いらっしゃいませ
チャイムが鳴り、ステラは顔をあげた。
いつの間にか畑に侵入しているコムギモドキを抜く手を止めて、立ち上がり腰を伸ばす。今年の生育はどの畝の作物も順調で、それだけに不要な侵入種も元気に蔓延るため、ステラは毎日忙しい。
見極めができない頃、望まぬ交雑や育成阻害で彼女は相当泣きを見たのだ。
「はいはーい、いらっしゃいませー」
湧き水を受ける桶から溢れる流れで手を洗い、エプロンで濡れを拭う。ぽてぽて、と敷地を区切る柵戸へ歩いて向かったステラは、外の草地にしゃがむ「来客」に対峙した。
「どちら様でしょうか」
「アドノミナナハマシカドコダホコク」
返り血に彩られた鎧装の男は、鈍く立ち上がり盾と剣を構える。簡易な兜の下の目は、ステラを外敵として凝視してきた。
「あら大変」
「アドノミナナハマシコレアトク」
ステラは柵戸に凭れ掛かり、男を観察する。瞬時に、彼女の視野には「来客」データが記載されたフィルターが掛かるので、一々詳細を問うことはしない。
「逆変換になっていますね、うーん、どうして四十三分岐点は修正できないのかしら」
「オレアトカンンノイオ!」
「はいはい、ここは狭間ですよ。貴方のような迷子さんは、元いた場所には戻れません。一歩通行、分かります?」
「アドノミナナハマシカヌレカズハディミウイウオド!」
男は叫び、左手の剣を振る。しかしその挙動は水を掻くような重くゆるやかなもので、ステラは一切表情を変えなかった。
「近似の四十六分岐点の七名はもう全滅しているのよねえ、組成成分は99.9%一致しているはずなんだけど。いっそ五十一分岐点かしら」
「アドノミナナハマシクリエッティオウィナナディミウイウオディオ!」
「ただの水先案内人よ、ええと、海流や岩礁を見極めて、着岸させる役割。貴方の世界にも存在してるわ」
「アコナニマコノサハマシカイァクリス……?」
のろのろと剣を下ろした男は、ようやく怯えを滲ませた声を発す。眼前の彼女が己の常識を超えた、ヒトに非ざるモノ、と感じたのだろう。
「そうね、五十一分岐点にしましょ!」
ステラは姿勢を正すと、ぱん、と両手を打ち鳴らした。
「呼吸はできるし水も食べ物もあるわ! 0.4%組成が異なるけどまあ、きっと誤差よ!」
「……アディクルスオドウェロアドンナナホタソゲルケッタム……」
青ざめた男が、後ずさる。逃走を試みるように背を向けるが、あまりにも緩慢なその動きは間に合わなかった。
「いってらっしゃーい」
ステラがそう言うと同時に、男の姿は消え失せた。返り血に塗れた鎧兜も剣も盾も、共に。
そこに踏み倒された草はなく、忌々しいまでに真っ直ぐに、天を衝くように伸びていた。
ステラは畑に戻る。
畦に咲いた害なき花をちら、と見た。
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