第1話(1)返り血を浴びて
壱
神社の境内に蹲踞している女性がいる。蹲踞と言っても、うずくまっているわけではなく、両膝を開き、背筋をピンと伸ばした状態で腰を下ろしている。
「……」
独り言を言うわけでもなく、ただただ黙っている。目をしっかりと閉じている。ときおり吹く風で、黒髪のポニーテールがわずかに揺れる。
「………」
「!」
僅かな気配を察した黒髪ポニーテールは即座に立ち上がり、自らの近くを浮遊する何かを斬って捨てる。何で斬ったかと言えば、腰に提げた鞘から抜き取った剣を使ってだ。
「…………」
「……式神?」
細い切れ長の目を見開いた黒髪ポニーテールは自らが斬ったものを確認する。二枚に分かれた人形の紙がそこに落ちていた。黒髪ポニーテールは剣を鞘に納める。
「~♪」
「む……」
口笛を鳴らしながら境内に金髪ロングヘアの女性が姿を現す。星ノ条煌だ。黒髪ポニーテールが鋭い視線を向ける。
「大したものね~」
「……………」
煌はパチパチと拍手を送る。黒髪ポニーテールは沈黙でそれに応じる。
「……あら?」
「………………」
「ひょっとして……警戒している感じ?」
煌はわざとらしく小首を傾げる。
「……この状況下で全く警戒をしていないやつがいるとしたら、それはただの馬鹿だ」
黒髪ポニーテールが淡々とだが、よく通る声で答える。
「ふ~ん……?」
煌が顎をさすりながら、先ほどとは反対方向に首を傾げる。
「……なんだ?」
「その割には、こんな目立つ場所で座っているなんて……ちょっと無防備じゃない?」
「闘いの前に精神集中をしていただけだ。それに……」
「それに?」
「こそこそと逃げ隠れするのは自分の性に合わん」
「ははっ、まあ、その目立つ恰好で呑気にかくれんぼ……ってわけにはいかないわよねえ」
煌が笑って黒髪ポニーテールを指差す。彼女が全身真っ赤な着物を着ていたからだ。
「ふん……」
「あ、でもよく似合っているわよ」
「そんなことはどうでもいい……」
「あら?」
「貴様……何者だ?」
黒髪ポニーテールが再び剣を抜いて、煌に剣先を向ける。
「あらら……」
「式神を用いているということは……『術士』だな?」
「ええ、そうよ」
煌は頷く。
「……しかし、解せん……」
「なにが?」
煌が首を捻る。
「今回の闘いには長い黒髪の術士が参加すると聞いていた……だが、現れたのは金色の髪の術士……どういうことだ?」
「……知りたい?」
「是非ともご教授賜りたい」
「イメチェンしたの、近所の美容院で」
煌が髪を大げさにかきあげてみせる。
「戯言はいい……」
黒髪ポニーテールが煌を鋭い目つきで睨む。煌が怖じ気づく。
「お、おおっ、怖……」
「……真面目に話せ」
「急な用事が出来たみたいよ?」
煌が両手を広げる。
「ふざけるなよ……!」
黒髪ポニーテールが低い声色で怒声を発する。
「うっ……」
煌は思わず後ずさりをしてしまう。黒髪ポニーテールはため息をひとつ挟んで尋ねる。
「……入れ替わったわけだな?」
「……ご明察」
煌は再度拍手する。黒髪ポニーテールが重ねて尋ねる。
「……何の為に?」
「……それを知ったところでアンタに何かメリットがあるの?」
「……特にないな」
黒髪ポニーテールが首を左右に振る。
「それじゃあ、いいじゃないの」
「ふむ……」
「後は士同士で闘うだけのこと……」
「……それもそうだな」
「一応名乗っておくわね? 京都特別区代表の星ノ条煌」
「……名乗るつもりはない」
「ええ? それでも『剣士』?」
煌が唇を尖らせる。黒髪ポニーテールは剣を構え直しながら呟く。
「このような場で礼儀正しくする必要もあるまい……」
「まあ、それもそうね……」
「どうしても知りたければ……」
「え?」
「冥土の土産に教えてやる……!」
黒髪ポニーテールが一気に煌との距離を詰める。
「速い! だけど!」
煌が両目を赤く光らせて、雷を落とす。
「!」
「なっ⁉」
煌が驚愕する。黒髪ポニーテールが剣を斜め上に振り上げ、雷を両断したからだ。
「……もらった!」
「しまっ……!」
黒髪ポニーテールが斜めに振り上げた剣を素早く持ち替えて、斜めに振り下ろす。煌はそれをかわし切れなかった。多量の血が吹き出し、黒髪ポニーテールの着物に降りかかる。
「……なにも好きでこの恰好をしているわけではない……自然とこうなっただけだ……」
黒髪ポニーテールが剣の刃についた血を懐紙でサッと拭き取りながら呟く。
「がっ……!」
煌が両膝をつく。黒髪ポニーテールがそれを横目に見ながらさらに呟く。
「雷を発生させるとは、正直驚いた……」
「ぐはっ……」
煌は両肘を地面に着くが、尚も視線を黒髪ポニーテールに向けている。黒髪ポニーテールは面食らう。
「まだわずかに意識があるのか……冥土の土産だ。自分は関東州代表の剣士、上杉山竜虎だ」
「上杉山……なるほどね」
「⁉」
竜虎と名乗った黒髪ポニーテールがさらに面食らう。煌が立ち上がったからである。
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