組かいた……例えば貴様のような」
ポニーテールが三つ編みをビシっと指差す。
「………」
「黙るな、貴様は何者だ? 闘いにきた者の恰好とはとても思えんが……」
「……通りすがりのビジネスパーソンですよ」
「そんなわけがあるか」
「ビジネスだって闘いです」
「ふざけるな」
「ふざけてはいません、至って大真面目です」
「なにを……」
「そこでひとつ提案です」
三つ編みが右手の人差し指を立てる。
「む?」
「……手を組みませんか?」
「……なに?」
「協力し合おうということです」
「言い直さなくても分かる」
「そうですか」
「そうだ」
「ならば、いかがでしょうか?」
「断る」
ポニーテールが首を左右に振る。
「ご検討すら頂けないとは……」
三つ編みが苦笑する。
「検討にすら値しない提案だ」
「これは手厳しい……」
三つ編みがさらに苦笑する。
「組んだところでこちらにメリットが無い」
「……果たしてそうでしょうか? 東海道代表、『忍士』の犬現清さん……」
「……!」
自分の名前を呼ばれた清はやや驚く。
「貴女のことについて調べはついています。他の参加者のことも……」
「……なかなかの情報収集力だ」
「それが取り柄なもので」
三つ編みが右手の人差し指で、自らの側頭部をトントンとつつく。
「…………」
「いかがでしょうか?」
「それでも……断る」
「どうして?」
「忍びとして……姿を見られたからには、その相手はただではおかない!」
「やれやれ……」
「⁉」
清が勢いよく飛びかかったが、三つ編みが鋭くかわして呟く。
「……何の意味もなく、こんな所をうろついていたとでも?」
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