第1話(2)風林火山は凍る
「名門の家の出か……」
「なっ……⁉」
竜虎がさらに我が目を疑う。自らが剣で斬りつけた煌の体の傷がみるみるうちに回復していくからである。煌がそれを撫でながら笑みを浮かべる。
「ふふっ……」
「ち、治癒能力持ちか? ど、どういうことだ?」
「さて……どういうことだろうねえ……」
煌は首を傾げる。
「くっ……!」
竜虎は鞘に納めようとした剣を構え直す。
「仕切り直しといこうか……」
煌が右手を挙げようとすると、竜虎が素早く反応する。
「先手は譲らん!」
「むっ!」
「『風の型』!」
竜虎が先ほどよりもより速く剣を振る。
「ちいっ!」
竜虎の振るった剣が、煌の右腕を斬りつける。煌は舌打ちする。
「斬り落とすつもりだったが……なかなかの反応だな」
「それはどうも……」
「しばらく右腕は使えんだろう!」
「ところがどっこい、左腕があるよ!」
「!」
煌が左手を掲げる。雷が矢のような形になって、竜虎に向かって飛ぶ。
「これでも食らえ!」
「……」
「なにっ⁉」
「『林の型』……!」
竜虎が数条飛ぶ、雷の矢の中をスタスタと歩く。
「か、『雷の矢』をすり抜けた?」
「……もらった」
「しまっ……⁉」
竜虎が再び煌の懐に入り込む。
「『火の型』!」
「うおっ⁉」
竜虎の振るった剣から火が噴き出して、煌の体を燃やしにかかる。
「……ふん、服が多少焦げただけか……」
竜虎は煌の状態を確認し、構え直す。
「ア、アンタね~!」
「よくかわしたな」
「それはどうも……って、そうじゃなくて! 着物! どうしてくれんのよ!」
焦げた着物の裾をつまみながら煌が声を上げる。
「治せば良いだろう」
「服は直せないっての!」
「意外と不便なものだな」
「う、うるさいわね! もう怒ったわよ……!」
「む……!」
煌が左腕を高く掲げる。彼女の真上に雷が大量に、即効に溜まる。煌はそれを満足気に見上げながら、悪そうな笑みを浮かべる。雷がある物の形を形成し始める。
「ふっふっふっ……」
「それは……槌か?」
「そう! この『雷の槌』でぺしゃんこにしてあげるわ!」
「それは避け切れんな……」
「素直でよろしい! 今度こそ食らえ!」
「……ふん!」
「な……なっ⁉」
煌が自らの目を疑う。自らが勢いよく振り下ろした、大きな雷の槌を細身の竜虎が剣一本で受け止めてみせたからである。
「むう……!」
「そ、そんな馬鹿な……!」
煌が信じられないと言った様子で声を上げる。
「……『山の型』!」
「もしや……」
煌が槌をよける。その隙を突いて、竜虎は何歩か後退する。
「……」
「『風林火山の型』の使い手……? でもそれは……?」
「ああ、我が先祖の宿敵、武枝家に昔から伝わるものだ」
「な、なんで、それをアンタが⁉」
「……自分の名前で気が付かないか?」
「竜虎……ああっ⁉ 『越後の竜』と『甲斐の虎』! ま、まさか……」
「そうだ、自分は上杉山家と武枝家……両家の血をひく者だ!」
竜虎が胸を張りながら声を上げる。
「そ、そんなことが……まさか! ありえないわ! 戦国の頃より、不俱戴天の仇同士では無かったの⁉」
「いや、案外そうでもないぞ」
信じられないと言った様子で大声を上げる煌に竜虎は冷静に答える。
「あ、そ、そうなの……」
「そうだ」
「……」
「………」
「ま、まあ、それならばやりようはあるわ!」
「……本当か?」
煌の言葉に対し、竜虎が首を傾げる。
「ほ、本当よ! 風のように疾く移動し、林のような静けさで攻撃を回避し、火のような激しさで相手を攻撃し、山のような不動さで防御し……『風林火山の型』……まったくもって隙というものが無いわね!」
「それはどうも……」
煌の賛辞を受けて、竜虎は軽く会釈する。
「ただ! それにも弱点がある!」
「‼」
「これならどう⁉」
煌が『雷の剣』を発生させて、左腕に持たせて、竜虎に向かって鋭く斬りかかる。
「むう……!」
虚を突かれた竜虎だが、剣で煌の雷の剣を受け止める。煌が笑う。
「へえ、よく止めたじゃないの……」
「……風林火山の型には、まだ型が残っている……!」
「知っているわ、あとふたつ位よね?」
「⁉」
「奥の手は使わせないわよ……!」
「ふん……筋は案外悪くないが、術士が剣士に剣で勝とうなど……!」
「……こっちの筋が戻ったわ」
「! 右腕か!」
「はああっ!」
「⁉」
煌が発生させた『氷の剣』が竜虎の体を貫く。煌が再び笑う。
「はっ、雷だけの女だと思った?」
「くっ、先祖伝来の越後、甲斐、そして信濃を取り戻す使命が……!」
竜虎がうつ伏せに倒れる。術士と剣士の闘いは術士に軍配が上がった。
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